27.無敵の力
鷹憬とともに、政府やスイハ、ピステルに緊張が走った。
ユグドラシル教の強行により、陽泰と恋弥が暗殺された。
トワイライトの重幹部二人が殺されたことに加え、うち一人が参界者。
幸い恋弥が景矢の魔法印を持っていたため、ミヤの助けで蘇生はできるらしいが。
小雨と天獄はブチギレ、洗脳という心の歪みが強くなってきたせいで律も不機嫌だし、新世代に手が出たということで帝翔と管理人含むスイハも緊迫状態。
まぁ殺しを悪とする気はないが、世界の地雷を踏み抜いたのは、間違いないよなぁ。
睦は二人の遺体があるそこで椅子に座り、天井を見上げた。
「睦君色々と頑張ってるみたいだねぇ」
「頑張ってますよ〜。いくら参界者と言えど佚世さん関連だと容赦される気しませんし」
「どうかな。今の神迎管理官参界者に激甘なんでしょ?」
「めちゃ。……でも佚世さんが参界者と知ってとて、甘くはならないと思います」
「……それもそうか。あはは、不幸な道選んだなぁ!」
「楽しそうですね」
「弟子が苦しむ姿はくすぐられるものがあるよ」
「さ……」
「イツの名言集から!」
「世迷言を」
二人の傷を修復している脳之輔はケラケラと笑い、睦は椅子を寄せるとそれを手伝った。
主に、血管を繋いで出血を防ぐというもの。
「睦君なにかあったの?」
「目の前で友人が死んでます」
「生き返るよ」
「…………正直、陽泰さんはともかく、恋弥さんは起きたら正気ではいられないと思います。参界者の自殺率が著しく低いのは、死という恐怖を知って二回目をやる勇気がないからです」
「彼は死の淵にある組織にいるのに」
「人を殺してでも自分を守れるようにでしょう。……俺も佚世さんから教わりましたから」
睦は陽泰の手の届く範囲が終わると、手を止めて後ろに下がった。
サイドテーブルに伏すと、脳之輔がのろまな睦より数倍手早く血管を繋ぐ。
「それだけ、感情を持って死んだ子が多いってことだ。……なんにせよ今回彼が殺されたのは政府の落ち度だね。いくらトライトの幹部と言えど、警備は強固にするべきだった」
睦は丸椅子を持つと、恋弥側に移動した。
生命維持装置という名の、人工呼吸器と体外式ペースメーカー。肺に酸素を入れ、血を巡らせる機械。
その二つがあるそば。
台に伏せると、恋弥の手に触れた。冷たい。
「……睦君、帰った方がいいんじゃないか。ここは君にはあまりにも酷だろう」
「そばにいたいです。……離れたら、二度と会えない」
死という、心を引き裂くには十分な経験をしたからこそ、離れることへの恐怖。
体が離れ、心が離れ、離れた果ては見知らぬ世界。そこで仲良くなった子でさえ、目の前で死んでいく。
そりゃあ、生き返るとわかっていても離れたくはないか。
「……仕事は大丈夫? 泊まっていくなら一言は入れておきなさい」
「……はい」
睦が三日連続で外泊し、こんなことが初めてかつ、政府から外出禁止が出ているスレッドの皆は不安感を覚える。
一応任されている雨豪と修茶が仕事を回しているが、そもそも店を閉めているので仕事はほとんどない。
響皐月は景矢にくっつき、シンと静かなオフィス内で枯梨も、景矢と修茶もどこか不安そう。
その中で、コツコツコツと素早い足音が聞こえた。
事務室の扉が開き、ミヤが現れる。
「景矢、来い。出かけるぞ」
「……政府に怒られるよ?」
「自分の身ぐらい自分で守れ腰抜け。ここの世界の人間よりもよっぽど力はあるだろう」
「俺先輩なんだけどッ!」
「弱者を見下ろして何が悪い」
二人の言い合いが喧嘩に発展しようとしていると、雨豪が立ち上がった。
「俺も行こう」
「……なんの力もないでしょう」
「銃弾ぐらい何百と捌いてきた」
「じゃ行きましょう」
「ちょ、ミヤ。主戦力三人が抜けたらここが危ない!」
「響皐月君もいるしお前もいるだろう?……めんどくさいな、じゃあ猫又を一体置いていく。……枯梨でいいな」
「え!?」
「お前が操れ。適当に殺せとか追い出せとか言ったらやるから。じゃあな」
そういうと、ミヤは枯梨に猫又を飛ばし、踵を返した。
景矢は響皐月を退かせると、外套を羽織ってそれについて行く。雨豪も羽織りを肩にかけると、刀を持った。
「……修茶、なにかあれば頼ることを覚えろ」
「た……」
「では」
酷く閑散とする街を歩く。
人はいても喋らず、数人は銃も持っている。機種的に、たぶん一般人でも買えるお粗末なもの。
トワイライト暗殺以来一度も人が死んだという話は聞かないが、それでも皆ピリピリしてんだな。
「……ミヤ、場所どこ」
「なんだ馬鹿にされて拗ねてんのか」
「お前が悪口を言うからだろう」
「……悪なんて人によって違うだろう。私は慣れた言葉だ。ただの戯れ程度にしか思わん」
「喧嘩しようとしてたくせに」
「…………わるかったよ」
先頭を歩くミヤはぷいっと顔を背け、雨豪は呆れた。景矢はまだちょっと不満そうだけど、それでも穏やかで心の広い性格からかもう恨めしそうな目は消えた。
「一応地図はもらったんだが。私現在地がないとわからない」
「見せて」
景矢が読んで、今度は景矢先頭に路地を曲がった。
ふと、ふよふよついてきていた猫又が体を起こして三人の周りを飛ぶ。
「どうかしたか?」
「ただ警戒してるだけだ。人が多く死んでる場所なんだろう」
歩いて十分も立たず、景矢は古びた木の扉の前で足を止めた。
「……一応、ここ」
「古くないか」
「裏路地とかには多いみたいだよ。機械とかが入れないから」
「街の設計ミスだな」
ミヤはそう言いながら、躊躇いもなく戸を叩いた。景矢は雨豪の後ろに引っ込み、雨豪は音を聞く。人の足音が、二つ。一つは、睦と似通っているようだが。
戸が開くと、いつもの黒シャツにネクタイではなく白いハイネックの私服の睦が顔を出した。
出てきた瞬間は、酷く冷たい、感情の起伏どころか有無すら感じさせないような、冷酷な目をしていたが、三人を見てすぐににこやかになる。
「いらっしゃい。地図読めてよかった」
「景矢に頼んだ」
「ちなみに俺は位置情報がないと無理」
「同じく」
「どうぞ、暗いから足元気を付けて」
三人が中に入ると、睦は左奥の部屋に進んだ。
玄関があるこの部屋は、机と椅子が二脚、大量の棚。
「来ましたよ〜」
「おー。遺体の状態確認した方がいいか?」
「いやいい。私が見る。手袋だけ貰えたらありがたいが」
ミヤは髪を結ぶと、脳之輔から貰った青いゴム手袋をはめてスマホのライトを照らした。
瞳孔散大、自発呼吸なし、心肺停止。完全な脳死状態だが、遺体が腐っていないだけ。
「相当腕がいいな。脳も綺麗に塞がれて」
「よく知ってるなぁ」
「元歯医者の卵だ。つーか年齢制限なけりゃ医師免許ぐらい取れる」
「わぁすげぇ」
「生き返らせたあと、私の妖力が回復してから身体の怪我は治す。……ここ麻酔あるか」
「あるよ」
「麻酔をしないと治す過程でショック死する可能性がある。脳は特に。……脳が修復される時間はあとで計算するとして、とりあえず今は蘇生だな」
「楽しみだなぁ」
「全員外に出ろ」
「えッ」
「魂が入れ替わると厄介だ。ここの人間は怪異にはならないと言えど、魂が入れ替わると私じゃどうにもならない。……特に死者と生者の魂は」
ミヤは脳之輔諸共追い出すと、小さく手のひらサイズになった猫又を見下ろした。
「頑張ってよ」
睦は椅子に座って足を抱え、睦の珍しく暗い顔に景矢と雨豪が心配し、脳之輔が頭を撫でていると、三分ほどだろうか。四分か、それぐらいの頃にドタッと物音が聞こえた。
皆が中に戻ると、失神したミヤの呼吸が狂っている。猫又はいない。
睦は脈を計り、狂っていないことを確認すると足にミヤを乗せた。
顎を支え、鼻を塞ぐと人工呼吸器をする。
数回やると、すぐに咳き込んで呼吸が戻った。
「脳之輔さん、診てあげてください」
「見て見て睦君ほんとに生き返ってるすごいねぇ!?」
「はいすごいです俺が状態確認するのでお願いします」
「はぁい」
脳死状態から、昏睡になったのかな。植物状態かはわからないが、微かではあるが顔色も戻って発汗している。脳は脳之輔の処置もあって無事なのかもしれない。
輸血で栄養を入れ、体温と脈拍を測っていると、脳之輔が出てきた。
「著しい体の機能欠如だね。前に回復したんなら特に何もする必要はないだろう」
「機能欠如?」
「本来必要な妖力とやらがなくなってるからさ。体がそれの回復に全振りしてる状態。……内臓の温度上げるために全身が冷たくなるあれと同じ感じ」
「なるほど。……景矢、ミヤ連れて帰ってくれる?」
「え、あ、はい……!」
「顔赤いよ」
「人工呼吸の知識がないからだろうよ。景矢君、医療行為の一環だけどまるで知識のない人間がやっても色々と問題が起こるから駄目だよ」
「やりません……!」
「……雨豪さん、お願いします」
「わかった」
雨豪は子供を二人連れ、出ていった。
睦は壁に背を付けるとしゃがみ込んだ。
「睦君、少し休憩しよう。おいで」
「……はい」




