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Thread of World──世界の糸の物語──  作者: 織優幸灔&夜月夢羽
一章
38/124

18.小雨─夢─

 ノックが鳴って、頑張っていた腕の力が抜けた。




「……あい」

「ち、千譜結(ちふゆ)君……? もう半だけど……」

「起きてます……!」



 ほんとに、起きてるんだよ。起きてるんだけど、起きれないんだよ。












 スーツに着替え、もう暑っついので上着を着ずにシャツにネクタイピンだけ留めた。


 ほんとにもう、仕事が嫌になる。




 部屋から出ると、向かいの壁に(みずち)がしゃがんでいた。



 スケッチブックになにか描いている。




「蜃、どうした? また夢?」

「ううん。……普通に描いてるだけ」

「そっか」

「叔父様大丈夫? 元気ないよ」

「うん、元気ない」

「仕事忙しいの?」

「仕事できないの……!」



 あのバカ三号に執拗に付きまとわれるせいで。





















 扉にノックが鳴り、二人が視線を鋭くした。




「本日休日ですので対応不可ですぅ!」

「管理官! 座りっぱなしは体に毒ですからね!」

「ストレスは余計に毒ですけどねッ!?」



 負けじと言い返す降水(ふるす)を下がらせると、扉を開けた。



「賭けをしましょう」

「お、おぉ!?」

「私が勝ったら二度と邪魔しないでください。邪魔と言ったら消えてください。あなたが勝ったら毎日昼休みに時間いっぱい相手してあげましょう」

「ほ、本当ですか! いやぁそれは!」

「では先に降りていてください」

「はい!」




 この男、神迎第一指揮官。唯一、指揮官で小雨の直属の部下になる男。


 暑苦しすぎて正直鬱陶しいとさえ思うのだが、見た目と変わってなかなかの知将。外すには惜しい頭をしている。



 まぁ、腕の実力も確かなんだけども。





「小雨管理官、俺が行きましょうか」

「いやいい。帰ってくるまでに仕事の半分片付けておけ」

「は……半分……!?」

「十分の一も無理ですね。行ってらっしゃい」

「いってきまーす」



 小雨は荷物を持つと、ふらっと出ていった。










 ジャージに着替え、暑っついので半袖で。



 神迎は隊服があるが、んなもん五分のために着てられないので。






 下に降りると、既に(ひら)けていた訓練場の中央に行った。


 指揮官は剣を持っているが、小雨は素手。




「す……素手……!? 本気ですか!?」

「遊びに決まってるでしょう。本気でやったら死ぬので」


 どっちかが。



「な、なめないでくださいよ!?」

「じゃ、どうぞ」



 小雨はぱっと腕を広げて笑った。


 指揮官はでかい図体に見合わない俊敏性で小雨の死角に入ったが、小雨は懐に入ったのを確認すると足を振り上げた。



 そのまま、指揮官の脳天に振り下ろす。





 顔面が地面に叩き付けられ、端で瞬間稽古をしていた神迎たちがざわめいた。



 ここは養成校とも繋がっているので、養成校の見ていた子供たちまで愕然とする。





「じゃ、おつかれさまでーす」



 さー帰ろ。これで日付けを越えるまで仕事する日々にならなくて済む。済んでほしい。頼むから、ほんとに。

























 小雨に『躊躇いなく脳天にかかと落としできる人』というレッテルや『部下に情けをかけない無情の鬼才』等という不名誉な噂が立って数日。


 どこに行っても避けられるようになった。だからやりたくなかったんだよ。まぁ上司()が言うこと聞くようになったのは、ラッキーだけど。






「互いに不利益しかない戦いをやったな、千譜結(ちふゆ)

「ほんとに。まぁ避けられるのは元々だし別にいいけど」

「お前怖いもん」

「おめぇの方が怖ぇよ大男。その体格が走ってきたら失神する奴もいるだろ」

「いい体だろ!」

「黙れ筋肉バカ」




 今は昼休み、長小雨(ながさめ)と昼食後のボードゲームの最中。


 降水(ふるす)は、色んな角度から二人を撮っている。

 別に取材とかそんなんじゃない。ただの奇行(趣味)




 小雨は負けることのないつまらないゲームを着々と終わらせる。何連勝目なんだろう。




「そういえば俺撃った子供どうなった?」

「神迎二人が潜入調査中。子供は一階層で留置」

「裁判来週末だっけ」

「今週末な」

「……今週末か」



 今まで裁判と言えば捕まってから三ヶ月後がざらだったのに、その月内にできるようにした小雨はほんとにすごいと思う。



 皆、小雨をただの頭のいい人に思いすぎだと思う。こいつほんとにガチですげぇんだぞ。

 そらぁ、『金の世代』五芒星の一角に数えられるだけある。




「金の世代五芒星ってお前と佚世さんと、ピステル社長と誰だっけ」

「お前なぁ……。スイハの帝翔と貝寄! こんぐらい常識にしとけ」

「五芒星の時代はまだ社長じゃなかったんだっけ?」

「いや、ちょうど黄金時代と交代が重なってる」

「ややこしいよなぁ」

「まー……でもこんぐらい覚えとけ準管理官」

「すみません」




 少しして、そろそろゲームも片付けようという頃ノックが聞こえた。この時間のこのノックは郵便。


 いくらHgが普及し世界の大半がデジタル化したと言えど、子供や秘密文書等手紙の需要も多い。




 降水が受け取って、小雨と長小雨に振り分けた。



「……小雨先輩、潜入調査の方からです」

「噂をすれば」



 それを受け取り、封を開けた。


 おかしな内容に、眉を寄せる。





「……出かけてくる。帰りわからないから各自解散で」

「わかりました。行ってらっしゃいませ!」

「いってきまーす」














 スレッドの本部に行き、中に入った。



 既に睦が待っていて、いつもの小さな小間(ブース)に通される。




「これが件のものです」

「参界者が書いたものですね」

「はやっ……」



 封筒を受け取った睦は、それを見下ろした。



「ジュワルパの参界者ですか」

「ですね。……あとその参会者、たぶん俺たちと同じ系統の世界から来ています」

「系統……」

「世界って二種類あると思っていて」



 一つは、日本が存在する世界。アジアやヨーロッパ、ユーラシア大陸から南極大陸まで、地球の上での異世界。


 もう一つは、景矢がいた世界やここのような世界。

 地球かどうかすら怪しい世界。




「この文字なんですが」



 ここは言語も違えば文字も違う。睦は、言葉が視えたから通じ合えたし話せるようになったのであって初めは相手から聞く一方で話せなかった。

 響皐月や景矢や枯梨の通訳をしたのも睦。




「ここの世界の文字って基本漢字ですけど全部終わりを払うじゃないですか。こう、しゃって」

「……あぁ、言われてみればそうですね」

「こんなとめ・はね・はらいするの日本ぐらいです」


 筆跡は似ているんだろうが、甘いなぁ。




 手紙を出して、それを開く。




「……うーん、参界者ですね。ガッツリ内容変えられてます」

「元の内容はわかりますか」

「さすがにそこまでは」

「ですよね……」

「現状わかっていることを教えてください。少し推察してみます」



















 日付けを越えた頃、執務室に帰ると部屋にあかりが点いていた。

 まだ部下が頑張っているのかと思ったが、違った。



 ソファに座っていたのは(みずち)で、扉が開くとハッと顔を上げる。



「叔父様、おかえりなさい」

「ただいま……ずっと待ってたの?」

「……うん」

「明日でもよかったのに」

「だめ、だめ。今日話さないと」

「何?」



 扉を閉めると、荷物をまとめた。今日は帰って仕事しよう。




「……あの、朝、絵描いてたの、あれ夢なの」

「また夢視たの。どんな夢?」

「…………人。人が、死んだ夢」



 書類をまとめる手を止め、(みずち)の方を見た。



 俯いて、酷く震えている。




「人が、死んだの。二人。……怒ってた。誰か、男の人。若い人」

「蜃」

「叔父様、最近、疲れてるみたいだったから。人が死ぬってわかったら、また大変になるんじゃないかと思って。私の夢は、視れば視るだけ大変になるから」

「蜃、大丈夫だから」

「夢でね」

「もういいよ。わかったから」




 話を遮られた蜃が小雨を見上げると、遠くにいると思っていた叔父は蜃のすぐそばに立って蜃を抱き締めた。



 バクバクと跳ねていた心臓が痛くなって、胸を押さえると抱っこされてあやすように背を叩かれる。



「教えてくれてありがとう。これでまた人の命が守られる」



 息があがり、過呼吸になりかけている蜃の頭を撫でると大丈夫だと言い聞かせる。






 十二にもならないこの子に人の死は、一人でしか視れない人の死は重すぎる。


 ただでさえ、父親の死で傷を負って昔の明るさは消えてしまったのに。




 こういうことが度々ある。

 夢は視る内容を選択できない。その記憶力により、視たものの細部までを覚えてしまう。


 だからこそ役に立つ能力であり、だからこそ一生の足枷となる能力だ。



 昔は、人の死を理解できない頃は、お父さんのような人がいた。お父さんのように冷たい人が出てきた。それで、そういう『人間』だと認識していた頃はよかった。



 でも成長をすればするたび、死というものを知り始める。


 死は冷たく、自分に傷を与えたものだと理解しざるを得なくなる。

 それを、死を理解する前に植え付けられる夢というのはこの子にとって、恐怖でしかない。




 その場にいるのか、誰かになっているのか、見ているのか知るだけなのか。

 そこでも大きく違うようだが、感受性が豊かな子だ。

 知っていようと知らずにいようと、死んだら誰かが怒り悲しむ人がいる人が死んだ。自分の夢で、確定した未来で、それが起こる。それを死よりも先に(わか)っているからこその恐怖だろう。








 ガタガタと震え、浅く早い呼吸をする蜃の背をとんとんと叩き、ゆっくり深く息を吸うよう声をかけた。



 蜃は必死に息を吸い、ゆっくり吐く。



 それを数回繰り返すと、少し眠気を堪えるように瞬きをした。




「眠いなら寝てていいよ」

「……寝たくない」

「じゃあおしゃべりをしよう。なにがいいかな」

「…………おとーさんと……おかあさんの、はなし……」

「あぁ二人の初々しいあれね。好きだなー……」



 初めは冗談半分で言っただけなのに、いつしか鉄板話題になっちゃって。




「お母さんに言ったら、お母さんよく笑うから……」

「お母さんよりも蜃が笑う話題を教えておくれ」

「わた……し……?」

「あ、最近学校は楽しい?」

「うん。……お友達がねぇ、いっぱい増えたよ」

「それはよかった。どんな子?」

「五人……ぐらい。一人はねぇ、すごく美人で絵が上手い子。女の子描くのが上手。二人目は、お母さんが参界者情報部でお父さんが神迎の子。お父さんの話をよく聞くんだけど、今日は弟と蝶々捕まえた話聞いた」

「虫取りか。蜃虫苦手だもんなぁ」

「うん無理。あと、三人目は……」



 話している途中で眠たそうにあくびをして、その頭を撫でた。


 何度かゆっくりと瞬きをしたあと、眠り始める。


 その様子を確認すると、蜃を抱っこしたまま書類の片付けを再開した。

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