39.時の兄弟
黒幕共を殺した翌日、陽泰が睦の部屋から起きてきた。
リビングの扉を開けた途端、前から頭突きをされ後ろに倒れた。
「兄さんッ!」
リビングにいた皆が静まり返り、陽泰の寝起きの不機嫌さを知る皆はそこから離れる。
恋弥とスモッグが隅で震えていると、陽泰が、上に乗った十七の女子の髪を掴んだ。
悲鳴が上がるのも気にせずポイッと捨てて、起き上がる。
と、頭に手が置かれた。
見上げると、睦が覗き込む。
「おはよう。酷い音鳴ってたけど大丈夫?」
「……特に痛みはない」
「ならいいけど。体調どう?」
「治ったと思う。不快感もないし」
「水分補給するんだよ。脱水になったら危ないから」
「うん」
恋弥とスモッグと佚世が睦のその腕に感動していると、陽泰が立ち上がった。
髪を払って整え、入ってくるかと思えば出ていく。
三人が声をかける前に、今度は睦が後ろから突き飛ばされた。
「睦おはよー!」
「……おはよう響皐月……」
「響皐月……! 睦さん突き飛ばさないで……!」
「睦さんおはようございます。大丈夫ですか」
「へいきー……」
降りてきた枯梨は響皐月の頬を挟んで叱り、景矢は睦を立たせた。
顔面を強打した睦は顔を押さえる。
「痛った……」
「睦、大丈夫?」
「大丈夫だよ。枯梨おはよう。体調どう?」
「まだちょっと耳の下が痛いんですけど、熱も下がったし大丈夫です!」
「ならよかった」
陽泰の身支度が終わると、ソファと床に、陽泰と儷戯が向かい合った。
儷戯は綺麗に床に正座をすると指先を揃えて床に付け、頭を下げる。
「お久しぶりでございます葉笶お兄様」
「なんでお前がここにいる……」
「兄様求めて千の針をも飲み込む苦々の日々! ようやくお目にかかれ」
「その喋り方やめろ気色悪い」
「兄さんに会いたくてテシィからヒッチハイクで頑張った!」
皆が目を丸くし、ヒッチハイクがわからない数人は睦に助けを求めた。が、睦はそれに気付く様子はなく、机に頬杖を突いて首を傾げる。
「儷戯さんは陽泰葉笶の血縁の妹さん? テシィからってことはテシィ住みなの?」
「血縁者じゃない。孤児院で勝手に兄と呼ばれるようになっただけだ」
「そんな感じです!」
儷戯が頷くと、ふと、本を読んでいた佚世が顔を上げた。
「君あの時の子か」
「……あの、とき?」
「私が陽泰見付けたときに陽泰の隣にくっ付いてた子」
儷戯は目を丸くしたが、その、あまりにも変わらぬ顔と優しげな雰囲気で逆に気付かなかった。
さっと顔面が青くなり、視線が泳ぐ。
政六豆孤児院。
陽泰が一歳になる前に捨てられた孤児院であり、四歳の頃に佚世と出会った孤児院。
経営者は初期の頃から支援していたトワイライトの金を横領し、本来なら富裕層に入るはずの孤児院は酷い荒れ様。医者も呼べぬ貧困のせいで、墓を立てる金もないせいで孤児院の周囲には子供の死体が山積みで、当時生きていた子供たちも生きるか死ぬかの瀬戸際だった。
当時既に幹部にまで上り詰めていた佚世が金回りの不自然さに目を付け、言い出しっぺの佚世と佚世の教育係を担っていた団達気がともに調査に出向いた。
その時に陽泰を見付け、陽泰はトワイライトに引き取られた。
陽泰葉笶の陽泰は、孤児院の子供たち、名も苗字もない子供たちが皆名乗っていた苗字だ。
別に孤児院の苗字だから嫌いということはないが、葉笶という名前が少々嫌なため皆に陽泰と呼ばせている。
儷戯はその苗字の一人。かつ陽泰を兄として慕っていたため、陽泰葉笶を兄と呼ぶ。
「そ……そんな感じです。兄さんは私が孤児院に入った頃から守ってくれたので」
「守ってたつもりはないが……」
「儷戯は陽泰の妹なんでしょ? なんでエリオムさんといがみ合ってんの?」
佚世が聞くと、儷戯は目を丸くしたあと、目が本気の笑みを浮かべた。
「兄さんに見合う女かどうか確かめておりました」
「よかったな陽泰!」
「最悪だ……」
「モテるモテる」
恋弥とスモッグにからかわれる陽泰は眉間を押さえ、それを見た儷戯はハッとした。
「もしや兄さん、恋敵が」
「違う黙れてか帰れ! なんでわざわざここまで出向くッ!」
「私が十六になったら一緒に暮らそうと言ってくれたのに迎えに来ないからッ!」
「言ってねぇよ妄想で振り回すな阿呆ッ! 帰れッ!」
「いいじゃん一緒に暮らそーよー! 世界に二人だけの兄妹なのに!」
「違うッ!」
立ち上がった陽泰に儷戯がすがりつき、陽泰がブチギレていると睦が立ち上がった。
儷戯を剥がして、ソファに座らせる。
「儷戯さん、残念な報告かもしれませんが」
「え?」
「葉笶君彼女います」
「えッ!? もう付き合ってたの!?」
「えー興味深い」
「睦、誰のこと言ってる」
「夏珻さん」
「エリオム様がボスから離れたならもういらないと思うが」
「あそう? でもエリオムさんの体調戻ったらまた天獄さんに引き抜かれるかもよ?」
「それはねぇだろ。ボスは百面美人にしか興味ないから」
「じゃ断りの連絡入れようか」
陽泰は睦に頼んだと言って、儷戯を避けるように椅子に移動した。
話を聞く前に完結してしまった佚世は少々不服そう。この人この手の話大好きだからな。
「佚世さん、双方の両親が死んでる場合って戸籍ってどうなってるんですか?」
「基本は孤児戸籍。陽泰に関しては私が後見人になってるけど」
陽泰本人すらも知らないその情報に、目を丸くして皆が素っ頓狂な声を出した。
「えッ!?」
「後見人いるんですか……!?」
「いなきゃ中央学院には通えないよ。ねぇ春雨君」
「小雨です知りませんよ私の専門は神迎と養成校と参界者で戸籍は知りません」
「なんだ。…………そんなに驚くかね。恋弥と睦君は参界者で政府が保護したからいないけど、二人が通常戸籍の孤児なら私が後見人だよ? スモッグはご両親いるもんね」
「うん。後見人になる人も決まってるし」
睦と恋弥が愕然として顔を見合せたあと、ふと睦が無表情に戻った。
「てことは佚世さんは陽泰のご両親と知り合いなんですか?」
「そりゃあねぇ」
後見人は血縁関係のある成人者が本人と後見人の戸籍謄本を持って指定しなければならない。ぽっと出の引き取り手がじゃあ私が後見人ねとは、ならないはずだ。
「そもそもお前参界者のくせに戸籍あんのかよ」
「びっくりするだろうから聞いてほしい。私一回陽泰の兄弟になりかけたんだよ」
「は!?」
「孤児院で孤児戸籍だったからさ。拾われた時にじゃあなるかって」
「佚世さん拾ったのはトワイライトの先代ボスですよね?」
「そっから推理するの?」
「で陽泰と同じ親になりかけたってことだろ」
二人が陽泰を見ると、陽泰は背を向けてHgを開いた。
「おい陽泰話から離脱すんじゃねぇ」
「佚世さんそれほんとですか?」
「うん。私、陽泰が生まれた時には一班指揮官で先代ボスの付き人だったから」
つまり、陽泰葉笶はトワイライトの先代ボスの子供ということ。
主に恋弥と小雨が阿鼻叫喚の叫び声を上げる中で、睦は佚世の隣に座った。
「トワイライトの公正な後継者は陽泰だったんですね」
「うん。私が抜けなかったら陽泰押し上げて私が補佐するつもりでいたんだけど」
「抜ける用意は万端だったくせに」
「まさか九年の信頼が数時間で消えるとは思ってなかったよ。まぁ私いなくても名乗り出るかなと思ったらそれこそ突如現れた謎の男が押し上げられるんだからさ」
「陽泰的にはいいんですかね」
「さぁね。……でもボスになったらそれこそ睦君ともほとんど会えなくなるし恋弥とも今の関係性はなくなるから。だから睦君にも言わなかったんじゃない? 下手に押し上げられたらまた一人に逆戻りだから」
恋弥に首を絞められ悲鳴を上げる陽泰を眺め、睦は優しい、安心したような笑みを浮かべた。
この三人の兄弟的な関係性を見れば、現れあれよあれよという間にボスに上り詰めた天獄には感謝かもしれない。
たぶんこの三人、誰か一人でも欠けていたら佚世が帰ってくるまで生きていた保証はない。
「……てな感じで儷戯、陽泰はここを離れるつもりはないようだけど」
「じゃあ私がトライトに入ります」
「それは好きにしなさい。ちょうどそこにボスに顔の効く幹部の頭がいるから」
「よし!」
「睦君出かけよう。夜には廃教会に戻りたい」
「はい」




