22.転入生
ユグドラシル拡大から数日後、学校から帰ってきた景矢から学校の話が聞けた。
「転入生が来たんですって、陽泰さんのクラスに」
「転入生?」
スマホで完全オリジナルゲームをしていた睦は顔を上げ、首を傾げた。
睦の席の隣に椅子を引っ張って、座った景矢は小さく頷く。
「まぁまぁ美人な女子らしいです。相変わらず陽泰さんに興味津々らしく」
景矢の行く中央学院全統学校は参界者が皆通うため、入学できる枠がとても少ない。また、性別や学年人数、家柄も全て決められているため、参界者以外は本当に狭き門なのだ。
昨日、比奈風の裁判で執行猶予付きになったので、その枠だろうか。いやでも学校の、景矢の学年に動きがあれば小雨から連絡が来るはずだが。
「……小雨さんからなんも来てないんだよなぁ」
「小雨さん熱で倒れてるんじゃないんですか?」
「…………まだ倒れてんのか」
「わかりませんが」
小雨の部下に連絡を入れておこう。わりとスレッドは、子供の扱いに関しては政府の言いなりってか過保護の言いなりってことが多い。
「……この時期に転入生かー」
「スレッドの手からは離れたんでしょう?」
「解決は政府がやるけど被害が来ないとは限らないからね。……頭が参界者なら同じ参界者を敵対する可能性もあるし」
「敵対ですか」
「……枯梨と響皐月は確認が取れるまでしばらく休ませるよ。景矢も紙とインク忘れないように」
「はい」
「ミヤにも言っとくよ。また話聞かせてね」
「わかりました!」
参界者が保護される理由は、一重に異世界の知識、異世界にしかない異能力を保有する場合が多いから。
参界者は法の適用外。『参界者保護』というものにだけ、最も重要な法の一つである『参界者保護』に守られる。
自分以外の参界者を殺した場合でも『参界者保護』で相殺され、そうそう罪には問われない。
そして参界者は減れば減るだけ残る重要度が上がり、減れば減るだけ残りの参界者の警備は高くなる。
そりゃ、世界を洗脳で落としても罪に問われなくなるよね。だって世界最後の参界者だもん。
そう言い張れるようになったら、もう政府じゃ手を付けられなくなる。
トライトも、ピステルもスイハも出てきたらそれこそ世界戦争の幕開けだ。
戦争はどうであれ、参界者の死は絶対に防がねばならない。
ミヤが生き返らせることのできる範囲は、死後五分以内であること。
それを越えたら猫又が魂を喰らうのに、今の猫又じゃ喰えない場所まで行くらしい。
たぶん、前に小雨の部下を生き返らせた。その時間が限界だと。
世界が変わるとその時間変動がある可能性があるが、試せるほどリスクもコストも低いものじゃない。人を連日生き返らせると、死ぬのはミヤの方。
景矢がいなくなった席で、頬杖を突いて仕事をしているとHgに電話がかかってきた。
「はい」
『お疲れさまです。睦さん、転入生って何の話ですか?』
「……お疲れさまです」
小雨本人からかかってきた電話に首を傾げ、とりあえずそれだけ返した。
「けいやー!」
『比奈風莉央奈なら辞めていませんよ』
「陽泰さんのクラスに転入生が来たそうで」
『……はぁ。……降水、リスト』
『はい!』
「どうしましたか睦さん?」
「こっち来て」
景矢は不安になりながら睦の隣に座り、小雨は学年リストをめくる。
クラスに新しい子など入っていないが。
『いませんね。枠も入学時点で埋まって変動なしです』
「でも来ましたよ……! 零曇水尋っていう……!」
『……確認してみます。勝手に枠を増やしたのであれば学院だけでなく政府の外聞も失墜しますからね』
「学校側が勝手にやった可能性が?」
『管理するのはあくまでも学校長ですからね……。私は神迎養成校を持っているので中央学院の方には関与していないんです』
「それでもデータは持ってるんですね」
『それとこれとじゃ話は別です』
「そんなんだから日付けを越えて帰ることになるんですよ!」
『明日睦さんも来ますか?』
「行きます」
睦は暗い顔をする景矢の頭に手を置くと、そのまま抱き寄せた。
「同じ学年なら景矢が安全に過ごせるかどうか確認しないと」
『ですね』
「景矢以外学校は休ませます。景矢も遅刻でいいでしょう」
『それが得策ですね』
真偽が確認され、その転入生とやらの素性が確認されるまでは。
景矢と二人で中央学院前まで行くと、既に小雨が経っていた。そばには、女の人も一緒。
「部下ですか? 睦です」
「景矢です」
「降水と申します! 小雨管理官の第二補佐をしています。第二ですが第一より優秀だと思っています!」
「優秀なのは確かですよ。行きましょう」
「はい」
四人で校内に入って、一番に靴箱を確認した。
参界者の情報が漏れるため全て番号で振られているが。
本来なら空いているはずの比奈風の番号に靴が入っていた。
「ここですね」
「……番号も増えてませんね。用意できるまでとか適当抜かしてるんでしょう」
「ではやはり学校が?」
「ですねぇ。……降水、学校長と教頭を持ってきてください」
「了解しました」
三人で、エレベーターで景矢のクラスがある五階に上がった。
景矢はエレベーターばかりはどうしても慣れないようで、入る前から出たあとまでずっと睦の袖を掴むのが無意識の癖になっている。
景矢に聞いて、陽泰のクラスに移動した。
授業に集中せずこちらを見ていた生徒の一人が二度見して、そのせいでほとんどが気付いた。
後方の扉を開けると頬杖を突いてペンを回して、ノートすら開けていなかった陽泰が睦を見上げる。
そのまま小雨を確認し、硬直している教師を見て、また睦に視線を向けた。
「……何?」
「転校生の話を聞きに来た」
「転校生?」
「水尋ちゃんのことじゃない?」
「誰」
「あーっと……」
隣の子は、教室の左前で寝こけている女子に目を向けた。
青紫の髪を低めのツインお団子にした女の子。
青白く痩せて、とても健康そうには見えない。
「呼んで」
陽泰は面倒臭そうに顔をしかめ、睦は呆れた顔になる。
陽泰が立ち上がる前に、小雨が中に入った。
水尋は隣の席の子に起こされ、小雨を見上げる。
「……ねむ……」
「少し話をしたいのですが」
「はぁい……」
女子はあくびをしながら立ち上がり、教科書とノートをぱぱっとまとめた。
「借りますよ」
「は、はい……」
小雨が水尋を連れ出すと、睦は気を抜いた陽泰を見下ろした。
「本拠地の方で大きな動きはない?」
「……二班直課の数人がバカ言って絞められた話は聞いた。一班直課の一人は不機嫌な糖港が絡まれたから殺したとか聞いたけど。撃たれただけかもしれない」
「……いまいち強くはないな」
「うち全員ボス狂信か黄金教だから」
「あぁ、そりゃ跳ね除けるか。……助かった、またなんかありそうなら教えて」
「うん」
狂信、か。
景矢をクラスに送ったあと、応接室に行くと既に学校長と冷や汗ダラダラの教頭がいた。
学校長は水尋をソファの隣にある椅子に座らせると、妙に輝いた目で小雨を見る。嫌な予感がした。
嫌な予感が当たった。
小雨が何故無許可で水尋を転入させたのかと聞くと、まるでなんかのオタク並みの水尋大絶賛。
オタクってか、これはもう一線を超えた異常者だ。
要するに、水尋は正義だから正義が人の枠に収まるのはおかしいし、正義は全員が持ってるので水尋がいてもおかしくないよね、と。訳せた降水を褒めよう。
睦は頬杖を突き、興味なさそうにあくびをした。
「……暇そうですね」
「そもそもうち神道なので宗教既にありますし」
「神道?」
「万物に宿る神様を崇め感謝しようっていう。……なくても洗脳まがいで人殺そうとする宗教は入りませんが」
「……それはユグドラシルのことですか? 人を殺そうだなんて……」
「生徒が殺されかけたのを知ってよくもまぁハマれますね。まぁ校長なんて金で就いてるだけで生徒に興味なんか微塵もないかもしれませんが。それでも外面的には校長でしょう。もうちょっと押さえたらいいのに。ここには鷹憬の噂の中心と世界の神迎を操る管理官がいるっていうのに」
まぁ信仰の自由は確立されてますもんね、と笑うと、校長は少し考えるように俯いた。
おしゃべりマシーンが黙ったので、小雨は教頭に目を向ける。
「で、枠の説明は?」
「は、はい……!」
しどろもどろが鬱陶しく聞き流していると、また降水が訳してくれた。
「つまり校長がこんなことになったので水尋を受け入れるのに超固執してダメ元で理事にお願いしたら受容されたってことですね! 教頭は知らなかったと言えどほとんど学院の一切を仕切っている小雨管理官に確認を取らなかったのは、どうかと思いますけどねぇ?」
「申し訳ありませんッ……! 混乱の末管理官の合意の元かと勝手に思ってしまって……!」
「…………まぁ放置しすぎた私も悪いのかもしれませんが……」
「小雨さん、それ駄目です」
頬杖を突き、Hgを見ていた睦がそう言った。
小雨は横目でそれを見ると、とりあえずHgを閉じさせる。
「駄目とは」
「今回は業務の一切を小雨さんに任せているとわかった上で打診を相談しなかった理事が悪い。業務を知らなかったなら自らの役職業務すら知らない能なしを置く上の責任。別業務の小雨さんがいないだけで瞬間ルールが崩れるなら、それは直すべき乱れ。果てにあなたまで自分の責任と言い出したら、職務外のことですら一切の責任を小雨さんが取ることになる。それは駄目です。中央政府という大きな組織のそれなりの役職なら、尚更自分の仕事の管理は自分でさせないと」
淡々と話す睦に軽く目を見張った。
怒ってるのか、珍しく。
普段温厚で怒りどころか悲しみや、苛立ちさえも笑い飛ばすような睦が。
佚世は残り少ないけれどと、十六の睦を自ら十九歳まで通わせた。佚世は十七の頃にいなくなったが、睦の生活の一切を支援していたのは佚世の残した莫大な貯金と異常なほど広いその人脈。
学院は睦にとって佚世が残してくれた思い出の一つであり、恋弥と共に学んだ場所、自らが守る子供たちが学ぶ場所。
そこを荒らされては、さすがに温厚なこの子も黙ってないか。




