33.トンネル
学生が長期休みに入ると、街はいっそう賑わった。
毎日一時間もかけて学校に行ってられない生徒は寮や賃貸で一人暮らし。そこから、長期休みなので皆が帰ってきたのだ。
ただ、恋弥と陽泰含む数人は本拠地に戻るけど。
移動メンバーは恋弥、陽泰、睦、エリオム、天獄。天獄はすぐに戻ると言い張っているらしいけど、エリオムは本拠地に残るのでたぶんしばらく帰らない。
脳之輔は夜に来るらしい。本部にいる人全員の手当済ませてから来るって。
恋弥は先日睦から貰ったネズミの抱き枕を抱っこして、睦の膝に寝転がっている。睦はまるで反応することなくHgを眺めて。
恋弥はサボっていた移動の用意を、今朝急いでやったのでばたんきゅー。今日は充電切れのよう。充電切れでも根がおしゃべりなので皆とはよく喋るが。特に睦とは、相変わらず仲がいい。
「……睦さんと恋弥さんはお互い、どういう認識なんですか?」
エリオムのふとした質問に、皆が首を傾げた。ちなみにエリオムの背後には天獄がいてエリオムを抱き締め顔を上げない。
「認識というのは?」
「なんか、兄弟とか親友とかライバルとか」
二人はお互いの顔を見ると、少し悩んだ。
かと思えば、揃って口を開く。
「今は弟かなぁ」
「現状見ると弟ですかねぇ……」
恋弥が飛び起き、ぬいぐるみをエリオムに投げ飛ばすと睦の首を絞めた。
「兄貴を敬え二歳歳下」
「こんな頼りない兄貴は嫌だ」
「鷹憬じゃ三番か四番目ぐらい顔効くから! 助けてやるよ二十三歳」
「一番か二番に拐われたらどうすんだよ三十路」
「だぁいじょうぶだぁ! なんせ、一番佚世で二番ボスで三番はお前だからな」
「……それもそうか!」
ハハハと笑う二人に皆でほのぼの眺めていると、ふと恋弥が後方を見た。
「お前スレッド大丈夫なん?」
「二週間は任せてきた。二週間後に一回戻る」
「ふーん」
「……寂しいか」
「別に。んなことよりボス、屈んでください」
天獄はエリオムの頭を押さえると、椅子の下に滑り降りた。途端、後ろに避けた陽泰の目の前を、天獄の頭上を弾丸が通過する。
「……頼むよ恋弥君」
「俺の範囲内は弾丸と認識されてることです」
相手が『爆弾』や『剣』と思っている場合は通用しない。だから対策されようがあって、基本的には使えないのだ。
戦場で気の弱い兵士たちならともかく、殺しのプロなら自身を操ることなんて御茶の子さいさい。
だから精神系の才能は、異才でもない限り劣等種と呼ばれる。
陽泰が銃を向け威嚇すると同時にトンネルに入った。昼間だから明るい。夜になったら車の窓が暗視になるけど。
陽泰は後ろに手を伸ばすと、リアガラスの上からシャッターのようなカーテンを下ろした。すぐに風が収まる。
「……ボス、潰れそう」
エリオムが声を絞り出すと、天獄はエリオムを意地でも離さないまま椅子に戻った。エリオムは内臓が潰れないように必死。
「ふぅ」
「死ぬかと思った……!」
「大丈夫?」
「あんたのせいだ」
「よしよし」
イライラしているエリオムを抱き締めて撫でるボスのせいでエリオムはもうほんとに嫌そう。顔面を押し返し、必死に顔を逸らしている。
これを、さも当然のように流している恋弥と陽泰は色々とおかしいと思う。
いわゆる高速道路的な道を、三時間ほどか。走っていると、またトンネルに入った。
スピードが落ちて、途端に曲がる。
「あ着いた」
「トンネルの中曲がるって……!」
「ここは本拠地の下通るトンネルだからねぇ。一般車両も通るけど隠し通路入ったらトライトの本拠地に入るんだよ」
「……そんなん、尾けられたら一瞬でバレるのでは?」
「わりと広くバレてるよ?」
「知ってるのとできるのでは話が別」
陽泰の言葉に三人が頷いて、睦はなるほどねぇと苦い笑みを零した。
裏社会を牛耳るトワイライトの本拠地に入れる人間なんてそうそういない、か。
恋弥は起き上がると、ぬいぐるみを陽泰に持たせた。陽泰はそれをもう当たり前のようにエリオムに渡す。
「……ボスこれいて大丈夫なんですか」
「大丈夫でしょ。皆いるんだし」
「そういえばひのさんと雨地科さんも来るらしいですね」
「今朝着いたらしいな」
恋弥は起き上がると、髪を雑に整えた。それで整うんだからいいよなぁ。
恋弥と陽泰の言葉に、あからさまに天獄が嫌な顔をした。
「二人とも来てるの……?」
「はい」
「ボスを引きずり戻すって息巻いているとか」
「……エリちゃん一緒に帰ろうねぇ」
頬擦りされそうになったエリオムは顔を逸らすと、なにか聞き取れない言葉を呟いた。
天獄たちは首を傾げ、睦は引きつる頬を俯けた。
「……エリオムさんって何人ですか」
「英國と希臘のハーフ」
「外人特有の顔の良さだよねぇ」
「英の純血?」
「めっちゃ色んな血混じってますよ。日本も米國も伊太利亜も、たぶん伊太利亜が一番濃いですけど。母が日系なので」
「ですよねぇ。その名前で黒髪は珍しいと思って。母国語は?」
「英英語と希臘と米國が混在してました」
「日本語流暢ですね」
「同居してた叔母が日本語でした」
「日本語も混ざってたんですね。何ヶ国語話せますか」
「……こっち含めたら七ヶ国語。英語は二種ですが」
「わーすごい。十四でしょう」
「生まれた環境です」
睦も日本語含め十カ国後話せるが、四をすぎたあたりから頭が落ちやすくなった気がする。向かないことはするもんじゃない。
「さっきのはギリシア語ですね」
「……聞こえましたか」
「ガッツリ。まぁわかりますが」
「内緒でお願いします」
「それはもう」
睦が頷くと、天獄はエリオムの横腹をつついた。しつこくつつくので、エリオムに足を踏まれる。
恋弥と陽泰はまるでわかっていなさそう。それを見て、睦はハッとした。
「異世界言語……!」
「あ?」
「……え睦さん恋弥さんのノート翻訳したって言ってませんでした?」
「俺恋弥の世界の言語ならわかります……! 景矢の世界も同じ文字ですが……」
「私より超人じゃないですか」
そういやそうだった。使わないと何を知ってて何を知らないのかさえ忘れる。これあるある。
「喋れませんけどね」
「言葉の話だろ? 言葉の何の話?」
「どんだけの国の言葉を話せるかの話」
「……国で言葉が別れてんの?」
「そう。こことジュワルパみたいな感じ」
「不便すぎるだろ」
「……まぁ実際そう。でも翻訳するための技術が発展した理由がこれだから」
世界一言語だった恋弥はよくわからないような顔をして、睦は、まぁそうだろうなと納得した。そもそも世界の常識が違う。
「佚世さんと小雨さんは俺の知る全世界の言葉喋れるんですけどねぇ」
「話に聞いたことはありますが私あの方たちを人間とは思っておりませんので」
「俺も思ってないです」
だって異次元すぎるもの。あの二人は、金の世代の中でも突出しすぎていると思う。ほんとに、異常なほどに。




