16.弟子たち
肩を叩かれ、顔を上げた。
「……おかえり。どうした?」
「腕、怪我した。手当てしてほしい」
「座れ」
ピステルとの抗争から帰ってきた陽泰をソファに座らせると、恋弥は交代で立って救急箱を用意した。
「上脱いで怪我したところ出して」
「……また失敗した……」
「いやぁ成功だろ。向こう幹部出てきてるみたいだったし、生きて帰っただけ完璧」
「ごめんなさい、こんな夜中に。医者寝てた」
「いいよ。顔見たかったし」
隣に座ると、弾丸がかすってかなり深くまで切れている腕を手当した。
佚世が医療の本を読み漁っている間に真似て簡単な本は読んだんでな。読んだだけで全てを成功させる佚世のようには到底いかないが、こういうのならできる。
手を握り締めて痛みを堪えている陽泰の頭に手を置き、撫でてから薬を塗った。
「薬はしみないから」
「……うん……」
ガーゼを当てて、包帯を巻くと顔をしかめた。
「ガーゼ痛いか」
「……大丈夫」
「痛み止め飲む?」
「大丈夫。……そのうちマシになる」
「我慢すんなよ」
こくっと頷く陽泰の頭を撫でると、救急箱を片付けた。
「あそうだ。陽泰、お前……」
振り返ってソファの方を覗くと、陽泰はうつらうつらと寝落ちかけていた。
まだ十歳だし、今日はとびきり疲れただろうに。仕方ないか。
話はまた明日でいいやと、陽泰を抱き上げた。
流れる涙を拭って、頬を撫でる。
まだまだ子供らしさは抜けないな。
翌日の夜、恋弥がベッドでゴロゴロしながら本を読んでいると部屋に声がかかった。
「れんや〜」
「れんや〜」
「おーうどうしたー」
扉が開き、声の主のスモッグと陽泰が顔を出した。
相変わらずの着圧ソックスと左肘にサポーターをはめている恋弥はうつ伏せのまま二人を見上げた。
「おう!」
「うん。陽泰にスーツ買ってあげるって約束したんでしょ? 明日休みだしどうかと思って」
「明日昼仕事なんだけど」
「午後とか夕方でいいでしょ」
「んー、それならいける、かな? 仕事終わったら連絡するわ」
「お願い。あと」
「ん?」
「俺にもからあげ奢って」
二人を追い出した恋弥はHgを見下ろした。
腕輪タイプ、別れる直前の頃に、佚世に買ってもらったやつ。
ため息をつきながら、本を閉じるとベッドに寝転がった。あー、肘痛い。
翌日、瞬間仕事を終わらせて帰ると既にスモッグと陽泰が玄関で待ち構えていた。古株の警備員はのほほんとして、新人は緊張している。
「おかえり〜」
「恋弥、行こう」
「着替えさせろってかなんで入口で待ってんだよ」
「ほら佚世にねだる恋弥も待ってたし?」
「んで知ってんだっつーか邪魔! 離れろッ! 特にスモッグ! 着替えさせろ!」
陽泰の頭に手を置くと、首にしがみついてくるスモッグを剥がして部屋に着替えに帰った。
血はそこまで浴びてない気はするが、最近暑いしあととにかく湿度がヤバい場所だったので着替えたかった。
スーツを着替えると、上着を持って下に降りた。
先に二人が乗っていた車の助手席に乗り込む。
「おまたせ」
「セーフ」
「そりゃよかった。いつもの店でいいだろ」
「うん!」
「わかってねぇな」
「ここの人のスーツって基本的にあそこだよね」
「うーん……御用達って感じらしいし? あと昔から使ってるからトイト原因でのトラブル発展が少ないっていう」
「あー」
運転手に車を出してもらい、三人で喋りながら御用達の店に向かった。
高級店が並ぶ通りの一角、高級スーツのお店。
中にはどこぞの社長や御曹司で溢れ返っていた。
数人は子供三人組に顔をしかめるが、それを掻き消すように店員が駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ風湖様。本日は……」
「これの採寸とスーツ三着お願いします」
「スモッグネクタイ買って」
「え、無理。金欠」
「恋弥」
「採寸我慢したらな」
首を傾げた陽泰は弾むように頷き、恋弥は店員にあとを任せた。
入口付近で、今日は上着に袖を通していない恋弥は腕を組んだ。
「あ痛い……」
「大丈夫?」
「痛かった……」
サポーターをはめていない恋弥は左肘を押さえ、痛みに悶絶する。
帰ったら医務室だ。
採寸から半泣きで帰ってきた陽泰はスモッグを通り過ぎて恋弥に飛び付き、片腕しか使えない恋弥は左手をポケットに突っ込んで陽泰の頭を撫でた。
「よく頑張った。好きなネクタイ選んでいいぞ」
「何本?」
「一本に決まってんだろ甘えんな」
夜、恋弥はサポーターを付けて仕事に向かう。
難しいものではないが、ないが。幹部に回ってくるもの。一般人の感覚である恋弥にとっては気が抜けない。
バンバン人を殺し、薬物流通の溜まり場の倉庫を押さえた。
木箱を開けて嫌な匂いに口を押さえ、それを閉じようとしたとき。
倒れていた誰かが発砲し、思わず左手でそれを留めた。宙に止まった弾がカランと地面に落ちる。
恋弥が弾で傷付くことはない。ないが、そんなことよりも先に、今明らかに肘から鳴ってはいけない音が鳴った。バキッて、ボキッて。
全身から血の気が引き、そっと肘を押さえた。あぁ痛い痛い痛い。こんなんなら撃たれた方がまだマシだ。痛い。
触るのも痛い。
撃ってきた男の顔面を蹴って頭に二発撃ち、また頭を蹴った。
八つ当たりとか知らん。コイツのせいだ。コイツのせいでトドメが。
Hgで連絡を入れ、後処理を頼むと本部に帰った。
翌朝、昨日の不機嫌な恋弥を思い出しながら食堂に行くと食堂が少し騒がしかった。
覗くと、輪の中心に恋弥がいる。今日はご機嫌っぽいけど、左手腕がヤバいことになっている。
サポーターに固定具にアームホルダーで固定して。
「恋弥……!」
「あ、陽泰、おはよ」
「腕……!? 腕ッ……!」
「骨折だってさ。んな死にそうな顔すんな」
「骨折って……なんで!? 昨日の……!?」
「そう! でも恨み晴らしてきた! から許してやろうあのドクズ男」
「そ……そう……」
恋弥のガッツポーズに少し安心した陽泰が胸を撫で下ろすと、隣にいた青年がそれを鼻で笑った。
「陽泰が引いてんぞ、恋弥」
「黙れ糖港万年一班野郎」
「はァ!? 俺はちっせぇ陽泰の代わりに一班を鍛えてやってんのッ!」
「ひのさんに毎日毎日毎日毎日しごかれて半泣きで逃げてるくせに何言ってんだ頭に綿でも詰まってんのー!?」
「あァッ!? 黙れちんちくりんお前はいつになったら俺の身長抜かすんですかー!? そろそろ成長止まってそうですけどー!」
「身長は今関係ねぇだろ自分の言い分が通らないからって毎回毎回同じ弱点に突っ込んでくんな能なしッ!」
二人が立って一触即発ってかほぼ触発しかけていると、二人の間に誰かが立った。
二人の顔面をグーで躊躇いなく殴り、恋弥は顔面を押さえた。肘に響いて、じんわりと涙が滲む。
「痛ったッ……!」
「あぁ糖港が倒れた。誰か医療班呼べー」
「これ誰の水?」
「糖港」
殴った本人はコップに入った水を糖港の胴体にジャーっと線を書くように垂らした。
糖港がハッと目を覚まし、途端逃げていく。
「覚えてろだんちッ!」
「どこの悪役の捨て台詞だ馬鹿」
「なんの用だよ、部屋から出てくんの珍しい」
「仕事。陽泰、行くぞ」
「あ、はい」
皆が道をあけ、だんちは陽泰とともに去っていった。




