12.酷似
肩をぽんぽんと叩くと、陽泰はぼんやりと目を覚ました。
起き上がって、顔を押える。
「…………おはざます……」
「おはよ。三十分前だけど一応声かけとこうと思って」
「助かる。……よく寝た」
「ちょっとでもマシになったんならよかったけど」
「吐き気がなくなった」
「あぁだいぶん重症」
陽泰は顔を押さえると、あぁそう言えば荷物全部向こうの車に置いてきたなぁと思い出す。まぁいっか。たいしたもん入ってないし。
「……ほんっとにすっきりした。助かりました」
「倒れられても困るからさ」
「……あれエリオム様……」
「記憶がないんだね」
真の寝不足に陥った時の症状。たぶんそのまま寝かせずにいると判断力が鈍って精神が狂い始める。
「……むかーしなんかそんな実験あったなぁ」
「え、なにが?」
「人を一週間ぐらい寝かせないっていう」
「やめて聞いたくない」
「俺も言いたくない。見た画像がトラウマすぎて」
皆で顔をしかめると、ミヤが鼻で笑い飛ばした。
「私それ知ってるなぁ。人の業は繰り返すというやつか」
「……並行時間軸じゃないの?」
「……人間が考えるものは既に誰かがやっているという方か」
「どちらかと言えばそっち」
皆で車を降りると、猫又がミヤの肩に現れた。
下に垂らした尾を振り、呑気に鳴く。
ミヤはそれに受け答えするように首元を撫でた。
「ここは?」
「スイハの持ち庭園。管理人が貸してくれたんだよ」
「管理人ってスイハのトップだろう? へぇ」
「……めっちゃ子供好きだから覚悟してね」
「子供ぶっとけばいい?」
「いやぁ普通でいいと思うよ。自分で辛辣って言える奥さんに従順な人だから」
「あそう……?」
和風な門が開いて、中に入った。
「ここにも和洋中の系統はあるのか」
「と言うよりかはここに来た参界者のデザイン案? なんかねぇ、結構多いらしい。異世界のモチーフを!っていう人」
「変わり者が多いのか」
「いやぁ参界者にやってもらったって名誉が欲しいんでしょ」
鼻で笑う睦とミヤに顔を引きつらせながら、石畳を歩いて庭園の方に向かった。
庭園は、正しく庭園。と言うより花園か。
枯山水とかあるのかなーと思ったら、普通に芝生に花が咲いて柵の内側や、中央から外れたところにある噴水周りに多くの花が咲いていた。
「ちぇ。池に太鼓橋ぐらいかけとけよ」
「いや無理でしょ日本の技術」
「中国にもあるだろう。東屋で誰か逢瀬してそれを皆で撮ってさぁ?」
「何百年先も楽しみは変わんねぇな」
「やっぱやるでしょ」
というか、内心屋内を期待していたミヤは少しがっかり。まぁさすがに枯山水や鹿威しを期待していたわけではないけれど。せめて建物ぐらい、門に合わせてほしかったなぁ。
陽泰とエリオムと別れたスレッドの皆で、スイハの管理人とピステルの社長の元に向かった。
「お久しぶりです律さん」
「……ちょっと見ない間にイケメンになったね」
「律さんがまったくご飯に誘ってくれないので誘わなかったことを後悔させてやろうと頑張ってきました」
「なにそれ可愛い神か?」
「俺を神の域に収めないでください」
律が顔を押さえて飛び跳ねながら絶句していると、帝翔と雨々驟もやってきた。
「睦くーんこの前ぶり〜」
「少しぶりですね」
「ね〜。この前のショッピング楽しかったねぇ」
「ミヤがとても喜んでくれましたッ」
睦はものすごい視線でガン見してくる律からそっと離れると、帝翔を律のそばに立たせた。
「どうぞ」
律が帝翔に掴みかかり、相変わらずの喧嘩が始まったので睦は離脱。
「雨々驟さんも先日はありがとうございました」
「いえ……!」
雨々驟は少し俯き、口元を手で隠し歯を食いしばる。
先日、睦と陽泰とミヤと枯梨を誘っていったお出かけはショッピングになった。主にミヤと枯梨の服選び。
雨々驟のセンスが試されるので心配だったが、二人ともとても喜んでくれたそうで、一安心。
口を押さえ、ニヤけるのを必死に我慢していると睦に少し心配された。
「大丈夫ですか? 気分悪いなら休んだ方が……」
「あはは〜、違うよ睦君」
「え?」
管理人がふらっとやってきて、中腰で口を押さえうずくまる雨々驟の背に腕を置いた。
「推しがね、尊いんだよ」
「……推し」
「そう推し。あるんだって、参界者を推すっていう界隈が。それのちょっとした有名人? 俗に言うオタク」
「……あぁ〜」
「管理人管理人、管理人? 管理人?」
「この際ツーショットでも、あ自分の顔はいらないんだっけ? 推しの集合写真でも撮ってもらいな?」
「管理人?」
「なにさ」
「奥様に最奥の棚、告げますからね」
管理人の顔面が真っ青になり、肩を掴んできた雨々驟の肩を掴み返した。
「雨々驟君」
「なんです?」
「クビ」
「上等じゃゴラァッ! あんだけ言うなっつったのに何堂々とバラしとんねん!? お前の棚と私の推し活は同等の隠し事やと思え低脳ウスノロッ! 人様の秘密バラしよってよくもまぁ上司ヅラできんな! 神経疑うわ!」
いきなり雨々驟がキレ、律と戯れていた帝翔はヤバいと悟ると律を捨てて社長と雨々驟を仲介した。しかし律の嫉妬は止まらないまま帝翔にのしかかり、最悪の四人の乱闘が始まる。
睦は子供たちを下がらせた。
少しして、車を停めに行っていたピステル秘書のライムが響皐月を連れてやってきた。
響皐月は睦を見つけると、走ってジャンプし睦の腕に飛び乗る。相っ変わらず軽いなぁ。
響皐月が睦に抱き着くと、もう一人、そちらから走ってきた。
見事、律の頭に飛び蹴りを食らわせるとスライディングしながら着地し体の向きを変え、律の首根っこを掴む。
「ちょっとッ!? 社長のためにやるから暴走しないって約束でしたよね!?」
「だって帝翔が睦くんと俺の知らない間に会ってたんだよッ!?」
「知りませんよどうでもいいッ! 睦さんにプライベートがあったら暴走するんですか! はーじゃあ社長の奥様にご連絡しますからねッ! 一生そばにいてもらいましょうねぇ!?」
「ねぇそれは違うじゃんッ!?」
どっちの頭も妻に敷かれているのは一緒か。
傍観して、早く終わんねぇかなぁと待っていると響皐月が睦の服を掴んだ。
「皆なんで怒ってるの……?」
「ん? それがこれ殴ったからだよ」
「殴られるの?」
「殴られないよ。なんのために抱っこしてると」
響皐月の頭を撫でると、響皐月は少し不安そうに身を縮めた。
睦はそれを見下ろすと、響皐月を景矢に頼む。
響皐月は一瞬泣きそうな顔をしたが、睦が笑いかけるとすぐに景矢にしがみついた。
睦は管理人を回収すると、ライムの肩を叩いた。
「回収しまぁす」
「あ、よろしくお願いします」
「何? 睦くんなになに?」
わくわくする律と硬直した管理人の首根っこを掴むと、さっき響皐月たちが来た駐車場側の出入口から二人を捨てた。
扉の外に捨てて、扉に手をかける。
「子供たちが怯えるので黙る練習しといてください」
ピシャッと扉が閉められ、律はぽかんとした。管理人はへなへなと項垂れる。
「かっ……」
「もー私やられたことなかったのに……!」
「かっこいィィィィッ! 天才すぎるッ! 顔面が! 百! 神を超えているッ!」
「佚世君が私に甘くなるよう育てたのに弟子がこれじゃあ今までのがチャラだ……」
二人の間に沈黙が流れ、揃ってさっき睦の顔があった場所を見上げた。
「……佚世君、似てきたなぁ」
そんなことを、二人揃って呟いた。
睦は一人手ぶらで戻ってくると、帝翔に慰められている雨々驟の肩を叩いた。
両手を引いて、ふらっと建物の死角に入っていく。
五分もしないうちに、また手ぶらで帰ってきた。
「おいで響皐月」
響皐月は景矢から降りると睦に飛び乗った。
景矢に手を振ってお礼を言って、睦にしがみつく。
「睦くん……三人ともどこに捨ててきたの……」
「そのうち戻ってくるかと。俺はそれよりも」
そう言って、睦は入口横に目を向けた。
出不精ボスが部下に押され、でもこの乱闘だったから来たくなかったんだろうな。さっきの少女、エリオムにしがみついて断固として動いていない。エリオムは目どころか顔が死んでいる。
「……なんでこんな変な人しかいないんだろう」
「佚世も言ってた」
「ほんとに? 帝都さんはなんて返したんですか?」
「君が常識人で良かったねって」
「いっそ異常の方が良かったかもしれません」
「あはは」
ほんっとに、似てきたなぁ。




