19.千譜結─絵─
家に帰ると、リビングでは蜃の母親の霜が机に肘を突いていた。
うつらうつらと眠りかけだったのを、そっと扉を開けるとハッと顔を上げる。
「お、おかえりなさい……! 蜃……!」
「眠ってます。今日は一緒に寝てあげてください」
「うん……ありがとう」
蜃を渡すと、蜃がぼんやりと目を覚ました。
母を見上げてから、小雨を見て小雨に手を伸ばす。
「落ちるよ」
「寝よ……」
「うん寝て」
「一緒に寝るの……」
「俺と?」
「三人で」
それは無理。
即答しかけたのを、なんとか言い方ないかなぁと考える。
「……ベッド狭いからさ」
「叔父様床ね」
「はい」
「いや……ダブルベッドありますので……」
「えなんで乗り気なんですか」
「信用してます」
「いやしてもらっても結構ですけど……」
まぁ、いいや。今日は徹夜だろうし。
風呂に入ってから、冷蔵庫の脳活性化ジュースを飲んだ。
蜃は目が覚めてしまったようで、小雨のそばに走ってくる。
「叔父様何飲んでるの? ジュース?」
「そうジュース」
「私も飲む」
「蜃はこっち」
「お母さんジュース飲んでいいー?」
「歯磨きし直しなさいね」
「叔父様と一緒にやるー」
ほんとに、蜃にとっては三歳の頃に死んだ父親よりも零歳の頃から度々家に遊びに来て、父が死んだあと同居して大黒柱となっている小雨の方が父親的存在なのだろう。
呼び方の違いだと思う。
まぁ、父親の死があったからこそ小雨に強く懐いているっていうのは、あると思うんだけど。
それよりかは、夢をそっかーで済ませる父よりありがとうで返してくれる小雨の方が好きなのは、子供にとっても当たり前だろうな。
「叔父様のジュースは美味しい?」
「んーん美味しくはない」
「美味しくないのに飲むの。変人だね」
「可哀想な人って言って」
「ごちそうさまでした」
「蜃は飲んだらだめだよ」
「なんでー?」
「体に猛毒」
「……お母さん救急車ー!」
「違う違う違う」
小雨は苦笑いとも泣き笑いとも取れるぎこちない笑顔で蜃の頭に手を置くと、二人で洗面所で歯磨きをした。
政府が拠点とする中央館はだだっ広い。だだっ広いから、参界者から重役まで人数分の家が入っている。
役職が取れたら住めるんだから便利だよね。まぁ、普通に家持ってる人の方が多いけど。
小雨は蜃がいつでも来れるようにここに住んでいる。家ぐらい一個ポンっと買えます。
三人で寝室に移動し、蜃はサイドテーブルにスケッチブックとクレヨンを置くとベッドのど真ん中にダイブした。
霜は反対の端でブランケットをかぶり、蜃を呼ぶ。
小雨は、ベッドに座ってHgを開いた。
「叔父様寝ないの?」
「もうちょっとしたら寝るよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみなさぁい」
蜃と霜はすぐに眠り初め、小雨は足にHgを置くと画面を少し歪めて横からは見えないようにした。
寝たのでさっさと抜けてもいいが、途中で起きてバレると怒られそうなので。小心者は昔から変わりません。
潜入調査官に扮して送られてきた手紙。その内容は、教祖はただの人間。その上に参界者がいるという報告だった。
また、宗教が開かれている場所や森の概要、それと宗教の人数と一日の行動スケジュール等も。
たぶん後半に関しては本当のことなのだろう。ただ、前半の教祖やらその上やらを書き換えたかったんだと思う。検問があるってこと。
それと、睦はもう一つ、宗教のそのスケジュールと行動の報告に疑問を抱いていた。
言うに、祈りも参拝もしていない、食事制限もない、黙想すらないし、なにより崇めるべき存在の教祖が一部の人間にしか見れないというのはおかしな話らしい。
そもそも見れない場合、数人は疑問を抱いてやめていくはず。それが百人近い中で一週間で零となると、それはもう宗教ではなく洗脳だろう、と。
それと、祈りや食事制限。
食事制限は神じゃないのでまぁ命のどうやらはないとして、教祖がそこにいるなら一日に一度、せめて三日に一度か一週間に一度はカーテン越しでも挨拶があるだろうに、それすらないのは違和感を覚えるらしい。
睦がいたような世界の人間が考える宗教、少なからず携わっているならそれらしい祈りはさせるはず。なくても、毎朝説いて洗脳をより確実にするぐらいはあるはず。
じゃなきゃ、信徒は貢がないだろう、と。
または、これはとても可能性が低いが。
教祖が勝手に崇め、勝手に洗脳状態になっている可能性があるとも言っていた。
まぁ後者は極わずかとして、たぶん報告書を書き換えた時にこちらを混乱させる策として抜いたり入れたんだりしたんだろうと言っていたけど。
心を捧げる、か。
捧げるために、殺し。それを愛する人の目の前で、苦しみもがく毒で。
どちらかといえば、勝手に洗脳にかかって教祖を祀っていると言われた方がしっくりくる気もするが、それは教祖の性格によるだろうからなぁ。
でも、ジュワルパの参界者だとして、ヴィルパの言葉はわかるんだろうか。そのためのもう一人の教祖、通訳かな。でも通訳だけの奴をわざわざ教祖にする意味がないよなぁ。幹部がいるぐらいなんだし。
睦のある程度の予測、ただの混乱を狙った相手の邪魔というのを疑いながら予測を進める。小雨は、信者が暴走してる方を推測して。
まぁ暴走して勝手に神だ教祖だと言われたらそりゃあそれを利用しない手はないだろう。
そもそも信徒が先の場合、宗教なのかどうかも怪しくなってくる気がする。これじゃあ集団洗脳だ。
小雨は顔が知られていないし、浮浪者の振りでもして潜入してみるかな。
なんにせよ不透明すぎて、これじゃあ睦の目に頼りっぱなしになってしまう。それは参界者を守る者として宜しくない。
なにか確実な情報が必要だ。
ふと、隣で眠る蜃を見下ろした。
蜃は視たばかりの夢を、今日起こると思うほど近しい時期に起こると思った。
経験上、五ヶ月や六ヶ月以内ならその近しいに入る。もしや、蜃の夢もこれ関連なのだろうか。
そうなるとすれば、睦にスケッチブックや蜃を視てもらえばなにか新しい手が見えてくるのかもしれない。
サイドテーブルからスケッチブックを取って、それを開く。
ぱらぱらとめくると、いくつか小雨のサインがついていないものがあった。
話には聞いたが、わからないことが多すぎて蜃自身が気に止めていなかったもの。
真っ黒に、黄色の線が色々張り巡らされたページや黒い髪の女の人のような絵も。着物かな。
そんなことは置いといて、絵上手くなったなぁと眺める。
最初描き始めたのが二歳なる前ぐらいと言っただろうか、霜が描いてるものを聞いて、ファイルに綴じていたのを小雨が見てもしやと思ったのだ。
その時はまだ生きていた父親、千譜結の兄になる瀬織は、聞くだけ聞いて考えることをしなかった。だから蜃は初め、絵に描いて母親に聞いてもらうのを待っていたのだろう。今は小雨に話してくれるが。
この子の力はすごいけど、この子が夢をものともせず生きれるぐらい安全で楽しい生活にしてあげたい。
夢は夢なんだと、そう思える世界を作らないと。




