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Thread of World──世界の糸の物語──  作者: 織優幸灔&夜月夢羽
一章
37/124

17.小雨─勤─

 向かいの椅子に座り、Hgを開いた。





「こんにちは」

「……裁判じゃないんですか?」

「私は参界者に関することを聞き出しに来ただけです。裁判や判決等は部下に任せています」

「さん、かいしゃ……」

「参界者に雇われているという話でしたが。まずその真偽を確かめたい」

「……事実です」

「その参界者は……」

「私の両親は宗教にハマりました」




 そう言って、比奈風(ひなかぜ)は親が宗教にハマったところから陽泰暗殺未遂までを話した。










 教祖は二人、どちらも女性とは言えない年齢の少女。

 いつも白い布をまとい、どちらも顔を見ることはごく一部の信者しか見れない。



 その宗教にはいくつかのルールがある。そのうちの一つが、身を穢してはいけないというもの。



「穢す?」

「穢すと言っても色々な意味が含まれます。信者同士での婚姻は良いけれど、それ以外は駄目とか。輸血は駄目とか、人の血に触れてはならないとか、毎日身を清めないと駄目とか……」

「綺麗なもの同士ならいいよってことですか」





 宗教なんて、少し聞いたりする程度で内部は全然知らないので聞いても不審なところや変なところが全くわからない。

 そもそも心がないような人間に信条とか崇拝とか信念とか求めないでほしい。




 頬杖を突き、Hgでは表せないものを紙に書く。とても乱雑なメモで、図や意味わからない符号等が多用されているメモ。自分でもよくわからない。








「……身を穢してはならないのは、教祖様に捧げる心を怪我してはならないということで……その、宗教外の者に……など…………っていう……」

「あぁ、部外者に恋焦がれてんじゃねぇぞっていう奴ですか。……それで暗殺に?」

「最初は口で止められてただけで私もやめようと思ったんですが、相手がその、トワイライトの一員とわかった瞬間皆が人を遊ぶクズだなんだと言い始めて、挙句教祖様に殺して心を取り返そうとか言い始めて……私は見ておきなさいと言われて……」



 殺して心を取り返す、ね。提案者は誰かな。




 はためから見ても、特に教祖や宗教自体の動きに理解しかねることは出てこない。

 気になるのは、教祖って二人いていいものなのっていう。



 特に神々しい扱いをしているわけでもなんやらの教祖として役割があるわけでもない、ただの教祖一号と教祖二号。


 どこかに教祖の控えがあったはず。確認しないと。





「……宗教の名前と知っている主要幹部を」

「宗教の名前……は、ユグドラシル教です」


























 取り調べが終わり、Hgを見ると睦から連絡が入っていた。


 何もない時に睦からは珍しいなぁと思いながら開くと、何もなくはなかった。こっちにも宗教の問題が広がっているのか。





 自室に帰り、椅子に座った。





「小雨管理官」

「……もう大丈夫なのか?」

「まぁな。参界者様が治してくれた時に脳みそも治してくれたんだろうってさ。息せず五分経って無傷は奇跡だと言われた」

「よかった……!」

「……なんだ、泣いてんのか? 気持ちわりぃ」

「なんで揃いも揃ってそうなるんだよ……」

「あ? 俺は一回しか言ってねぇぞ」

「揃いも揃ってつってるだろ言葉を理解しろアホ」

「あ!?」



 小雨は机に肘を突いてきた幼馴染の肘を払い、Hgを閉じた。



「ん? メールか?」

「まぁ。仕事は今日から復帰か?」

「なんで上司が把握してねぇんだよ……。千譜結(ちふゆ)は俺が抜けたら仕事に押し潰されるからな! しっかり支えてやるよ」

「言い返せないのがクッソ悔しい…………!」

「んでだよ!? おとなしく感謝しろ!」

「はいはい……」

「その屈辱を耐えるような目やめろ部下になんて目向けんだ」




 小雨はふいっと顔を逸らすと、椅子を回して後ろを向いた。


 部下は呆れながら仕事に戻る。







 ジュワルパの参界者、か。

 睦の識別が間違っているはずもないが、絶対知りたくなかった。



 泡吹きそうなまま、引きつる喉を押さえる。




 にしても、贈り物から主がわかるって便利だなぁ。










 こめかみを押さえ、机に肘を突くと眉を寄せた。



 それがちょんと突かれる。



「若いうちから眉間のシワ取れなくなりますよ?」



 いつの間にか増えていたもう一人の部下はいたずらっぽく笑い、小雨はその指を指で弾き返した。



「もう若いとは思ってないが」

「三十なってないでしょう!」

「手前だけど」

「二まではセーフですよ!」

「八でアウトだが」



 二人が火花を散らすと、ふとその後ろにいるもう一人の顔が酷いことに気付いた。



 恐る恐るこちらを見たかと思えば、部下の肩を掴んだ。




「ふーちゃん……それマジ……!?」

「え……? え、な、え……な、なにがですか……!?」

「真に受けるなバカ。お前は何歳になっても犬系バカで歳は関係ないだろ」

「犬……犬!? なんだよ犬系バカって!」

「知らねぇよお前はバカだ! いいなお前はバカだ!」

「バカバカ言うなバカ!」

「ほぅ、俺をバカというか」

「……言い過ぎました」



 立ち上がった小雨に、長小雨はそっと視線を逸らして後ろに下がった。


 小雨はため息をついて座り直す。




「先輩、犬系バカってなんですか?」

「犬か猫かでいう犬の中でもハスキー系のバカを言うらしい」

「あぁ……恋愛タイプのあれですか!」

「たぶんそれ」

「え恋愛? ん?」



 混乱しているバカはおいといて、降水(ふるす)はお疲れの小雨にコーヒーを淹れた。



「……新しい豆?」

「そう! いいのが手に入ったんです!」

「そういうのって普通記念日とかに飲まない?」

「じゃあ今日は新しい豆記念日ですね!」


 こっちもこっちで犬系バカだな。



「お湯溢れるよ」




 湯を流しながら拳を握る降水にお湯に注意するよう伝えると、小雨はHgを外した。




 腕に付けるバンド型や指にはめるリング型は片腕で画面を開き、片手で打つので長時間やったり早く打ったりすると指が疲れる。


 十歳になる前からやってるのでもう慣れたけどな。





 椅子にもたれ、片手をほぐしていると降水がコーヒーを机に置いた。パッと両手を広げ、差し出してくる。



「……何?」

「マッサージしますよ」

「それよりも固まってるバカ一号を動かして」

長小雨(ながさめ)さんッ! 動かなかったら老化が早まりますよ!」


 そんな数十分じゃ変わらんだろうよ。





 小雨が呆れていると、部屋にコンコンとノックが鳴った。




「いいよ」



 小雨は立ち上がると、開いた扉の方に移動した。



 二人はそっと息を潜めると、小雨の後ろに移動する。




 紫の髪をツインで輪っかにして、まん丸の青い目をした女の子が小雨を見上げた。

 十一はすぎているはずなのに、体格は十歳や、下手したら九歳よりも小さい。




「どうした」

「夢を視たの。練習場に連れてってほしい」

「わかった。ちょっと待って」

「うん」



 小雨はスケッチブック片手に、突然手を振った(みずち)に首を傾げ、振り返ると長小雨とばっちり目が合った。



 長小雨を蹴り飛ばし、部屋の中に戻る。




「行ってくる。連絡あったら内線でくれ」

「わかりました! 行ってらっしゃいませ」



 Hgを取ると、(みずち)とともに神迎の訓練場に向かった。






















 時々、夢を視る。



 景色の時もあれば、人が立っているだけの時もある。今回は、後者だった。




 最近はめっきり視ていなくて、少し不安になっていたんだけど、昼寝をした時に久しぶり、一ヶ月ぶりくらいかな。に視えた。


 真っ白な布。紙か、光とかかもしれない。ぼんやりと白かった。でも角が見えたから光だとしたら影がある場所。で、人。




 その白が、神迎の練習場から視える政府の府旗と重なった。だから練習場に連れていってもらう。








「叔父様、儺宥(だゆう)様はもう元気になった?」

「あぁ、もうあの通り」

「……撃たれたって聞いてビックリしちゃった」

「参界者の一人が治してくれたからね」

「参界者様はすごいね」

「ほんとに。最近は皆元気そうだし」

「じゃ、今日は早く帰って来れる?」

「あー、うーん……」



 少し首を傾げた叔父にしょんぼりすると、叔父は(みずち)の頭に手を置いた。



「荷物取りに戻らないと駄目だけど、今日はもう帰れるよ」

「ほんと」

「緊急が入らないことを願っといて」

「わかった」




 上機嫌になった蜃の頭を撫でると、二人で神迎の練習場に降りた。






















 いつになっても日が当たらず、それでも人々の出入りで草が生えないレンガの階段を降りた。




 剣のぶつかり合う甲高い音が聞こえ、笛や掛け声も聞こえてきた。



「人が多い……」

「一つ事が片付いたから士気が上がってるんだよ。はけてもらおうか?」

「ううん、平気。……叔父様も元々は神迎なんでしょ? 叔父様はやらないの?」

「うーん……長らくやってないからな。たぶん無理」

「じゃ、練習してまた見せてね」


 なんて無茶ぶりを。



 小雨が戸惑っている間に蜃は先に降りてしまい、フェンスの外の小道を駆け足で進んだ。








 道の途中で止まって、蜃がじっと見ているスケッチブックを覗いた。




 クレヨンで、周りは真っ黒に、カーテンのような白い部分の周りには赤とピンク、それに嫌な青色が塗られていた。なんというか、汚れているような嫌な青。


 そのカーテンがぼやけるように塗られた色に首を傾げていると、強く風が吹いた。



 蜃がハッと顔を上げ、突然スケッチブックを落とすとフェンスを掴んでよじ登った。

 最近はもう、この奇行にも慣れたなぁ。




 スケッチブックを拾い、蜃を抱き上げた。




「どう?」

「……違う。違うかった」

「もうちょっと?」

「もっとあとかもしれない。……もっと、黒と青が晴れるまで」

「青……これ?」

「うん」




 蜃は小雨から降りると、スケッチブックを受け取る。

 ふと、数枚前に描いたやつを開いた。



 これだけ、解決したあとの小雨のサインが描かれていない。




 周りが真っピンクで、今度は中心が内側。でも、下側の中心二箇所は少し青く塗られている。同じ青。



「……これも同じかも」

「これはいつのやつ?」

「……二年ぐらい前」

「そんなに」

「一回なくして、戻ってきたのが半年ぐらい前だから」

「あぁこれ戻ってきた方か」

「うん。先こっち使い切るから」

「疲れないようにね」



 屈んでいた小雨が立ち上がると、ふとフェンス越しにそれと目が合った。



 反射的にあとずさると、蜃は不思議そうに首を傾げた。




「どうしたの?」

「い、いや……。そろそろ戻ろう」

「うん?」



 蜃の手を引こうとしていると、目のあったそれはずんずんずんと、そう聞こえそうなほどの図体と早足でこちらに寄ってきた。気付いた蜃が足を止め、逃げる夢は潰えた。





「指揮官! こんにちは」

「こんにちは蜃ちゃん! 今日もべっぴんさんだね!」

「ありがとう」

「じゃ管理官! 行きましょうか!」

「いや、いや……私は執務担当なので……」

「大丈夫! 運動神経はピカイチでしょう! なんなら儺宥(だゆう)も呼びますか!?」

「いや! 帰るので!」

「そう遠慮なさるな!」

「叔父様やるの?」

「いや……!」


 やらねぇって言ってんじゃん!



「頑張って!」

「みずちー……」



 あぁ、おわった。

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