40.スレッド
佚世と睦で路地裏を歩き、廃教会に向かう。
「スレッド立派だったね〜」
「……まぁ、廃れた教会に比べたら?」
「あはは、それもそうだ。でもあそこもいいでしょ?」
「はい。俺はあそこ好きです」
「色々と詰まってるからねぇ」
そこで会話が途切れ、数歩歩いてから、佚世が足を止めた。
睦もそれにならって止まり、首を傾げる。
「睦君、廃教会をまた開くって言ったら、君はこっちに来るかい」
「……開くんですか?」
「わからない。……君たちの体を各世界に返したあと、一度私の世界に行ってからまた患者のところに戻らないと。……それから帰ってくるのが、また六年になるかもっと早いか引き留められるか、なにも決まってない」
佚世は半歩引くと、睦の方に体を向けた。
「けれど、君が戻ってこないなら廃教会はもう開かない。私には君が必要だし、また一番初めに戻るならそれもやめる。今の廃教会には君が必要だから」
「そんな口説きます?」
「永遠に口説くよ。口が達者でね」
「……俺が戻るかは、俺もわかりません。廃教会が復興しても、もうスレッドはなくなりませんから」
「君を繋ぎ止める呪縛の地、私が解放してみせようか。私は君のためなら小雨神迎管理長と全面戦争をするしトワイライトも潰す」
「何故そこまで?」
「私の可愛い子供だから」
「血も戸籍も繋がってない、一緒にいた時間は一年だけ。拾ったのは脳之輔さんで佚世さんは脳之輔さんに従っただけなのに」
「血も戸籍も関係ない。何千を生きた私に時間も通用しない。関係あるなら会って三ヶ月で研究所を潰しには行かないよ」
佚世は睦の方へ近付き、睦の顔を上げさせた。
「睦も恋弥も陽泰も、等しく私の可愛い子供たちだ。それがたとえ血が違えど世界が違えど、殺し合えど。私は自他共に認める過保護だからさ。……君が助けを求めるなら、私は世界を潰しても構わないよ」
かっこいい顔でかっこいいことを言った佚世は睦の頬から手を離すと、少し困ったような表情をした睦の頬を左右から強く挟んだ。
バチンと音が鳴って、睦は肩を震わせる。
「痛ッ……!」
「だからお前がなんと言おうとどれだけスレッドが好きでも廃教会に引きずり戻すからな」
「はい……!」
廃教会に行くと、脳之輔がふらふら歩いていた。
「あれ、先生」
「おかえり二人とも。スレッドにいたと思ってたけど」
「夜に戻ってくるのでその準備です」
「体の場所はわかりそう?」
「はい。恋弥がイノンダイ使って探してくれたので」
「ならよかった」
「先生は何してたんですか」
「うん? 散歩」
「……そうですか」
「なんだいイツ君不服そうだね」
「いらいいらい睦君へるふッ!」
頬をつねられたせいで呂律が回っていない佚世を生暖かい目で眺めながら、小間を元に戻した。
抵抗する力がない佚世は助けなかった睦に憤慨するが、背後に脳之輔がいるのを忘れない方がいい。
床に伸びた佚世を放置して、二人で教会を片付けた。
「薬とかどうしますか? 一応使用期限切れてるのは都度破棄するようにしてたんですが」
「なら大丈夫じゃない? イツ君の薬優秀だから」
「ですね」
夜、睦が元に戻った二階の自室で休んでいると下が賑やかになった。
まだ少しうとうとしてから、頬を刺される。
「起きろ。スレッドの奴ら来たぞ」
「……ねむ」
「寝不足?」
「寝起きだから……」
「やっぱお前はここだな! スレッドじゃあっさい眠りしかできないんだろ」
「ちょっと黙って」
やってきた恋弥はしししと笑い、睦はそれを睨んだ。
二人で下に降りると、待っていた響皐月が睦に飛び付く。
「むつー!」
「元気だねぇ響皐月」
「睦元気じゃないのー?」
「元気だよ」
睦が響皐月を抱き上げると、上が騒がしくなった。
階段の上を見上げた恋弥は目を丸くし、瞬間、真横にいた睦が佚世に突き飛ばされ落ちていった。
四人が重なった人の山に、皆が顔を引きつらせる。
「律ゥッ! 佚世を突き飛ばすな親子揃ってアホしかしねぇッ!」
「親子揃ってって何!? 訂正しろ帝翔ッ!」
「お前の親代わりが社長ってことがびっくりだよッ!」
「あぁッ!?」
佚世に乗ったまま喧嘩する律と階段の上から叫ぶ帝翔に子供たちが怯えていると、律の下から冷気が放たれた。
「退け」
佚世のいつもの声より二トーンほど低い声に、無関係な恋弥まで肩を震わせ、修茶の後ろに逃げた。
「睦……痛いぃ……」
「睦君大丈夫? よく響皐月君抱えたね」
「まぁ……」
佚世は固まって退かない律を明後日の方向に蹴り飛ばすと、すぐに睦から降りた。
睦に抱っこされ、落ちた時も全身庇われた響皐月は重いだけで特に怪我はなかったらしい。
睦が起き上がり腕を突くと、響皐月が下から這い出た。
ボタッと音が鳴るほど重たい血が床に落ち、睦は額を押さえる。
「睦……!」
「切った?」
「たぶん……あと鼻血が」
「鼻押さえて。口開けて」
「顎痛いんですが」
「歪んでないよね」
「これはそのうちマシになると思います。けど、開かないです」
「歩ける?」
「全身痛い……」
睦は立ち上がると、陽泰に支えてもらいながら小間の中に入った。
佚世は別室から白衣を取ると、それを羽織りながら小間の中に入った。
少しして喘鳴が聞こえ、佚世の少し慌てる声が聞こえる。
それを見て、小雨は蜃を抱き上げた。
「叔父様、睦さん大丈夫?」
「うん。佚世さん優秀だから」
蜃の目を塞ぐと、椅子に座って息子を抱っこしている律の顔面を横から蹴り飛ばした。
「ガッ……!?」
「とうさまッ……!?」
「親子揃って馬鹿しかしねぇ」
「取り消せ小雨……!」
「あなたの子供はなにもできないのでなにもしないでしょうが。あなたの父親代わりである先代社長もアホなことしかしませんでしたね」
「取り消せ小雨ッ! お前に社長を馬鹿にされる筋合いはないッ!」
「弟子の出来が悪いと師が恥をかくと習いませんでしたか。アホ」
「家柄でのし上がったお前が言う言葉じゃねぇだろッ!? あッ……!」
律がなにかを言おうとした時、口が塞がれ頭を強打された。
小雨のこめかみにも手刀が入り、二人して頭を抱える。
「子供連れて言う話じゃないね、二人とも?」
脳之輔の有無を言わさぬ圧に二人とも何十回と頷き、蜃と祉夏は父を心配した。
十分ほどして、佚世と、額に包帯を巻いた睦が小間から出てきた。
「……何伸びてんの」
「脳之輔さんに頭割られました」
「頭蓋骨割れたッ……!」
「あっそよかったじゃん。馬鹿な理由の言い訳ができたよ」
「佚世くん……!」
「じゃ次、私と話そう」
「ハイッ」
「……祉夏君、お父さんに似るのは顔だけにしてね。私こいつの顔死ぬほど嫌いなの」
「子供になんてことを!」
「今お前の顔面が変形してないことに感謝しろ、夜光冠律」
二人が屋根裏に消えると、修茶の後ろに引っ込んでいた恋弥が出てきた。
「お前大丈夫かよ」
「小指ヒビいってた」
「よく子供守れたな」
「うーん……頭は佚世さんが庇ってくれたから脳震盪はなかったけど。左手の小指だからちょっと支障出そう」
「お前いっつも利き手空けてるもんな。前右手首捻挫してたのに」
「それは治った。佚世さんからも完治認定されてるから」
「バケモンめ。陽泰、手伝ってやれな」
「はい」
「助かるよ」
やっぱ外套は手放すべきじゃないなぁと思っていると、服の裾を軽く引っ張られた。
見下ろすと、涙目の蜃が睦を見上げている。
「睦さん、叔父様助けて」
「小雨さん蜃ちゃん泣きそうですよ」
「蜃おいでー……」
「叔父様、大丈夫……?」
「平気だよ」
小雨もまぁ打たれ強い。
睦は小間の中から椅子を一脚引っ張ると、いつものところに置いて座った。小間の入り口と入り口の間。
階段から落ちたので足をぶつけて痛い。
靴を脱いで右足の甲を確認すると、あざと共に非常に酷く出血していた。
「わぉ」
「いっせーッ!?」
「平気平気。陽泰保冷剤取ってきて。脳之輔さんいるから」
「歩いて平気か……!?」
「足首撃たれて折れたのに歩いて帰ってきたお前にだけは心配されたくねぇ」
「お……俺は平気だった!」
「恋弥そのアホを投げといて」
陽泰の叫び声が聞こえるのも無視して、靴を雑に履くと小間に移動した。
台に座り、ガーゼと包帯で手当てしていると、スレッドの子供たちが入ってくる。
「睦さん、大丈夫ですか……? 他にも怪我あるんじゃ……」
「平気平気。佚世さんに全身確認してもらったし」
「確認してもらった結果がその大出血か」
「これは靴履いてたからさ。腕も胴体も確認してもらったから」
「睦さん、代わります」
「大丈夫だよ」
睦は手早くそれを手当てすると、靴を履き直した。
気付いたらかなり痛いけど、歩けるし問題ないか。
「松葉杖貰ってきましょうか……?」
「いらない。ミヤ、響皐月雨豪さんのとこ連れてって」
「睦どこ行くの?」
「佚世さんのところ」
睦が小間を出ると、陽泰を絞めながらHgを見ていた恋弥が顔を上げた。
「睦、見つかったって」
「ちょうどよかった。佚世さんに伝えてくる」
「俺も行く。お前保冷剤な!」




