20.名前
佚世が雪と恋弥の肉が裂けたり血管が破れてアザになっている場所を手当し、恋弥は焼きゴテの患部に薬とガーゼを貼った。
「これで化膿はすぐ収まるよ」
「……たすかった」
「照れてる」
「黙れクソガキ」
「はぁ? さして変わんないし」
「俺は十七だ!」
「あっそ。……佚世さん、この方は……?」
「貝寄、スイハの幹部だよ」
「よろしくなッ!」
「よろしくお願いします」
恋弥はどうしようもない苛立ちを野靄にぶつけ、野靄と氷海獺でまぁまぁと落ち着ける。氷海獺のそばにいる陽泰は、まぁ言わずもがな瀕死。
「佚世、帝翔たちと合流しよう。俺じゃあなっつって置いてかれてあの二人がどこにいるかわかんねぇんだ」
「思考を読むという思考を持てよ考の神」
「……あぁッ!」
「まいいや。雪君動ける?」
「全然大丈夫です」
「じゃ行こうか」
そう言うと、佚世は奥の方に歩き出した。
雪がいたケースの、三つ隣の部屋。白く頑丈そうな扉を開けると、資料を見ていた帝翔がこちらに拳銃を向けた。
雪はビクッとして佚世の後ろに隠れ、佚世は雪の頭に手を置く。
「なぁんだ、佚世か」
「面白いのあった?」
「助手君の」
佚世が帝翔から受け取ろうとしたら、その前に雪が抜き取った。
皆がそちらを向いたが、雪は角で皆に隠してファイルの中身に目を通す。
佚世は角から剥がして後ろから見ようとするが、ビクともしない。
そのうち、雪は何枚かの資料を抜き取って、ぐしゃぐしゃにまとめた。
ファイルを見て、閉じると佚世に渡す。
「どうぞ」
「先にそっち見せて?」
「無理です」
「見せて?」
「無理で……」
「見せて?」
「無理!」
「見せろ」
「これは無理なんです……!」
佚世は雪の腕を掴むと中の紙を取ろうとしたが、雪はその前にもう片手で取ると握り潰した。
パッと落ちると、それはぐちゃぐちゃに丸めただけでは到底信じられないような、インクが滲んで紙が縮んで、読めるものではなくなっていた。
「ちぇ。君の秘密ぐらい暴いてやろうと思ったのに」
「駄目です」
「なー、俺のもそれやって」
「いーけど」
自分の資料を探し出した恋弥は雪にそれを頼み、その他の政府にあるはずの、バレたらまずい資料はビリビリに破いた。
「恋弥は何隠したの?」
「政府に話した前の世界の話と家族構成とその世界の世界情勢」
「君そんなの言ってたの」
「聞かれたからな。なんでんなところにあるかは知んねぇけど、どうせ政府の内通者でもいるんだろ」
「そのようですね」
また別の声が聞こえ、皆が資料室の入口を見た。
小雨と律も現れて、中に入った。
小雨はざっと資料に目を通すと、壁中のファイルを床に落とす。そのうち、三冊は手に持って。
雪のは元々政府にないし、いいや。
懐からマッチを取り出すと、一本擦って右角と左角に燃えるマッチを落とした。
「すっごいナチュラルにやってるけどさ」
「おー燃えてる燃えてる! かっけ!」
「どうせ燃やしますよ。出ましょう」
「これ貰っていい?」
「お好きにどうぞ」
雪の資料をゲットした佚世は上機嫌で、帝翔は佚世の頭を撫でた。
帝翔と律は威嚇し合い、佚世は雪の方に避ける。
「君睦って言うんだ」
「あぁ……言ったら、どっかに突き出されるかと思って……」
「じゃあこれからは睦君だね。雪とほとんど変わらないけど」
「雪でいいです」
「睦だよ。雪の人生はお終い」
「そんな壮大に言われても……」
「まぁまぁ。……よろしく、睦君」
佚世がそう笑うと、雪は少し不満そうな目をした。
「……じゃ、佚世さんの苗字教えてください」
「私に苗字はないよ?」
「は?」
「これガチ」
「雲鎧彩な」
「あちょっとッ!」
「雲鎧彩ですか。よろしくお願いします」
「苗字好きじゃないんだよね」
恋弥の頬をつねって引きずる佚世は雪を見下ろすと、雪はこてんと首を傾げた。
「かっこいいのに」
「好きな人からは好きな名前で呼ばれたいでしょ」
「佚世くーん!」
「いっせ〜」
「佚世さぁ〜ん」
「佚世佚世佚世! 佚世!」
ダル絡みしてくる三人と後ろから抱き着いてくる犬を拒否し、雪と恋弥で両方をガードした。
「……よろしくね、睦君」
「……よろしくお願いします」




