10.クラスメイト
朝方まで任務の帰って準備して即登校だったので眠たくて、うとうと寝落ちかける。
あと数分でホームルームだなぁと頭で分かってても体は動かないので、そろそろボスに仕事明けぐらい休ませてくれと頼もうかなと思っていた頃、いきなり机が強く叩かれた。
「ねぇ葉笶君! 葉笶君葉笶君!…………陽泰葉笶起きろ耳に画鋲押し込むぞ」
耳になになが当たり、顔を跳ね上げるとうるさい声の主はにこやかに笑った。
「ねね! 今部活でOBの人が来てんだけどさ!」
薄い桃色のキラキラした目に、同色の長い髪を左右でツインテールにした女子。クラスの中心的存在であり、実際委員長かなんかを勤めている。らしい。たしか。
誰にでも平等に接する平和主義者。物語に出てくる善人。
容姿からか性格からか、皆お姫様なんて言うけれど。
俺はこいつが大の苦手。
頬をつねられ、首の後ろに痛みが続いた。
「すぐ手を出すな乱暴者ッ……!」
「葉笶君はもうちょっと人の話に耳を傾けるっていうのを覚えた方がいいと思うなー!? 仕事の時もいっつもぼけっとしてるの!?」
「お前の話と仕事を同レベルにするな! 仕事は五でお前はマイナス百だ! 聞く価値なしッ!」
「はぁ!? ねぇそれいじめじゃないの!? 悪口だよー!?」
「お前のは暴力だろッ!」
「男が暴力に屈してどうすんのよッ!」
「古い古い価値観が古すぎる……!」
廊下に逃げた陽泰はベシベシ叩いてくる委員長から顔を逸らしながら、逃げるように歩いていると突然その手がやんだ。かと思えば、首の後ろの傷をつつかれる。
ナイフでざっくり切られたのだ。骨で止まったのが奇跡と言われた場所。
首を押さえ、振り返る。
「あは、やっとこっち見た。そこ痛いの? 仕事で怪我したの?」
「傷に無闇矢鱈に触るな」
「ごめん。ねね、そこどうしたの? 酷いくまだけど今朝も仕事してたの? 寝てないから眠たいの? 今朝の傷?」
鬱陶しいなぁと思いながら首を押さえて歩いていると、耳を引っ張られた。
「返事ぐらいしてよ。うんとかふーんとかでいいから!」
「うるさいついてくるな」
「ねーぇー! もうちょっと友達らしい会話とかできないの!」
「友達になった覚えはない」
「だっ……」
「現に名前を知らないしクラスも知らん」
「は……はァッ!? ねぇ同じクラスだよ!? 同じクラスの委員長だよッ!? 去年から会って聞かれる度に自己紹介してるし、皆私の名前呼んでるじゃん! ねぇ知らないって何!? ひどくない!?」
「酷くない。他人の話など興味ないしお前の名前などなおさら興味ない」
「何それ! 友達いなさそうだから話しかけてあげてたのに!」
「それをお節介という。またの名をありがた迷惑」
「最っ低ッ! 撃たれて死ね!」
階段を降り、ようやく首が安全になったかと思うと、いきなり首に腕がかけられた。
怪我どころか喉まで締まって、咳が出る。
「相変わらず氷の王子様だなぁ葉笶くぅん! あと可愛い咳。ギャップか」
「黙れ腐れどクズ腕を離せ」
「ひどぉいぞぉ! 比奈風さん泣かせた挙句俺にまで」
「比奈風? 誰だ?」
「委員長だよ能なしッ!」
こいつも絡んでくる。足を執拗に蹴ってくる雨乃の足を蹴り返し、足を早める。
トワイライトということで一人で気楽にすごせていたのに、この二人が執拗に絡んでくるのが嫌いだ。
「どこ向かってんの?」
「体育館」
「えーなんで? 制服で?」
「うるさい……」
体育館に続く渡り廊下の扉を開けようとした時、いきなり後ろから突き飛ばされた。ギリギリ、扉にぶつかる前に手を突いて頭を守る。
振り返る前に後ろから手が伸びて、外に押し出され鼻の一寸先で扉が閉まった。
「なんなんですか恋弥さんッ……!?」
「いっちゃん嫌いな奴に追い回されてんの……!」
「てかなんでいるんですか!?」
「部活OB!」
珍しくジャージ姿の恋弥は瞬間逃げていき、陽泰は引きつった顔でそれを見送った。
扉が開いて、雨乃も出てくる。
「あの人……誰……?」
「お前はなんでついてくんの?」
「ハシビロコウの葉笶くんが動いたんッ最後まで聞けよぅッ!」
ついてくる雨乃を無視して、体育館に行くとシューズを履き替えた。
中に入ると、恋弥が隅っこでケロッとした準備体操をしていた。
「恋弥さん、なんでわざわざOBとして来るんですか」
「え、陽泰見れるかなぁと思って?」
「でしょうね」
「んな冷めた目で見んなよぉ。お前の三者懇も兼ねてんだから」
「やりませんしどちらかと言えば兄的立場では?」
「そう!? そう思ってくれてんの!」
「いや思ってませんが。親か兄か他人かで言えば他人で親か兄かで言えば兄という」
「うるせぇな黙ってろ。佚世の代わりだ」
「……えなおさらおかしいのでは!?」
恋弥は伸ばした腕を陽泰の頭に振り落とし、陽泰は頭を抱えた。
「ははは! 反応おせぇなぁ!」
「ていうか恋弥さん部活入ってたんですか……!?」
「うん、バスケ」
え、チビのくせに。
顔に出たのか、そう思われると思っていたのか。
恋弥は陽泰の背を蹴り飛ばした。
「黙れ小僧」
「なんにも言ってませんしッ……!」
「え、チビのくせに、つったろ!」
「言ってませんよ空耳です!」
「いーや言った! 俺には心の声も聞こえてんだからな!」
「帝翔さんでも律さんでも佚世さんでもないのにッ……!」
「あぁ律さんといえば」
恋弥がふっと表情を変え、Hgを開いた。
陽泰も腰を押さえながら元の場所に戻る。
「この前のあれが新聞で律さんにバレたんだと」
「ものすごく嫉妬深い方でしたよね?」
「うん。で半狂乱でスイハに乗り込んで帝翔さんを滅多刺しにしたから、今度御三家プラススレッドで親睦会だと」
なんて面倒臭いものを。
陽泰が顔をしかめると、恋弥はにこやかに笑った。
「もう日程決まってるから」
「もうちょっと早く言えませんか」
「早く言ったらお前パスだっつって欠席するだろー」
「もちろん」
「睦の案だからな」
「……睦ですか。じゃあ大丈夫か……」
あと人なら、考えなしに縛るってことはないだろうし。
そう思って思わず呟くと、二度目の手刀が脳天に落ちた。
「……今脊髄やってるんです」
「おぉご愁傷さま。俺は馬鹿だからわかんねぇけどな!」
「すみませんでした」
陽泰はふらふらなまま壁に手を突いた。痛い。
「お前ジャージある?」
「ありませんが」
「着替えてこい。相手しろ」
「ありませんがッ!」
「三分なー」
「ねぇってッ!」
恋弥はボールを取りに行き、陽泰は頭を押さえ無性に苛立つのを必死に抑えながら更衣室の中に入った。
その帰り。
恋弥は終わると荷物が教室の陽泰を待つことなく颯爽と帰っていったので、陽泰は荷物を鞄に詰めた。
ほんとに、なんで陽泰の上に立つ人は自由奔放ってか、真の自由人しかいないんだろう。たぶん上に立つべき素質の人間じゃない。
どれだけ拗らせててもパワハラでも、律や帝翔、欲を言うなら睦のような人の部下がよかったと、つくづくそう思ってしまう。
荷物を背負い、まだ準備が終わらない雨乃の制止を無視して学校を出た。
もう今日は徹夜明けも相まって、三日分ぐらい疲れた。そもそも学校は苦手なんだろうな。
ため息をつきながら正門を出ると、肩をポンポンと叩かれた。
振り返ると、睦が立っていた。
「……こっちに来るのは珍しい」
「ちょっと用事があって。そろそろ陽泰さん帰る時間かなーと思って待ってみた」
「先に帰ってたらどうするつもりだ……」
「え、帰るよ?」
そう言って、睦は自分の目を指さした。
ぶっ倒れてもなお懲りねぇお方。
「倒れるなよ……」
「この前のあれは量が多すぎたんだよ。人一人、知ってる建物の中から探すのなら三秒もいらない」
「……ところでなんで俺を待ってた?」
「そうそう。今週末って休み?」
「末? なら、まぁ……」
「あのねぇ?」
睦はHgを開くと、陽泰にそれを見せた。
帝翔からのお誘いで、親睦会の前に数人のメンバーで出かけないか、と。
日時は今週末、メンバーは帝翔と雨々驟、睦、んで、陽泰と枯梨と新入りちゃんがいればなお良し、という。
「……律さんは?」
「あの人のことだからねぇ。本来なら嫉妬を解消する親睦会でさらに嫉妬させてやろうって魂胆だと思う」
「え、滅多刺しにされたんじゃ……」
「ん? 六発だよ?」
あぁやられたはやられたのね。
「懲りない人が多すぎる……!」
「それは、うん。陽泰さんが手綱を引くべきところだから!」
「自重してくれッ!」
「俺は仕事以外ではやりませんッ!」
陽泰は少し不満そうなまま、まだマシの睦にはおとなしく引っ込んだ。
「親睦会は聞いてるでしょ?」
「俺その日仕事フルで入ってるのに……学校は休むにしても……」
「うーん、でもボスが調整してくれるんじゃない?」
「してくれたら今徹夜じゃないッ……!」
「……俺からもかけ合ってみるよ。これに出てくれるなら帝翔さんは親睦会はいいよって言ってくれるだろうし、まぁ顔出すだけでもいいだろうしさ」
「……頼む」
「任せなさい」
つくづく思うが、なんでこの人は大組織のトップにならないんだろう。




