11.車内
吐きそうな胃を沈めて、時間を確認した。
「よ、陽泰さん、雨乃さんも、そろそろ時間……」
「あ、ほんとに。かえりまーす」
「はぁ……」
寝てない。ほんっとに、ここ二日ぐらい寝てない。なんなんだ、今日空けたいなら前日に詰めろって。詰めれるなら相談してねぇよ。お前がこの日に行けっつって指示したんだろうが。
ものすごく不機嫌なまま、鞄を持つと先に更衣室に入った。
制服からいつものスーツに着替える途中、何故か雨乃も入ってくる。
最近特に不機嫌極まりないので、ほとんど話しかけてこない。こっちの方が気楽。
銃の残弾を確認すると、腰に一丁と懐のホルスターに一丁入れた。
銃は身に付けるが、普段は刀。闇オークションで十数億で落札したいわく付き、使いやすいので近距離戦はいつも刀だ。陽泰は、恋弥やスモッグよりも圧倒的に近距離戦の数が多い。
荷物を持って校庭に降りて、停まっていた車に乗り込んだ。
「おかえり」
「お疲れさまです」
ボスに軽く返すと、ボスも恋弥も、他の幹部メンバーも目を丸くした。
「え、お前なんでそんな不機嫌なん……?」
「別に不機嫌ではありませんが」
「絶対悪いじゃん……!」
睨まれた恋弥は口を押さえ、陽泰は荷物をコの字型の座席の後ろに投げると刀を席の端の壁に立て掛けた。
Hgを開いて、睦から来ているメールに返信する。
二日寝てないことと、今ものすごく不機嫌だと自覚するほど不機嫌なことを。これを言って無理しないでねと言ってくれるのが睦だけなのも、まぁおかしな話ではなかろうか。
陽泰は睦とメールを終えると、時間を確認した。あと三時間ぐらい時間あるし、寝よ。
上着を座席にかけると、座っていた氷海獺を端に追いやりそこに寝転がった。
「膝に寝かせてもらえよ」
「固い。邪魔」
「俺がやってやろうか?」
恋弥が茶化すと、陽泰は体を起こした。
皆目を瞬く。
陽泰はHgからイヤホンを伸ばすと、耳につけて、上着を頭にかけ眠り始めた。恋弥は半ギレ。
陽泰の寝息が聞こえてきた頃、ボスは立ち上がるとそっと陽泰の上着を剥がした。
角度を揃えて、寝顔を連射する。
「ボス……」
「可愛い子には旅をさせよって言うでしょ?」
「なんですかそれ?」
「えー知らない?」
「いくら可愛くても旅をさせて強くしろって意味。つまり親離れ子離れしろってこと」
助手席から声が聞こえ、皆がへぇ〜と納得した。
「エリちゃぁん、それ言っちゃうのぉ?」
「ていうか対象女でしょ。なんでイケメンの男撮ってんの」
「イケメンって言った」
「可愛いもの。これはぁ! 趣味とは別の盗撮! 子供の記録は撮るものでしょ!?」
「誰一人としてんな素振り見せたことないくせにほざくな色狂い。気色悪い……」
「おじさんよりいいでしょ?」
「座れこっち来んな」
助手席に座るは、ボスの反抗的なる秘書、というかただの愛人的立場であるエリオム。相当な美人だが、まだ十四歳と子供だ。ボスの食事制限により成長が止まってまだ十二か三の風貌だが。
なにかの巡り合わせか、彼女もボスと同じ世界出身だ。ただ、自殺して日が浅いため心の傷は相当深く政府が一番、再自殺を懸念している子の一人でもある。
ボスの天獄はしおしおと陽泰の前にしゃがみ、またカメラを構えた。
ピントを合わせた時、カメラ越しにとてもとても、それはもう爽やかな笑顔のイケメンと目が合って心臓がギッと締まる。
一瞬脈が飛びかけて、ハッとカメラを消すと陽泰は起き上がった。
綺麗な横顔のその目に光は一切ない。
「ボスゥ……!」
虎の尾を踏みすぎたようだ。
陽泰が窓をノックすると、車が端に寄って止まった。
刀と上着を持ち、車を降りてそのまま去っていった。
天獄は顔面を押さえ怖かったと内心震える。
慰めてもらおうと、助手席の方に移動すると、いるはずの子もいなかった。
「あれ!? エリちゃんは!?」
「陽泰様に合わせて降りて行かれましたよ」
「えぇッ!?」
「ボスがブスには興味がないとか言い続けていらっしゃるからかと。あの方の自己肯定感知ってますか」
「えぇ!? なんで止めないのぉ!? 私も降りるッ!」
「いやいやいやボスふざけるのも大概にってか欲を抑えて……!」
「エリちゃぁんッ!」
「ボォスゥ!」
小さくくしゃみをすると、睦がブランケットをもう一枚取ってくれた。
睦が待っているのは知らなかったが、まぁ陽泰が降りたし考えはあったんだろうなってことでついてきたがついてきて正解だなこれは。
「汗で冷えるだろうし、もう一枚羽織って」
「ありがとうございます……」
陽泰は乗り込むや即倒れて気絶し、明らか体温を保つ脂肪や筋肉が足りていないエリオムはブランケット二枚に包まれる。
睦たちはライムが迎えに来てくれたので車。
この世界、電車と新幹線がないのでちょっと面倒くさい。
ちなみに響皐月は助手席で読書をしている。
街の外れまで行くのでかなり遠い。
「震え止まらないねぇ。景矢、なにか描ける?」
「はい。おまかせを」
「フルーツ食べる?」
そう言うと、枯梨は少女の隣に座ってどこからともなくリンゴを手の中に取り出した。
リンゴと、反対の手には果物ナイフ。
少女は目を丸くし、枯梨は紙皿もどこからともなく取り出す。
リンゴを紙皿の上に置き、それを少女に持たせた。サクッとナイフを刺し、指を一回鳴らすとリンゴは細く切れた。
上から見たときに縦縦横横に。あぁ、なるほどなぁ。
「ここは芯だからぽいね。ねこちゃーん」
ミヤの方に投げると、猫又が現れそれを喰った。
「……美味しいってさ」
「じゃあいいリンゴだ! ラッキーだね」
「り、リンゴ……どこから……?」
「マジックだよ。あら不思議リンゴが現れました。あら不思議消えました」
そう言ってもう一つ、出したり消したりする枯梨に少女は感心する。
勧められて、リンゴを一つ食べるととても甘くて瑞々しい美味しいリンゴ。
「うま……!」
「よかったー!」
「フルーツなんてほんど食べないから……!」
「天獄さんの食事制限でしょ? 俺もやられそうになったことあるからわかるよ。……新しい子見つけたら入れ替わるから、早く逃げるんだよ」
睦がエリオムの頭に手を置くと、エリオムはリンゴをしゃくしゃくと食べながら小さく頷いた。
景矢は何かを描いた紙を一枚、エリオムに渡す。
「プレゼント」
「紙……あったかっ!?」
「不思議だよね。俗に言う魔法陣ってやつ。景矢のやつは魔法印らしいけど」
「すごい……」
「もう少しかかるから、ゆっくり休んでね」
「ありがとうございます」
エリオムは睦たちに頭を下げると、またリンゴをしゃくしゃくと食べ始めた。
猫サイズの猫又が寄ってきたので、それをそっと差し出すと猫又はそれを一口で頬張る。
「よかったな」
ミヤの元に戻って可愛くうねる猫又に枯梨と二人で悶絶し、ミヤは猫又の頭を撫でた。




