37.異能
時は少し戻り、三手に別れた直後。睦組。
「睦さんって方向音痴じゃ……」
「地図が読めないだけです」
「それ」
「現在地があればわかりますし方向感覚もありますので」
「……はい」
睦は圧で小雨を黙らせる。
陽泰とニーミスは後ろからついてきているが、二人とも一言も喋らない。
そもそも自分から喋るタイプじゃない陽泰と、会話が始まらないと喋れないニーミスのペアじゃ相性が悪い。あと、無言で気にする人と気にしない人とかも。
「界魔相手にどうするんですか?」
「見つけ次第潰して殺します。リストとやらにも載ったらしいですし」
「殺せるんですか?」
「まぁ人間らしいですからね……」
「睦、界魔と言えど私が力取ったあとはどうするつもりだ」
ニーミスが問いかけると、睦は笑って振り返った。
「俺にもオーラはありますから」
世界・鏡界の人間が使う奇術の一つ、鏡瞳。
使える人間は極限られ、その条件は『血に鏡界魔が含まれていること』。睦はそれを、血筋的にも異能を継いでクリアしているし自身もフルーツを食べてクリアしている。
それが発動条件。
そして使用条件として、界魔が放つオーラがあることが挙げられる。
それは弱小界魔であれ界魔のトップ支配人であれ存在する限りは放っているものであり、鏡瞳とはそのオーラとオーラの反発により生まれる圧。
作り変わった界魔同士ではなし得ない、人間として界魔の力を取り込んだものしかできない能力。
つまり、界魔と特定の条件をパスした人間がいないとできないってこと。
それを睦は、一人で成し得る体を持っている。
オーラの発生源が自分なので距離が離れれば離れるだけ相手へのしかかる圧は弱まるけどね。
「さ、着きました。……陽泰、二人守るんだよ」
「あぁ」
睦は扉を開けるや一番、鏡瞳を開いた。
対生物、その界魔だけに圧がかかるはず。にも関わらず、互いの力が強すぎるせいで、寧という少年がいた部屋全体が一段下がった。
小雨たちを下がらせた陽泰も小雨もニーミスも目を丸くし、睦は鏡瞳に力を入れる。
それでも、寧はゆっくりとだが起き上がった。
「睦……かえろうよ……」
「嫌です」
「未優が死んで、睦が死んで、日蔓も静璐も緋愴も皆構ってくれないんだよ。また一人ぼっちになったんだよ。一人ぼっちが駄目だって言ったのは睦でしょ?」
「それ、界魔になったあなたが言います?」
睦の鏡瞳がいっそう強くなり、寧は目を丸くし顔を上げた。
睦の怒りと憎しみに染まった表情に怯え、その瞬間に潰される。
「うぅッ……!」
「睦、鏡瞳消せ。私が近付けない」
ニーミスは睦の背を軽く叩くと、鏡瞳が消えた部屋に入った。
強くは反撃してこない寧に近付き、それを見下ろす。
「久しぶりだな、ガキ」
「……あの時の……!? なんで……!」
「神が顕現するのに理由はいらないだろう? 私は力を緋愴に渡し、緋愴が選ぶ者なら否定も肯定もしない。たとえそれが騙された結果であっても己の欲望のためであってもな。……だが、殺して奪ったとなれば、それ即ち私の決定への横槍。黙っておくわけにはいかない」
「神というならなんで未優をッ、睦を殺したッ! 死ぬ必要のない人たちをなんでッ!」
「黙れ。所詮支配人の成り損ないが人間が死んだぐらいで喚くな」
ニーミスが手を握ると、空だったはずの手にはどす黒いドブ色の球が握られていた。
「何人殺したんだか。睦、終わった」
ニーミスが一歩横に避けると、睦は寧の頭を撃ち抜いた。
睦が一歩近付くと同時に、突然、一段下がった床がさらに落ち始める。
そのまま周囲がヒビ割れ、睦は目を丸くした。
「あーあ」
「あーあじゃないッ! 早く行きますよッ!?」
「じゃ、私は先に戻ってる」
「はーい」
睦はニーミスが消えたのを確認すると、小雨と陽泰の服を掴むと、そのまま恋弥たちがいるはずの元へ走り出した。
時を同じくして、睦たち付近、佚世組。
扉を開けると、中には案の定体が印だらけの男が座っていた。
「早かった。お邪魔してるよ、魔法使い」
「いいよ。そろそろ潰れ始めるから」
タイムリミットは二時間後。この大きさなら全部崩れるのに、二時間はかかるかな。
「ユラじゃないと思ったら反応したのは君か。どこになんの印を刻んでるんだい、この世界で常発動の魔法なんて」
「全身に全部の印を刻んでる、とでも言っておこう。……悪いけど、君の死体は元の世界には返せないからね」
佚世は扉に触れた手に魔力を込めると、手始めに部屋全体に刻まれている魔法印を発動させた。
男の目が淡く光り、途端目と同じく淡く発光する首の印を押さえもがき始める。
「遺体の場所聞きたいんだよ。さっさと教えてくれたら楽に殺してあげるからさ」
「なにを……したッ…………!?」
「いやーびっくりだね。頭良さそうな顔して、なんで体に刻む印が禁止になったかわかんなかったの?」
佚世は男のそばに片膝を突くと、倒れもがきながらも睨んでくる男の頬に手を添えた。
男の頬に刻まれた印と佚世の手のひらに刻まれた印が反応し、双方の皮膚が焼けたようにただれ始める。
男が頬を押さえると遮られたせいでその反応は消えたが、佚世の怪我は即座に治った。
「まいいや。次右目ね。君右目龍眼でしょ?」
「やめッ……!」
「や〜だ」
男の右目に手を被せると、その目を焼き潰した。
一旦崩壊が止まり、小雨と陽泰は胸を撫で下ろした。
逃げている時からまるで焦った様子のない睦は上機嫌に、どこか光悦そうな様子で拳銃を回す。
「……睦、焦ってないのか」
「なんで?」
「いや、地面割れたが……」
「溺死もやってみたいよね。死ぬ前に水飲むのかな。鼻から吸った水って胃か肺どっちに行くと思う?」
「……気持ち悪い」
「知ってる」
睦はふっと笑みを消すと、足を止めた。
周囲を視回し、恋弥を探す。
と、本来ならいるはずの方向とは別の場所にいるのを見つけた。
地面が割れたせいで本来なら合流予定が、別方向に逃げてたのか。
「いました。行きましょう」
恋弥と修茶と合流するや、恋弥に頭を殴られる。
「テメェだな地面割ったのはッ! おかげでヴィールヒ仕留め損ねたじゃねぇかッ!」
「佚世さんも制限時間は二時間だって言ってたし……!」
「お前が加速させたんだろうがッ!」
「痛い痛い!」
睦の頭と服を掴んで引っ張りブチギレる恋弥に睦が叫んでいると、頭に疑問符の浮かんだ修茶と小雨が小さく手を挙げた。
「ヴィールヒの頭は撃ち抜いたんやから問題ないんやない?」
「制限時間二時間なら加速もクソも、リミットが短くなっただけでは?」
「あぁ!? 一つ! ヴィールヒはあいつクソしぶてぇから大脳撃ち抜いたぐらいじゃ死なねぇよ。死んだらまぁラッキーって感じだな。……二つ、タイムリミットに関してはあいつが俺らおちょくるためにわざとアホなこと言いやがった」
「たぶん、完全崩壊で人が死ぬのが二時間後。なにかの問題で崩壊はすぐに始まって、いつ天井が落ちてもおかしくないって含みがあると思います」
睦は髪を整えると、自分の外套を陽泰に巻いた。
「てことで二人は先に出て船に戻って下さい」
「は!?」
「陽泰、お前もな」
「えお二人は?」
「あいつと合流してからすぐ戻る」
「それ着てたら岩に潰されても無傷で入れるから。火にも水にも強いし」
「俺も行く。近距離戦なら実力は一番あるだろう」
「アホか。実力一番ある奴が弱い奴ら守らなくてどうする」
恋弥に軽く手刀を落とされた陽泰は、すがるように睦を見上げた。
「上で待っといて。佚世さんのところに行けば死ぬことはまずないから」
「……行くまでは?」
「心配しなくていいよ。……小雨さん、お願いします」
「政府としては動いていないので守りはしますが。……あなた方も気を付けてくださいね」
「それはもちろん。やり残しの仕事が山のようにありますから」
「過労から守ってくださいね」
三人が戻って行ったのを見送ると、二人は気合いを入れた。
既に遠くが崩れている音がする。佚世と合流しても道では帰れないだろう。
瓦礫に巻き込まれず泳げたらいいが。
「行くぞ」
「うん」
二人で走って、佚世と律の元へ向かう。
近付くにつれて銃声が大きくなり、地割れが増える。
恋弥を置いて睦は先に行くと、半壊した研究室前で足を止めた。
その光景を見て、愕然とする。
佚世の外套は律がまとい、その律は床に倒れている。
佚世本人も、壁に叩き付けられるようにして失神していた。怪我はなさそうだが酷い出血。この人輸血できないのに。
「睦!……うげぇ。死んでる?」
「死んでない」
「死にかけ?」
「いや、そんなことはない」
「じゃいいや」
研究室の中央に立ち、頬を押さえている男。
ただれたよりも溶けたが似合う左頬を押さえ、右目には魔法印が貼られていた。
「……あ、お久しぶりです。あなたの言う希望の方は潰れてしまいましたが」
「誰も希望が一人だとは言っていませんが」
「あなたもやるんですか? 違う世界同士で面倒な……」
「違う世界の遺体を持ってきたのはあなたでしょう」
睦は鏡瞳を開くと、地を蹴った。
恋弥は銃口を向け、近距離と遠距離双方から殺しにかかる。
佚世は遺体の場所を聞き出せたんだろうか。まぁ聞き出せたから戦闘にもつれ込んだんだろうけど。
律が外套をまとっているということは多少の余裕はあったってことかな。でも佚世が負けてるから、今の佚世なら負けるか。筋力皆無だし。
少し弱いが、蹴りからの衝撃波で相手の頭蓋を割った。
上に立ち、動かなくなったことを確認する。
「終わり」
「相変わらずのバケモンめ」
「褒め言葉で受け取っとく。二人起こしといて。子供たちに連絡取ってくる」
「おう」




