32.覚醒
異音が聞こえ、睦の方に寄った。
喉の奥を確認すると、仮死状態なのに炎症を起こしている。
下から薬を持ってきて、機械に繋いだ。
寝ている間はずっと人工呼吸器を付けているので、それに薬を含ませる。
目が覚め、咳が出て思い切り体をねじった。
「睦君動かないで……!」
腕を掴まれ、どうしようもない息苦しさに喉を押さえると口元に何かを当てられる。
咳が収まらず、それでも低酸素にならないので少し楽になっていると、体勢を戻された。
「もー、腕血まみれだよ」
「……ゲホッ……」
佚世と陽泰が視界に映り、久しぶりに見た明るい世界に少々感動する。
「喉痛む? 薬入れてるからもうちょっとしたらマシになると思うけど」
頷くと、また少し咳が出た。
どうやら恋弥は起きたにも関わらず寝てしまったようで、茶トラと白玉に囲まれていた。
睦が起きると、茶トラは眠そうなまま睦のそばに移動する。
背を撫でると、尾を上げて返事をした。
「睦君これ飲んで」
「……はい」
「魔力入ったただの水だよ。魔法の効能が効きやすくなるから」
真緑ですけど。
特に変な匂いも味もせず、試験管を返すとまた佚世は降りていった。
睦は向かいに座った陽泰に視線を向ける。
「明るい方がイケメン」
「管理人と娘たちが会いたがって待ってる」
「やってすぐ起きた?」
「うん。管理人下で大喜びしてるから」
「行きますか」
茶トラに恋弥を頼み、睦は下に降りた。
まだ少し咳が出るが、痛みは引いたしたぶん大丈夫。
「管理人、お疲れさまです。ありがとうございました」
「睦君ッ……!」
「えわッ……!?」
管理人に飛びつかれ、自分より体格的に大きい管理人を支えることができず後ろに倒れ頭を壁に強打した。
その音で、二階にいた佚世が降りてくる。
「すごい音したけど」
「頭割れるッ……!」
佚世は階段下で伸びている管理人の顎下に足を入れると、顔を上げさせた。
「子供たちに手出すなっつってんだろ」
「すみません……」
「睦君大丈夫?」
「大丈夫です……」
コンクリの階段に強打したときよりマシ。圧倒的にマシ。
異常な回復力は昔からだ。
「ほら管理人邪魔退いて」
「ちょっとぐらい褒めてくれても良くないかい」
「ちょっとぐらいおとなしくしても良いんじゃない?」
佚世の皮肉しかない返しに管理人が黙ったので、佚世は睦の頭を確認した。
ちょっと赤くなってる程度だが、頭は危ないし冷やしといた方がいいか。
「保冷剤で冷やして。気分悪くなったら言うんだよ」
「はい……」
睦が台所に入ろうとすると、突然後ろから強く突き飛ばされた。
後ろに誰かいるのがわかって受け身を取れず、前に倒れる。
「むつー」
「元気だねぇ響皐月……」
「体大丈夫?」
「大丈夫だよぅ……」
佚世は呆れた目を向けながら上に上がって行った。俺のせいじゃないもん。
景矢が慌てて響皐月を拾ってくれて、ふらふらのまま立ち上がる。
「睦さん手首……!」
「このぐらいならすぐ治るよ。ミヤは?」
「あ、部屋で……」
「佚世くーん? 睦君手首折れたー!」
「折れてませんよッ!?」
「佚世くーん!」
「聞こえてるよー」
睦が律に不満の目を向けていると、少しして佚世が箱を持って降りてきた。
「声かけるんじゃなくて手当てしてあげてほしいんだけどさ。サボりがよく見えるよ」
「佚世くんそれ管理人に言った?」
佚世が床で娘に頭を撫でられている管理人を見下ろすと、管理人は自覚があったのかわかっていたのか、悪気のない顔で佚世を見上げた。
「私は君の時も止めはしなかったよ?」
「人によって変わると思ってたんですけど。帝翔君のは止めてたのに」
「睦君が佚世君になろうと頑張ってるならそれを止めるのは努力の否定でしょ」
「実らない努力は無駄と言ったのあなたでしょう」
「佚世さんそれ俺に刺さります」
「睦君は私の助手だから私になる必要はない」
何をするにしてもかっこいいことしか言わない佚世に律が打ちのめされ、管理人が撃沈している間に佚世は睦の右手首を手当てする。
「利き手使えなくなったけど大丈夫?」
「一応左でも日常生活はできます」
「優秀だ。陽泰、手伝ってあげてね」
「はい」
昼過ぎになると、恋弥が起きてきた。
あくびをして、ふらっと風呂に行く。
「ほんとに睡眠時間長いね」
「蘇生後から平均して十時間以上寝るんです。疲れた日とか質が悪いと二十時間近く寝ますし」
「大丈夫なの?」
「まぁ……本人があまりにも悩むようなら薬物療法も考えてはいますが軽度の場合は仮眠とかもあるので、今は様子見です。特に悩んだり活動時間が短くなったが故のストレスとかもなさそうですし」
「ストレスは悪化の原因になりうるからねぇ。担当医が睦君なら安心だね」
睦が喜ぶのも束の間、佚世は何かの紙を睦に渡した。
開くと、カルテだ。
「それ私の患者のカルテ」
「……行ってた世界の患者ですか?」
「そそ。また戻るって言ったでしょ。ストーカーで精神病んで自殺寸前だから君に診てもらいたくて」
「ものすごく細かく書いてありますね」
「精神病患者は睦君に任せっきりだったから何が必要かわからなくてさ!?」
「パッと見では適応障害と摂食障害がありそうですけど…………うん……」
解離性または強迫性のどちらかもある気がする。あと、PTSDはほぼ確実かな。
双極にしては、突然の発作は切り替えが早すぎる。解離性であるなら、憑依型だろうな。
「……かなり併発している気がします。佚世さんがいない間に悪化してるなら即薬物療法ですね」
「一応医者はいるんだけどね。変人だからさ」
「変人が精神病患者見ても意味ないですからね」
だよねぇ。
カルテに目を通して真剣に悩む睦に、様子や体調を伝えていると恋弥が上がってきた。
「腹減ったー」
「君は元気だねぇ」
「何の話?」
「患者の話。私が診に行ってた患者を睦君に渡すことになりそうだから」
「また行くん?」
「寂しいのかい」
佚世が頬杖を突くと、恋弥はこちらにてってっとと歩いてきた。
自分の首にかかっていたタオルを抜き取って、目を丸くした佚世の頭を勢いよく叩いた。
そのまま陽泰を退かし、睦の隣に座る。
「誰?」
「異世界の人」
「精神病患者? 病気は一緒なん?」
「人の精神と感情に大差はないから。どの世界の人間も道徳はあるし道徳がないような非人道的な奴もいるし。非人道的な奴は精神病じゃなくてただのサイコパスだから専門外だけど」
「……てことはお前も行くのか」
「ちなみに恋弥も行くよ」
髪を払いながらそう言った佚世に、二人揃って目を丸くし、同時に顔を上げた。
「え!?」
息ピッタリの二人に佚世がツボって大笑いし、二人は視線を通わせ何を伝え合っているのか小刻みに首を横に振っている。
「あははは! お腹いたッ……! はははッ……! あー! お腹痛っ……!」
「笑いすぎだろ」
「筋力がないから腹筋が鍛えられますね」
睦がそう言うと、何に反応したのか律が佚世に飛び付いた。のを、佚世は蹴り飛ばす。
「あーお腹痛い……!」
「わかったから」
「君ら仲良いねぇ……」
「なーびっくりびっくり」
「そんなことどうでもいいです。なんで恋弥も連れていくんですか?」
睦は恋弥の拳を掴んで防ぎ、陽泰が恋弥を押さえる。
「だって睦君いなかったら恋弥の発作起こったら死ぬでしょ? 睦君がいない間恋弥一人だったら寂しがるでしょ? だから三人も行くの」
「…………ん?」
二人の間に疑問符が浮かび、何かを察した陽泰は恋弥を放置し律の後ろに逃げた。
「三人って、俺と恋弥と、佚世さん……?」
「君と君と陽泰君」
「陽泰まで連れて行くんですか!?」
「あまり異世界をごちゃ混ぜにしないで欲しいんだが」
突然女神の、ニーミスの声が聞こえ、佚世は階段の方に視線を飛ばした。
ニーミスとグロウが現れ、グロウは睦の方に寄っていく。
「五世界だけだよ? 問題ないでしょ?」
「死の女神が死んでいるのを忘れるなよ」
「混ぜるために仮継ぎしたんでしょ? てかそもそもヴァイオレットが各世界に散りばめた時点でそれ決定してたじゃん。私何も厄介なことしてないよね?」
「参界と參支国は予定外だが?」
「それはまぁー…………ちょっとした誤算?」
ニーミスに殴られた佚世は頭を押さえ、佚世を心配する睦は佚世を気にしながらもグロウの執着に嫌気が差す。ほんっとにどっかで野垂れ死んどいてほしい。
「そもそもヴァイオレットのせいでしょ。死から抜けた参界者もっかい殺すとかアホじゃないの?」
「いやそれは……」
この執着女神が睦に会うために物語を歪めた結果であって。
二人で睦に殴られている女神に視線を向けると、それに気付いた執着女神は睦を押さえて髪を払い腕を組むと、平均よりない胸を張った。
「神が力を使って何が悪い!」
「力を持つべき思想の人間じゃないからヴァイオレットはこれを本界出入り禁止にした」
「自己中心的すぎるよね。信じられないほど」
「重要なところで役に立たないくせに」
「あーそれ今関係ないだろう!? 私にもできないことはあるんだが!?」
「できないことしかないだろう」
「その畜生女神を溺愛してるシスコンもどうかと思うけどなッ!」
佚世はうるさいニーミスとグロウを教会から叩き出した。
席に戻ろうと踵を返した途端、いつの間にか背後にいた小雨にこめかみを掴まれ、強く挟まれた。
「いでぇッ! なになになにに!?」
「なににて」
「お話聞きましょうか、神様」
「いだぁいッ!」




