26.森と崖と
車で長時間の移動で、景矢と蜃は寝落ちる。
睦と小雨は黙ってHgを見て、長小雨と降水は二人で弾丸トークをしている。何が弾丸かって、話題の転換が弾丸。一つの話題に対して二、三言感想言ったらそこから派生する。本人たちは何を喋りたいのかなんてまるでわかっていない。いつも通り。
相変わらずうるせぇなぁと思いながら寝返りを打つ蜃が落ちないように支えると、いきなり降水に話を振られた。
「ねぇ小雨先輩! どう思います!」
「えなにが」
「ねずみのしっぽはなんであるのか!」
睦と二人で、信じられないほどどうでもいい会話に眉を寄せた。
「千譜結なら知ってるだろ?」
「それは進化論的な話かバカ的な話か」
「進化論!」
二人が声を揃えたので、小雨は睦に視線を向けた。小雨はねずみの尾がある理由なんて知らない。
小雨に見られているのに気付いた睦は微かに眉を上げると、二人の方を見た。
「……しっぽが長くないとハムスターに間違われるでしょう?」
「な……なるほど!? 種の区別!」
「へぇ!」
進化論的な説明と言ったのに頓智に振った睦に呆れ、それに気付かず頓智を信じる部下にため息をついた。
もうバカしかおらん。
しばらくして、夕暮れ頃に崖に着いた。
長小雨が警備中の神迎と話している間に、睦と小雨は寝ている二人を起こす。
「蜃、起きて」
「景矢着いたよ」
「……寝てましたか」
「だいぶん。疲れてたんでしょ」
「……ここ気持ち悪い……」
「酔った?」
首を横に振る景矢を支えて、とりあえず車から降りた。
景矢は睦に支えられながら、きょろきょろと周囲を見回した。
「……魔法がかけられてます」
「ここ?」
「全体的に……」
相当強い魔法、見破れない。けど、龍眼ならいけるか。
「……幻覚魔法です。これぐらい強かったら、数千年経っても劣化しません」
「どこかわかる?」
「外套……」
睦はふらふらの景矢に外套を羽織らせると、腰に腕を回して支えた。
「……大丈夫です、ちょっとマシになってきました」
「無理しないようにね」
景矢が頷くと、小雨と蜃も降りてきた。二人は平気そう。
「崖の右側にあるそうです」
景矢は睦の袖を掴み、そのまま右側に顔を向け目を細く開けた。
「……あります。ありました」
「案内をお願いできますか」
目を押さえた景矢を睦が支えながら、景矢に案内してもらった。
崖の端の方の前に立つと、景矢は手を伸ばした。
「あ、幻壁……」
「げんへき?」
「魔法で作られた偽物の壁です」
景矢が五指を壁に付けると、壁にヒビが入った。
小雨は蜃を抱き上げると少し後ろに下がる。
ヒビが入ると、壁に濃い桃色のヒビが現れた。
「……わぁ」
「なんですかこれ……」
「この崖自体、魔法で作られたんですか」
「……ほんとに?……あ、でもこの崖を見つけれたのが数百年前……それでも数百年は経っています」
「幻覚魔法と同じくとても高度な魔法です。これじゃ、この世界の兵器でも壊せませんし、数千年は持つでしょう」
「洞窟には入れそう?」
「大丈夫です」
景矢が少し壁をなぞると、突然どこからか紙が落ちた。それと同時に、今まで絶壁だった場所に小さな穴が空く。
下に落ちるような穴。これは、降りても上がって来れない。
「……長小雨、蜃連れて離れてろ」
「え行くんですか……!?」
「睦さんと景矢さんならこの高さ上がれますね」
「できますが」
「俺も、大丈夫ではありますが……」
「……魔法使えますか」
「描く分には大丈夫です」
「小雨さんどうやって上がるんですか」
「壁があるなら問題ありません」
そういうと、小雨は下に降りてしまった。
睦と景矢もあとに続く。
中はほんとに、ただの洞窟って感じ。
「……特に人の気配等はありませんが」
「人はいないと思います。幻壁自体、特定の人間だけを通すとかそういうことは原理的にできません。幻壁で閉じられていた以上、もう使われないか、しばらくは使われない予定なんだと思います」
「使わなくなったけど消しはしないとなると、また戻ってくる可能性が高いですね」
三人で暗い洞窟を奥に進むと、一本道の先には小さな洞穴があった。
とても小さいが、情報にあった壁から直接の石の作業台、その壁に貼られたデザイン案の紙、作業台の上には、羽のインク壺とペン。糸と針。
「……景矢さん、これなにかわかりますか」
「ぅえッ」
小雨がインク壺を景矢に見せると、景矢は相当驚いたようで変な声を出した。
慌てて口を塞いだが、二人で首を傾げる。
「……それ、俺の世界のインク壺です」
「やっぱり……」
「そのインク、たぶん、俺の時代じゃ、作れる人はいない……」
「……相当古い時代からの参界者ってことですか」
「……ていうか、たぶん古代の……」
改革が行われる前の、ほんとに古い魔法使い。しかも、王族の血統。
「……たぶん俺が生まれるより六百年は古い人です。そうなれば、俺の知識は通用しません」
「……でもあの外套は景矢さん作れますよね?」
「…………知識としてはありますが、才能というか……魔力や技術的な面で無理です。布に正確に魔法を刻むなんて、普通はできることじゃない」
「昔の人はできたんですか?」
「今もできる人は何人かいるんです。ここで言う神迎みたいな役割の人たちも皆俺みたいな防御特化の外套は来ていました。……ただ……」
透過となると、そこらの職人じゃ話にならない。
まず、全て透けさせる印、体まで透ける印があるとしよう。
普通に描いても、外套自体は透けるだろう。景矢もこれはできる。
魔法が理から外れれば外れるほど印は複雑に、細かく、大きくなっていく。
中の歪みのズレで服が透け、内臓が透け、最も人の目に触れる体が透ける。最後に、外套から出る頭を透けさせるのは、それこそ相当複雑な印じゃないと。
それは、技術があっても知識がないと無理。
「やろうとしたら、たぶん印は分裂します。透過魔法印に効果なしの範囲魔法が重なった状態で……俺は、それをどうくっつけるのか同化させるのかがわかりません」
「……これの完成系が影まで消えるものだとしたら、それは歴史上に名を残す程度の人間になると思いますか?」
「確実に。……ただ、俺の知識にはそんな人は……」
「わかりました。……過去に龍眼の参界者が数人いたはずです、今のに関連付けて記録を探してみます。また何かあれば連絡するかもしれません」
「はい」
景矢が睦を見上げると、睦は景矢の頭を撫でた。景矢はホッと安心したように胸を撫で下ろす。
「……たぶん政府に認知されていない参界者ですね。崖が発見された時期を考えると、作ってまた自殺か老衰か……」
「なんにせよ、もう使われてないと思います。数百年生きているなんてそれこそ魔法でも神みたいな芸当がないと」
「……とりあえず今はユグドラシルの詮索ですね。上がりましょうか」
「はい」
景矢は魔法で一番に上に上がり、睦は軽く助走を付けると壁に一歩足を付いた。二歩目も踏み出し、崖に手をかけると軽々と上がる。
「身体能力すごいですね」
「わりと特殊な体してます。小雨さん大丈夫ですかー?」
「とりあえずそこ退いてください」
景矢たちが後ろに下がり、睦が横にズレて中を覗き込むと小雨は不機嫌に睦を睨んだ。
二歩軽く走ると、壁を手前、奥、手前の順に飛び移って上がる。
「わぉ」
「行きましょう」
二十分ほど森を歩くと、蜃がきょろきょろし始めた。夢が近付いてきたか。
「蜃、おいで」
「叔父様、私ここ知ってる」
「夢だと思う。……ここはサルスベリの森だから」
足場が悪くなってきたので蜃を抱き上げ、森の奥に進んだ。
ふと、足を止めた。
「なん……」
長小雨の話し声を止め、睦は景矢の口を塞ぐとすぐに木の幹に隠れた。
皆も木の影に隠れ、小雨は蜃の頭を抱える。
微かに、泥の跳ねる音がする。
数歩歩いて、それが止まった。
睦は景矢に静かにするよう合図をすると、しゃがんで小石を拾った。
世界を透かし、情報だけを視て。
相手が視線を逸らした瞬間に、石を遠くに投げた。
ちょうど、着地地点で木の枝が折れるように。
遠くでパキッと音が鳴ると、それはそちらに走った。
睦は景矢を、小雨は蜃を、長小雨は降水を連れ、森から出る。
睦は少し泥で汚れた外套の裾を払い、小雨は蜃を落ち着かせ、唯一息の切れている長小雨は息を整える。
自分と20センチも変わらない体格の景矢を連れた睦と、特異体質等ではないはずなのに平然としている小雨がおかしい。これに関しては、絶対に長小雨が普通。
「景矢、蜃ちゃん守れるね」
「はい。……睦さんは?」
「また見てくるよ」
「降水、頼む」
「叔父様気を付けてね」
「うん」
「行ってらっしゃいませ」
睦と小雨はなんの躊躇いもなしに森の中に入っていき、置いていかれた四人は車に乗り込んだ。
サルスベリの大木の森を進み、地面が泥になる前に木の枝に上がった。
「……飛べます?」
「常人程度は」
「常人は飛べませんが」
「さっさと行きますよ屁理屈」
「え事実ですよ?」
小雨は睦を置いて木々を移り、不満が残る睦もおとなしくそれについて行った。
木にしゃがみ、睦は建物の構造と人数を確認した。
最奥の間に、参界者。どこかで知っている人種か、情報の感覚的にたぶんあの人と同じ。となると異能力等はないはず。
洗脳は技術によるものか、二人いるらしい教祖のもう一人の力によるものだろうか。
なんにせよ、行動が一丸となっているのは厄介。バラけさせるか、でも一丸となってるなら、丸々捕まえられるよなぁ。
キョロキョロと視線を動かす睦を後目に、周囲を見回し人の気配を確認した。
「そろそろ」
「戻りましょうか」
二人は立ち上がると、すぐに元来た道を戻った。




