19.女
車に揺られ、呑気にあくびをする佚世を横目に気持ち悪い胃を我慢する。
「大丈夫か陽泰? 顔面真っ青だぞ」
「大丈夫です……」
「……佚世、一応そろそろ……」
「着いた?」
まだまだ街のど真ん中だが。
皆が佚世の問に首を傾げたが、Hgを見ていた帝翔だけは小さく頷いた。
「なんだ? なんだ!? 何する気だ佚世!」
「うるさいよ。じゃ君らも早く来てね」
そう言うと、佚世は信号で止まった車から降りた。
スイハの幹部、貝寄も飛びつこうとしたが律と帝翔が掴んで制し、扉が閉まる。
「ちぇ」
「佚世君めっちゃ不機嫌なのわかんないの……!?」
「じっとしてるって話だっただろうがッ……!」
二人から怒られた貝寄はしょんぼりして二人の間に座り直し、氷海獺は陽泰の背をさすった。
幹部が拐かされたということで呼ばれた野靄は誰かにか小さく悪態をつき、車内は静まり返った。
ピステルからは律一人、スイハは帝翔と貝寄。小雨は後ろの車両に。
トワイライトからは幹部の野靄と一班の陽泰と氷海獺。
野靄は佚世に、形はどうであれ協力する形になったのが気に入らないんだろう。罵詈雑言吐き連ねている。
まぁ実際、律と帝翔と佚世、言ってしまえば佚世一人でもある程度方は付くのだが。
あくまでも協力体制にあるという関係示しと、古い幹部を動かすほど大切な幹部だというアピールと。
帝翔はHgを開くと、執拗に覗き込んでくる貝寄の顔面を押さえて、貝寄の上で律と少し話す。
「ガチ?」
「聞いたことないけど、佚世が掴んだんならそうだろうね」
「出てこないといいけど……」
「スイハ、情報は共有しろ」
「研究室の出資元に三上の集会があったんですって」
「はぁ? 三上の神がこぞって出資してるってことか?」
「三上の議決をどう決めてるかは知らないけど、反対派が潰されるほど賛成が集まったってことでしょ。相当な権力者が動いてるね」
「貝寄、なんか知らないの?」
「あー……うーん…………」
神。それは異能力を持つものの総称だ。
通づるものが多ければ多いほど数字は小さくなり、数字が大きくなればなるほど人数は増える。便利なものほど数が少ないのは、自然の摂理だわな。
一上、魂。
二上、運、思、考、心、気。
三上、十何人か。
二上の神はここに揃ってんだけど、三上まで下がるといない。四上ならいるんだけど。
「……数人はほぼ無理やりの徴収。少なくとも四人は納得してない」
「あそう。まぁ人数はいいとして。目的は?」
「……研究所としては私立、ただしとてもいい子を何人も持ってる。それこそ、全神が喉から手が出るほど欲しがってる力がある子」
「……他者の力を奪う力、か」
帝翔の解釈にトワイライトは皆が眉を寄せたが、律は平然と貝寄を見下ろす。
「で、誰? 雪君?」
「……さぁ。七人いる」
「職員多そうだなぁ! 小雨君にも連絡しといて」
「やったよ。てか佚世着くの早いな……」
「佚世君は超人だからさッ!」
「ねー」
律のボケをスルーした帝翔は頬を引っ張ってくる律を落ち着かせる。そんなこんなしていると、帝翔の膝に寝転がっていた貝寄はハッと飛び起きた。
律の顔面と強打し、律は顔面を押さえてうずくまった。
「来た」
「雨々驟さん近場でいいよ」
「じゃここで」
いきなり止まり、後ろの車も急ブレーキを踏んだ。
急ブレーキに貝寄はよろけて律の上に倒れ、骨折している左手を殴られた律は痛みと苛立ちを足に込め貝寄を蹴り飛ばす。
「踏んだり蹴ったりすぎる」
「蹴ったのは君だけど」
「黙れ屁理屈」
「負け惜しみかな?」
「顔面、撃つよ?」
「まいいや。貝寄さっさと歩け」
「はぁい」
帝翔に蹴られた貝寄は起き上がると車を飛び出し、体を伸ばした。
勢いよく脱力して後ろに手を振り下げると、それがべしっと横に払われた。
振り返ると、律がすごく怖い顔で睨んでくる。
「お前は俺の半径10メートル以内に近づくな」
「ごめん……」
「ほら小雨迎えに行って」
「小雨くーん!」
「来ないでください怪我してるので」
厄介払いされたという自覚がない貝寄はふらっと帝翔の隣に並び、帝翔は二人の間でHgを開いた。
佚世から特に連絡はないし、直で乗り込むか。
「貝寄、よろしく」
「怪我したらまた返すからね」
「おう! まかセロリ!」
「私セロリ嫌いなんですが」
「おー案外人間っぽい!」
「失礼すぎますどつき回しますよ」
「ははっ」
「笑ってんじゃねぇ」
貝寄が軽く手を引くと門番は失神し、小雨は門のセキュリティパネルにHgをかざした。
数秒して、青かった画面が白に変わる。
「何それすご」
「政府のめっちゃ頭いい人が作っためっちゃすごい装置です」
「えー盗もっかな」
「構いませんが貴方が盗む=世に流出となりますので」
ピステルの金庫もただじゃ済まねぇぞという脅しを遠回しに伝えた小雨は門を開けると中に入った。
瞬間、警光灯で赤く染まる。
貝寄がいる限り人が動けるようなことは滅多にないが。
「門は開いた。下は任せる」
『了解しました。お気を付けて』
小雨が部下に指示すると、皆で中に入った。
「律さんは私と一緒に頭潰しましょう」
「え!?」
「じゃ貝寄、トイトの三人と研究対象の場所行って」
「え?」
「俺はデータ押さえてくるから。じゃー」
そう言うと、帝翔は真っ直ぐ奥へ、律は小雨に引きづられながら奥へ消えていった。
トワイライトの三人に見られた貝寄はギョッとして、後ろに下がる。
「場所、わかってんの?」
「え、や……知らんよ……!?」
「……陽泰、案内できるか」
「問題ない」
陽泰は腰から銃を出すと、弾倉の重さで残弾数を確認して歩き出した。
真っ赤な施設内を曲がって曲がって、地下に降りて。
半数以上は貝寄の能力によって失神するが、三分の一はほぼ想定外なので対応しきれない。だから陽泰が殺す。
確実に鼻尖を狙って、鼻尖か首を撃ち抜いて。
銃の腕前が天才的なのもそうだが、撃つ順便を完璧に選定しているのは、さすが佚世の一番弟子って感じかな。
「あ、恋弥……」
「誰と誰?」
「佚世さんの助手? と……?」
恋弥と雪は身長が高い女の人に守られて、二人もよく分かってなさそう。ガスマスクを付けて顔は隠れているが、明らかに体が女。
雪に薬のマスクを当てていた人だが、雪を連れ出して恋弥も出して、そのまま守ってくれている。
その女の人と対峙している、青年と怪物。まだ若そうな青年は目を押さえながら、女の人を睨んだ。
包帯をまとう化け物は変な形の剣を握り、青年の前に立つ。
「……職員がなぜ研究対象を選定する」
「職員ではないのでな」
青年はキツく眉を寄せると、その怪物とともに走り去って消えた。
「……あ、の……」
「気付かないかなぁ」
そう言うと、女はガスマスクを外した。
黒く長い髪が落ちて、長いまつ毛と桃色の目が二人を見下ろす。
二人で揃って首を傾げると、その女の人は不満そうに眉を寄せた。
「まったく……」
まったく声音が変わって、二人が目を丸くすると、その人は首の詰まった襟を外した。
サッと上半身を脱ぐと、見慣れた人の長髪姿に変わる。
「やぁ! 問題児共!」
「佚世ッ……!」
佚世が両手を万歳し、明らか目が笑わないままにこやかに笑った。
「佚世さん! えあ……女、ですか……!?」
「え、性別不詳って言っただろう?」
「言ってましたけどッ! いや、まさか……! ゲホッ……ケホッ……!」
「あーほら、大声出すと咳出るよ」
佚世は上半身を脱いだ状態から、腰の後ろをごそごそと触った。
小さな吸入薬が出てきて、ドヤ顔をする。それに素直に目を輝かせる雪も雪だが。
「ほら、吸いな」
「あゲホッ……! ゲホッ!」
「恋弥口元に持っててあげて。勝手に吸うだろうから」
「おう……」
恋弥に渡すと、佚世は職員服を脱いだ。
バサバサと振ってから、外套を羽織る。
額から後ろに髪に指を通して戻し、首に手を当て体を男のものに戻した。
雪は座って、恋弥に支えられながら薬を吸う。ここのものはあまりにもお粗末だったので、自作のを持ってきてよかった。
「……陽泰」
ビクッと肩が震え、陽泰は氷海獺を見上げる。
ひのは陽泰の頭を撫でるとそこから出た。
出ていいとわかった貝寄も飛び出し、貝寄は予定していなかった佚世がギョッとする間もなく大きくジャンプして飛び付いた。
頭に腕を回して、腰に足を回して、力いっぱい抱きしめる。それを、佚世は隙間に手を入れるとぺっと払った。
「はぁ……」
「い、いっせ、さん……」
「怪我は?」
「いえ、ありません」
佚世は陽泰の全身を確認すると、頭に手を置いた。
「雪君落ち着いた?」
「はい……すみません」
「大丈夫。口開けて」
佚世は喉の奥を確認すると、腫れが治まっているのを確認した。
頭に手を置いてから、頬を撫でる。そのまま、つまむと力いっぱい横に引っ張った。
「痛ッ……!」
「迷惑かけるな」
「ごめんなさい……」
「まぁ無事で何よりだけどね。怪我は?」
「……いっぱい?」
「恋弥は?」
「特に……」
「その肘は?」
佚世が左腕を見下ろすと、恋弥も釣られて見下ろした。
「疲労骨折」
「爆弾が爆発したのね。ご愁傷さま」
「腹撃たれるより痛い」
「……それ腱切れてるんじゃないの?」
「…………腱?」
「剥離骨折。ちゃんとした病院でちゃんと検査してもらいな。下手したら変形するから」
「うん……」
佚世は雪を立たせると、持ってきた外套を羽織らせた。
恋弥と陽泰はギョッとして、雪は恋弥にドヤ顔をする。
「お前それッ……!」
「佚世さんに貰った! いっちばん最初!」
「はッ……!? え……!?」
「佚世さん……誰にもあげなかったのに……」
「何、恋弥も欲しいの?」
「え、あ、そんッ、な、んなわけッ!」
「動揺しすぎでは?」
「うるせぇ動揺なんかしてねぇ! この人望皆無の卑劣野郎が意味不明なこと言うから戸惑っただけだッ!」
「素直に甘えるから貰えるんですよ」
「いらねぇって!」
「いいでしょう?」
「うるせぇッ!」
「君ら仲良いねぇ」
佚世がそう言うと、恋弥と雪は目を丸くしたあとお互いが顔を逸らした。
恋弥はそれで気が付いたのか、左の胸上に手を当てた。
「あ、そういや……」
恋弥は襟を引っ張ると服の中を覗いた。
「どうしたの?」
「ここ、焼きゴテで焼かれた」
そう言って、恋弥は襟を引っ張って左鎖骨の下を見せた。
数字の7が刻まれ、赤と白に化膿している。
「……痛む?」
「ん……ちょっと? 慣れてたし別に」
「抵抗しなかったの?」
「いや、だって、睡眠ガスみたいなん出てたし。それで暴れて切断される時に強い睡眠ガスやられたら死ぬもん」
雪は吹き出して、佚世は眉を寄せた。
「切断?」
「おッ……俺が、必要とあらばッ……! ある、かもね……てッ……!」
「何笑ってんだよ!」
「お腹痛い……!」
雪を蹴ろうとする恋弥を押さえて、佚世は貝寄に背をさすられる雪を呆れながら見下ろすと恋弥の7を見た。
「……慣れてるって?」
「脚の裏。俺こっち来る前の家で親に三回焼かれてるから」
「今度うちおいで。治してあげるよ」
「治んの?」
「雪君は?」
「ありますけど、俺はいいです……! ケホッ……。俺はいいです。復讐心的なものも篭ってますので」




