15.男
恋弥と陽泰は本部に帰り、睦は小雨とミヤと景矢を連れさっきの参界者が連れられた部屋に向かう。
参界者と比奈風という少女は小雨の部下が連れていたのだが。
警笛が鳴り響き、四人は足を止める。
すぐに放送が流れ、比奈風が神迎を殺し逃げたと放送された。それと同時に、参界者を守れという指示も。
「殺されたって……! あののろま……!」
「景矢、止めて」
「はい」
景矢は睦から外套を貰うと、それを羽織り空中を蹴った。
比奈風たち一行が来ていたあの外套。あの、睦が使っているものと似た外套。
あれは景矢の世界にあるものだ。景矢の世界にあって、一般の魔法使いには絶対に作ることのできない外套。
本来なら数分かかるそこを数秒で移動し、滑りながら着地すると拳銃片手に逃げるそいつの背中を蹴り飛ばした。
外套に包まれている限り、本来ならダメージは入らない。けど、量産できるような粗悪品なので。
「追いかけるのが俺じゃなかったら殺されてますよ」
比奈風の上にしゃがみ、銃を奪った。熱い。
「なんで……!」
「俺の眼に透過は効きません。道理も知らないのに使えば道を踏み外しますよ」
「道理……!?」
「景矢!」
睦たちが走ってきて、無傷の景矢を見てホッとした。
小雨は神迎数人に指示すると景矢の代わりに比奈風を押さえ、殺人の容疑で手錠をかけた。
景矢は目を押さえると、ふらふらのまま睦の元に戻る。
「大丈夫?」
「使いすぎました。痛いです」
「今日は皆大活躍だね」
「お前と同じようなものか?」
「景矢の場合は脳より目だよ」
睦は景矢の頭を撫でると、手に持っていた拳銃を貰った。小雨に渡すと、小雨はそれを受け取る。
「……部下のものですね」
「あ、あぁそうだ。今殺されて何分経った?」
「……四分前後?」
「走って戻るぞ」
ミヤは突然小雨を掴むと走り出し、睦は唖然としながらそれを見送った。
「……睦さん、追いかけましょう」
「歩ける?」
「大丈夫です」
睦が景矢の手を引いて二人を視ながら追いかけた。
景矢の様子を見ながら少し遅れて部屋に到着すると、小雨が倒れた男の人の上にうずくまっていた。
「……亡くなった方?」
「を生き返らせた」
「顔青いよ」
「使いすぎた」
睦は顔を押さえてふらつくミヤを抱き上げると片腕に座らせた。
猫又がそばに寄り、ミヤを覗き込む。
「時間経てば治る?」
「明日の朝には完全復活だろうな」
「ならよかった。……小雨さん、仕事してください」
「……もうちょっと情緒を考えてほしいです」
「泣いてるんですか?」
「泣いてませんよ。ただ入学する前からの友人だったもので」
泣いてるんですね。
「早く仕事してください」
睦は景矢の手を引くと、新しい参界者がいる部屋に向かった。
ノックをして、中に入るとその御仁は優雅に茶を飲んでいる。ちゃんと湯のみで。
「……騒がしいな」
「少々問題が起こりましたが解決しました。向かい失礼しますね」
「お前は誰だ?」
「睦、あなたと同じ参界者です」
「……俺と同じ世界の人間か」
「いいえ。世界は数えれば数百にも別れているそうで」
「世界が?」
「あなたがいた世界はあなたがいた世界です」
睦がいた世界は鏡界魔がはびこる世界。
ミヤがいた世界は怪異を祓い妖心と共存する世界。
景矢がいた世界は紙に描けば魔法が使える世界。
枯梨がいた世界は、とても不思議な奇術を使える人がいる世界。
響皐月のいた世界は二つの世界が対になっている世界。
修茶も恋弥も天獄も、皆違う世界からやってきた参界者。
「……世界は違えど、全員元自殺志願者、世界にいる参界者の半数はあなたと同じ研究所にいました。今はあぁいう施設は全て潰され参界者には一人一人保護システムがかけられ、誘拐されても怪我してもすぐ助かるようになっています」
「ずいぶん進化しているようだ。参界者とは昔からいたのだろう。何故最初からそうしなかった?」
「知りません。俺も今助けるなら最初から助けろよとは思います。……が、確実に言えるのは、トップが変わった影響は大きいでしょう」
睦が来る少し前、ほんの数ヶ月前、小雨のいる政府神迎管理長の役職は小雨になった。
元々いた人はとても頭の固い、よく言えば超慎重派。突然の暗殺により引き継ぎもクソもないまま、雑に役に就けられた小雨は見事神迎の混乱を収め、参界者の本格的な保護に乗り出した。
神迎管理長の他に、政府参界者保護会責任役がいる。
とても仕事がずさんで、書類仕事はほぼほぼ小雨が奪っているらしいが。
同じ参界者を守るものでも、この二人じゃ重要性の理解がまるで違う。犬猿の仲にも関わらず、参界者は絶対保護が必要だと長く考えていた小雨のおかげでこうして話せている。
そうでもなければ、睦はたぶん今頃野垂れ死んでいた。
「たかが別世界の人間がそこまで重要か」
「あなたの当たり前は俺たちの未知です。俺の当たり前も、あなたにとっては未知でしょう」
「ほう?」
「鏡の中から人を喰らう化け物が出てきます。化け物の能力を取ると基本的に人間は死にますが、能力を得るフルーツと本物のフルーツの見分け方はわかっていません。化け物に急所もありません。頭を潰しても再生するやつはしますし、人がホコリ並みに小さくなるほど大きなものもいます。基本殺せませんでした」
「化け物か……」
「聞いただけで理解できますか。選べない血筋と経路不明で体に見合わない力を得て、日常生活の鏡、水面、窓、スマホ。全てアイツらの出入口。いつ襲われるかもわからない恐怖の中生きて、果てに両親を喰われた俺の気持ちが。できないでしょう。……俺にとっての当たり前だった過去はあなたにとって非日常だ」
睦のゾッと背筋を襲う圧に男は少し眉を寄せ、猫又が起きて警戒態勢になった。
景矢は入口付近で椅子に座るミヤの背に手を当て、ミヤは恐怖と不安で猫又を呼んだ。
しかし、その圧は皆の警戒はどこへやらふっと消える。
「政府の目標は一般人の絶対安全と豊かな世界を作ることです。それには俺の世界の防犯設備の知識も必要です。……政府は参界者一人一人に利点を見つけ、保護し世界のシステムをここに取り入れる気でいます。あなたの知識もその例外ではない」
「何が言いたい」
「これほど重要な我々を政府は切り捨てられない。政府の保護下に入ってください。不信になるのもわかりますが、同じ境遇出身として、政府につく参界者として。あなたの力が必要です」
「人を殺す能力か?」
「人を助ける能力です。殺すなど造作もない。でもあなたは人を助けることができる」
男は眉を寄せ、睦は真っ直ぐ男を見つめた。
「……よくもまぁ友人を殺しかけた者に人を助けることができるなど」
「俺は人を殺せる力のある人は、誰でも人を助けることができると思っています。力の使い方を間違えているだけ、知らないだけ。あなたは力の使い方を知っている。知っていて、意図して死に力を振っている。……仲間になれば、それももうなくなるでしょう?」
「頭が花畑のようなことを言うな」
「……誤解があるといけないので言っておきますが」
睦は膝に頬杖を突くと、さっきの真っ直ぐな目とは違う、鋭い目で男を見た。
「俺は悪を殺すことも正義の一つだと思っています。誰も死なない正義なんてこの世にもあの世にも、どの世界も有り得ない」
「……若いくせに嫌なことを言う」
「わかってるから悪を殺す義賊として動いていたんでしょう? 法の適用外という穴を使って」
「もういい。従うからしばらく黙れ」
子供のその視線と、人が隠したがる事実を淡々と告げるその口に嫌気が差した。
悪を殺す、法の適用外、誰も死なない正義など有り得ない、か。
こちらの世界も大概腐っていそう。
ため息をつき、額を押さえた。
少しして、睦が言われた通り黙っていると扉が開いた。澄まし顔の小雨が入ってくる。
「あ、泣きやみましたか」
小雨はこちらにコツコツコツと早足でやってくると睦の頭を掴み、指先に力を込めた。睦は絶句する。
「……………………いたい……」
か細く聞こえた声に小雨は手を離し、参界者、雨豪繚慈を見た。
名前を使い目立たないように、政府が新しく与えた名前。この世界に来たということは一度死んだと同義だから。
「説得はできましたよ。従うと言質も取れました」
「さすが。では……」
「スレッドにもらえるですよね?」
「本人が了承したらですよ。……あなたはもう一人の方をお願いします」
「わかりました」




