17.てんさい
トライトとピステルの抗争はトライトが白旗で負け、その衝撃的な展開に連日連夜新聞の一面を、ニュースの一面を、噂の筆頭を飾った。
負け知らず、最大勢力のトワイライトがピステルに負けた。それじゃあ、トライトの占拠地はピステルが取るのか。新しい社長と新しいボスで両方が今までと風変わりしたから、それによる勝敗では。
でもトライトは幹部どころか役職持ちや軍一つも動かさなかったらしい。白旗を上げたのを考えると、トライトのボスは初めから負けるつもりでいたのでは。
そんな噂が一気に広まって、廃教会もそんな話題で持ちきりだ。
「どう思う、せんせー!」
「どうも思わない」
「えー?」
「今のトライトは人が多すぎたからバッサリ切り落としたかっただけでしょ。雪君ここ押さえて」
「はい」
「結局先代の人集めて何したかったとかも火事でぱーだし」
「出血再開」
「ガーゼ当てて。閉じるよ」
「はい」
最近は手術にも参加するようになった雪と連携しながら、佚世は患者の臓器を縫った。
骨を合わせてワイヤーで止め、皮膚も繋げる。
「はい終わり。おつかれさまー。コルセットよろしく」
「お疲れさまです。わかりました」
「雪君よく働くなぁ! 来た時のせんせーより働いてんじゃないか?」
「喋るエネルギーを回復に当ててくれ重篤患者ッ!」
「えへへ」
いつも通りの人数に戻った教会で、佚世が患者と喋りながら手術しているとまた新しい患者がやってきた。
夕方や夜の始まりに人が増えて、シュッと減った隙に閉める。
それでもしばらくは止まらないが、急患以外は帰るので対応は楽になる。
頭蓋骨にヒビが入った患者以外は特に大変なこともなく。
佚世は今日の患者のカルテを見返し、一日の収入を計算する。
毎月末に貯めると気力どころの話ではないので。
「えーと……」
「佚世さん、代わりましょうか? 疲れてるでしょうし……」
「だいじょ……」
「あとで買い出しもありますし」
「雪君お使いを命じる!」
「とことん引きこもりたいんですね」
「疲れてんだよ」
「お疲れさまです。じゃあ買い物行ってきます」
「お願いね」
それから一時間半ほどして、時間で言えば二十二時を回りそうな頃。患者のほとんどが眠りについて、賑やかだった教会がしんと静まり返った頃。
教会の扉が強く叩かれた。急患か。
「どうした」
「い、妹がっ……! 酷い熱で、抱っこしたら痛がってッ……! 見に来てくんねぇか……!? 金はあるから!」
「歩き? 何分ぐらいかかる?」
「十分もかかんねぇ! 走って五分!」
「症状教えて」
佚世のすぐに荷物をまとめると、患者が皆寝ているのを確認してその男と共に妹の元へ向かった。
首筋に手を当て、少し落ち着いたのを確認する。
「床ずれからの感染症だね。関節痛がひどいから薬出すよ」
「あ、ありがとうございます……!」
「一回二錠。使うなら一日一回の服用で基本夕方飲んで、翌朝切れる感じにして。強めの薬だからあまりにも酷くて二回目使いたい時はまた相談に来ること」
「う、うす」
「あと、一日一回、最低でも二日に一回は体拭いてシーツ替えてね」
「シーツと体拭くのは毎日やってます!」
「ならよし。……辛いだろうけど同じ体勢だと皮膚が痛むから。少し体勢変えるとか起き上がってみるとかやってみてね」
小さく頷いた妹を確認すると、兄に薬を渡した。
「じゃ、はい。請求書」
「お、た、たけぇ……」
「払ってね」
「もちろんす。ありがとうございました!」
「お大事に〜」
教会に帰って、扉を開けた。
少し違和感のある中に眉を寄せ、中に入った。
荷物を椅子に置くと、二階に駆け上がって雪のスペースのカーテンを開けた。
いない。
一階のどこの小間を探しても生活スペースを探しても、いない。
買い物の荷物はある。残していった急患の置き手紙も確認されて、外套もベンチにかかっているのに。
残された外套を掴んで、煮えくり返る腸を鎮め、状況整理と順序立て。
頭はよく回る。状況もわかってるし、犯人にも目星が付いた。大丈夫、冷静だ。
「せ、せんせい……?」
声がかかって、顔を上げるとそちらを向いた。
高熱で要観察だった男の子が起き上がって、その子が起きたことで付き添いだったお兄さんも目を覚ました。
めっちゃ裕福な家庭の兄弟じゃなかっただろうか。
「そ、その、外套の……ゆきくん……?」
「起きてたの。どこに行ったか知ってる?」
「扉の音にびっくりして……。先生が出てったあと……ちょっとしてから帰ってきて、またお客さんが来てたの。ゆきくんの腕掴んで出てっちゃって……」
「腕掴んだ人は見た?」
「ううん。入ってこなかったから」
足跡が残るのを恐れたか。知性がある。
「男?」
「うん。腕、太かったし……男の人の声だった」
筋力がある。それでも子供にお客さんと言われるならいい人ぶっていた。雪に防衛能力があるとわかっていた。
「先生、誘拐ですか? 焦った患者じゃ……」
「雪君はいくら焦った患者に対しても冷静に対処できる。彼の冷静さは一級品だからね。……雪君、困ってなかった?」
「……わかんない、けど……落ち着いてねとか、そんなんは言ってなかったよ。なんか……腕掴まれて、引っ張り返してた……きが、する」
逃げようとした。知り合い、または危険な者だと判断できた。
彼の観察眼というか、観察眼以上の第六感的何かは時に人の誰も知らない裏側まで見抜く。誘拐犯など瞬間わかるだろう。
あるいは、わかりすぎたがゆえの恐怖心、絶望感、危機感。
足がすくんだ隙にさらわれたか。
「……雪君がなんて言ってたか覚えてる?」
「えっと……扉を開けてきゅーかん? ですかって聞いて……扉がいっぱい開いて、腕ぎゅって掴んで……男の人が、四番? おいでって言ってた? 気がする……四ってのは、覚えてるよ!」
「四番ね。他は?」
「ゆきくんが嫌だって言って、腕引っ張ってたけど、そのまま引っ張られて……あ、あと、そのあとに、ゆきくんが連れてかれてから扉が閉まった」
犯人は複数犯。そりゃ参界者の誘拐なら質も量も必須。相当手際がいいようだし、雇われのプロかな。
「他はなにも言ってなかった?」
「……た、ぶん……」
「わかった。ありがとう」
「すごいなぁ。天才だ」
「てんさい?」
「父さんと母さんにもいっぱい褒めてもらおうな」
「ふふん」
佚世は外套を持って二階に移動すると、引き出しから色々取り出した。
Hgと街地図と、ペンとメモ用紙。
とりあえず場所の目星を付けていく。
前研究所の場所から、立地や距離、道を考えてデータや資料、薬品等の物品が移動できる方角を考える。
公にされていない研究所なんてアクセスが悪い人目に付かない場所にあるんだから、んな四方八方に行ける交通網なんてない。それこそ富豪でもないと。
前研究所の場所は抜け出した雪が完璧に覚えていた。それを聞けていたのが、最大の救いか。
雪との会話を振り返って、研究所の規模や研究対象の人数を想定し、そこから調達と使用からなる差額で研究所を新しく建てるか屋敷や建物を新しい研究所に改造するかを選ぶ。
でも相当熱心なようだし、政府から逃げられるみたいだし。新しく建てて牢獄でも作ったかな。
相当でかいバックがいそうだ。
でもそれらしい話はなかったし、街で雪が誰かに反応するということもなかった。雪が識別しないなら研究所を支援はするもののそこまで頻繁には関わっていなかったということだ。ということは研究所の場所が縛られることはないだろう。
援助のメリットとしては、まぁ特殊能力が手に入るだとか政府に贔屓にされるだとか上手いこと言ったか考えたかで丸め込まれたんだろう。
脳が溶けた馬鹿の辿り着きそうな思想だ。
政府が狙いを付けているなら小雨に聞いた方が早い。
土地の管理ならスイハが目を通しているだろうか。少し前に建築会社の社長に恩を売り付けておいたので、なにか情報を流してくれるかもしれない。
こーゆー時に頼んどけば繋がりはより深くゲスく強くなっていくし、なかなかいい利益ではなかろうか。
雪は未だ片方の肩が上手く動かない。加えてたぶん脅しで身動き取れなくなっているだろう。さっさとお姫様を迎えに行くとしますか。
Hgを閉じ、布団に先を当てていたペンを離すと肩をトントンと叩かれた。
顔を上げると、脳之輔が立っていた。
「先生」
「場所、わかったかい」
「はい」
「もう十時だよ」
「……徹夜してたみたいですね。先生はいつおかえりに?」
「さっき。この子たち呼びに行ってたから」
そう言って脳之輔はそこからズレた。
片方には左腕が使い物にならない小雨と、片方には左手が使い物にならない律と、後ろの方には唯一五体満足の帝翔と。
「なんで三人中二人が使い物にならないの?」
「佚世さんに折られました」
「実質佚世君にボキられた」
「嘘つくな。お前は絶対に嘘だ」
「佚世、呼ばれたから来たけど何するの?」
「助手の救出」
「トイトの恋弥君もさらわれたらしいね」
「警備は?」
「彼警備員がいるところにいる方が少ないよ」
あぁ、そりゃ多忙な幹部が警備のある本部にいる方が珍しいか。本拠地と行ったり来たりだろうし。
「同時期に二人なら確定ですね」
「場所の推測はついたかな」
「ある程度。……雪君が外套持ってたらすぐわかったんですけど」
「まぁ無理なものは無理だからね。早く行っといで」
「はい」




