30.手当て
恋弥が戻ってきた翌日、陽泰は朝一で恋弥の部屋に向かった。
ノックをして、扉を開けるとまだ恋弥は寝ている。その同じマットレスの上で、睦も寝ていた。
睦が腕枕をして、恋弥が睦の服を掴んでって感じ。
この二人、会ってからなにかしら一緒になることが多い。まぁ師が同じかつ同じ参界者で、年齢も二つ違い、学校は同じだったし、よく喧嘩はするが仲はいいようだし。
会ったのが十六と十八とはいえ兄弟的仲なんだろうな。どっちが上かと言われたら、十六が上と言いたくなるけど。
でも十八歳が言えることじゃあないと思うが、たぶん精神年齢的な幼さで言えば睦の方が幼いんだとは思う。しっかり者という性格と、恋弥の無邪気な性格が相まって恋弥が下に見られるだけであって。
現に、たぶん二人を揃って窮地に落とせば、睦は小心者が発動して恋弥は守ってやるよという兄貴肌が出る気がする。
まぁ、冷静さは睦なんだろうけど。機動力は恋弥って感じ。
佚世に弟子二人として対比関係に置かれやすいが、わりと似た二人だ。現に話はよく合うし、事態が事態でも衝突はしないようだし。
一人っ子と末っ子のいい感じのコンビだろうか。
目を覚まし、微かにうなされている恋弥を見下ろした。
起き上がると、何故かその奥に陽泰も寝ている。なんで。
まぁいいや。
睦の服を掴んでいる恋弥を揺すり、声をかける。
陽泰も起きて、恋弥を見下ろした。
息が詰まり、喉のどうしようもない痛みでハッとした。
顔の上に、もう何年も見ていない母の顔が写る。
首が締められ、まともな呼吸ができず、目尻から涙が溢れた。
記憶なのか夢なのか、ぼやける視界の端に父が写った。
真っ黒な母の顔に、ぼやけて見えないが同じく黒い父に、記憶よりも薄暗い家。母を掴む自分の手は今よりもずっと小さくて、母を突き飛ばした兄は、記憶にある通りの年齢だった。
最後に会った頃かな。
音が聞こえず、無音ながらに、兄が母に怒鳴っているのがわかる。
体を起こして逃げると、兄が向かいに膝を突いた。手が伸びてきて、知らぬ間に頭を抱える。
頭に予想よりも大きな手が置かれ、ハッと顔を上げた。
睦と陽泰、スモッグが写り、夢の通りに視界の端がぼやけた。
「起きた……!」
「おはよう。体調どう?」
「…………最悪……」
「また落ちたの?」
「それは平気だったけど」
体を起こした恋弥を支え、恋弥はあくびをしながら目をこすった。
「……ねむ」
「ベッドにもたれてまた寝る?」
「いいや。そのうち覚めるし」
「無理しないように」
「……腹が減った!」
「元気だねー」
「朝食持ってきます」
陽泰が出ていくと、恋弥と睦は身支度をしに部屋から直接生える洗面所に向かった。
歯を磨きながら、睦はキョロキョロと周囲を見回す。
前に一回入ったことはあるが、水回りは初めて。
「ほんとに揃ってる」
「幹部ともなれば使用時間なんて気にしてらんねぇからなぁ」
「監禁されても問題なく生活できるね」
「まぁなぁ。幹部を監禁できる奴がいんのかって話だけど」
「お前が陽泰監禁しても陽泰は死なないね」
「どういう状況だ」
「天獄さんがエリオムさん監禁するみたいな」
「えーボスと同類は嫌」
「なかなかに失礼だな」
睦は一足先に口をゆすぐと、風呂を開けた。ほとんど使った形跡がない。
「使わんの?」
「一階にシャワールームあるもん。帰る前にそこ入って戻ってくる」
「シャワールーム?」
「皆が使うのは大浴場」
皆がご飯食べている間に、睦は風呂を借りた。
昨日の夜中にエリオムが行ってくれただろうし、政府の潜入捜査官も入れ替えができたらしいので、もしもの時はエリオムを守るのに全振りだろう。安全は一応確保されていると思う。
ボスは瀕死だろうが、エリオムのためにも早いところ代わりを用意してあげるか。エリオムが帰ってきたらスレッドに招待してあげよう。
髪を乾かさず、解いたまま洗面所を出た。
恋弥がチェスでスモッグをフルボッコにしている。
「あ、色男が上がってきた」
「歳下でしょう……」
「事実だろ。なぁ将棋やろう!」
「いいけど」
恋弥は風呂は昨日の夜に入ったので、睦はタブレットを出すとスモッグを退かせ恋弥の向かいに座った。
髪を拭きながら将棋を開く。
「はい」
「お前これできるくせにチェスできないのなんなんだよ」
「チェスは俺の国のじゃない」
「俺は世界すらちげぇけどな!」
「うるせぇチェスなんかやったことねぇよ」
「負け犬の遠吠えか」
「恋弥はチェスでしか威張れないもんね」
二人にバチバチの火花が飛び、スモッグが気にせず布団をメイキングしていると、帰ってきた陽泰があとずさった。なんだこのカオスな空間。
昼食が終わり、恋弥が陽泰に勉強を教えていると、Hgを眺めていた睦が立ち上がった。
「医務室行ってくる」
「俺も行く!」
「えッ」
「陽泰も行く?」
「……いや……待っておきます……」
スモッグは消えたので、二人で脳之輔のいる医務室まで降りた。
陽泰は階段が嫌なんだろうな。嫌だと言われてもなんも言えない量ではある。
二人で降りて、医務室に行くと医務室は妙に賑わっていた。
「こんな人多いもん?」
「いやこんなんなってるのひっさしぶりに見た」
「脳之輔さんが来たからか」
医務室に入ると、脳之輔がずさんな処置で化膿したり悪化している傷口を手当していた。
「あ睦君遅い!」
「すみません。なんですか?」
「弾丸摘出やって」
「はぁい」
応急処置を知っている恋弥は脳之輔に手伝わされて、睦は棚から諸々を取り出すと、区切られもせず台に横たわっているその人を見下ろした。
「脳之輔さん麻酔は?」
「全身二十分五分」
「はい」
睦はマスクを付けると、そのまま腹を切った。
弾を取り出し、さっさと閉じる。
やぶ医者とやらは、隅っこでおろおろしている。男かと思ったら女だ。普通に、普通に立ってたら綺麗な部類に入る人。
「終わりました。処置はいつも通りで」
「イツの薬がないからねぇ。化膿しないように注意しないと」
「請求書ないと楽ですね。なんも考えずできる」
「ねぇ。イツ君はなかなかに難しいことを要求する」
患者の層に合わせて使う薬等使い分けろて。無理や。
「それをできる脳之輔さんはさすがですね!」
「まぁさすがのイツも頭撃ち抜かれた子はなんも考えずやったみたいだけど。意外と優しいよねぇ」
「佚世さんは常優しいですよ。ただ無情ってだけで」
「それを優しいとは言わないんだよ」
喋る間に三人捌いた脳之輔は残りの人数を確認すると、立ち上がった。
「よし、じゃあ睦君任せた」
「え」
「甘いもの食べてくる〜」
「……いってらっしゃーい……」
睦は麻酔患者を確認すると、脳之輔の代わりに席に座った。
たぶん、軽傷患者の手当なら佚世より睦の方が早い。忙しい時は佚世と脳之輔が手術台に立ち、睦は軽傷の対応をしていたから。縫うのも睦が一番早いと二人から太鼓判を貰った。綺麗なのは、佚世なんだけども。安いのは脳之輔なんだけども。
「お前ここいて大丈夫?」
「ん? うん、平気」
「陽泰に連絡しといて。永遠に増えるこれ」
「ここで手当受けるより仲間にやってもらった方が安心だからなぁ。もしもの時に受けに行ける病院が消えたから皆胴体に受けないように必死」
「六年かそれ以上あれば腕のいい医者数人は捕まえれただろうよ天下のトワイライトさんよ」
「お前先生が稀代の腕利きだったんだからな! 先生を引き抜いた佚世は許せん」
「ふーん」
「そもそも医者が入ったら基本的に療養中の奴が多い本拠地に送るから本部にキープしとくのがむずいの」
「おいボスの生息地」
「野生動物みたいに言うなよ」
喋りながら睦は捌き恋弥は陽泰に連絡する。それを、手を止めることなく口を止めることなくやるんだからこの二人もなかなかすごい。
睦の脳内はわからないが、喋りながら打てる恋弥はすごいと思う。
「……こっち来るかだって」
「えーいらない」
「俺暇だもん。呼ぶ」
「そーゆーところで差が生まれるんだぞ」
「うるせぇ黙れ」
恋弥はやってきた陽泰を上機嫌に引きずり回してどこかに行き、静かになった睦は数段手早く処置をした。
二時間ほどして、ようやく列がやんだので睦は未だ帰ってこない脳之輔を探しに行くべく、瞬間手袋を外し外に出た。
構造は佚世と脳之輔の話で度々出てきたので覚えているが、なんせ陽泰が心配なので恋弥に連絡を入れると、じゃあ階段前でと言われた。階段前まで、陽泰は大丈夫だろうか。
くれぐれも引きずり回さないように、陽泰を丁寧に扱うように連絡していると、誰かが睦の前で足を止めた。
つられて睦も足を止め、顔を上げる。
前には、前五大幹部の一人が立っていた。たしか、なんて言ったかな。野靄だった気がする。風突さんは幼女で、水象さんは亡くなったって話だったもんな。
避けようとすると、道を塞がれた。
「……なんですか」
「お前佚世のとこにいたガキだろ」
「そうですが」
「なんで恋弥の世話してる。仲悪いって話だが」
「そもそも生き返らせたのが俺の部下なので特に違和感はないかと。精神科医もやってますし」
「佚世がここに何やったか知ってよくもまぁ顔出せるな。恋弥の仲間だって何人も死んだのに」
「当の本人は事件の真相知ってるみたいですけどね」
「あ……!? 犯人が佚世以外にいるわけねぇだろ!?」
「どうでしょうね」
睦が横を通り過ぎると、後ろから水をかけられた。
「政府に保護されてるからって調子乗んなよ。政府もトイトに手出しはできねぇからな」
「……では、トワイライトから追い出されないように気を付けて」
振り返って、にこやかに笑った。




