29.メンタル崩壊寸前
廃教会にやってきて、ついてきた娘たちはその少し不気味な雰囲気に怯えた。
「子離れしなよ、管理人」
「まだじゃないッ!?」
「なんで二人連れてきたんですか?」
「現在母親がいなくてね」
「あー、離婚したんだっけ」
「してないよッ子供の前でそういう冗談やめて!?」
「まいいです。陽泰、やっといて」
「佚世さん睦さんは?」
「今は会えないよ。恋弥君ともね」
佚世は階段を上がっていき、佚世の冷たいあしらいに、俰盤は管理人を見上げた。管理人は苦笑いをする。
「もうちょっと待っとこうね」
「うん……」
「ちなみに昨日時間をズラしたので今日は調整のために起きません」
「今日で済めばいいねぇ!」
「………………頑張りましょう」
睦の頭を膝に置き、根元から完全に真っ白な髪を梳く。
白髪で長髪だっていうのに一切傷んでいないのは、人脈作りと印象付けのための努力なんだろうな。前から髪乾かさない子で今もそれは変わってないようだけど、ふと見れば髪梳いてるし。
「イツ、ご飯どうする?」
「おにぎり二つください」
「フルーツは?」
「洋梨」
部屋の隅に座って脳之輔が持ってきてくれたそれを食べながら、余計に気分が沈んだ。
向かいにしゃがんだ脳之輔に頭を撫でられ、涙が滲む。
「メンタル崩壊寸前だね」
「精神科医が寝てるんですもん」
「またすぐに起きるよ。ちゃんと相談しなさい」
「……睦君が戻らなかったらどうしよう。俺が離れたせいで一番大事な時期、陽泰も含めて潰して」
「時間は潰れたかもしれないけど、三人ともイツが戻ってくるの待って頑張ってたんだよ。……ちゃんと労って、もう休んでいいって言ってあげて。恋弥君もずっと睦君守って疲れただろうし、睦君が一番の重症ではあるけど。……過去の穴を埋めることはできるからね」
何歳になっても、この豆腐メンタルは変わらない。
眠ってしまったようで、気が付くと薄暗くなっていた。
睦たちの点滴は新しいものに取り替えられて、床擦れにならないよう体勢が変えられている。
四つん這いのままそちらに寄って、二人の頭を撫でてから下に降りた。
顔を洗って、ちょっと目が腫れてるなーと鏡で確認する。せっかくのイケメンが台無しと思ったが腫れてもイケメンなので良しとするか。いや駄目だな。
アホになりつつあるのを自覚して、魔法印の上に置かれたグラスの水を飲んだ。
瞼の腫れと喉のイガイガ感と、少しだるかった体が治る。
グラスを置き、勝手に湧き上がる水を眺めていると管理人の声が聞こえてきた。
駄目だ無理だと嘆いたあとに、帝翔と貝寄の笑う声も。
二階の祈祷室でやってんだよな、たしか。食堂もとい元倉庫からは子供たちの賑やかな声が聞こえてくるし、二つにわかれてんのか。
やっぱり家族以外の他人が家の中にいるって、気が休まらないというか。
小間の中でグラスを回していると、台所からいい匂いがしてきた。
食事はバラッバラなので誰が何食ってるとか知らないけど、この音は脳之輔だ。あの人美食家なので料理も上手いしセンスもある。たまにゲテモノに挑戦しようとするけど。
そういう好奇心は必要だと思っているので、巻き込まれない限りは放置している。
今日は美味しそうだなと思って、ふらっと台所に入った。
「せんせーご飯?」
「もうちょっと待って」
「食べたら出かけてきます」
「ついでにフルーツ買ってきて」
「わかりました。スイカ買ってきます」
「ツヤツヤで黒緑はっきりのやつね」
「はい」
ご飯を食べて、出かける前に管理人たちの元に顔を出した。
陽泰が机に突っ伏している。
「おつかれさまでーす」
「佚世ッ!」
「美味しそーな匂いがする!」
「もう食べ終わりました残念」
佚世は帝翔を避け貝寄を凹ませると、ピクリともしない陽泰の後ろに行って頭を撫でた。
「大丈夫かー?」
「……頑張ってるんです」
「全然できないの?」
「実験体にお二人を使ってたんですがお二人が反発して遊ぶせいで微塵もできず」
「……なるほどね、なるほど」
「すみません。明日にはできるようになります」
「いいよ、頑張ってるでしょ」
伏せたまま頭を抱えて頷いた陽泰の背中をぽんぽんと叩くと、佚世は帝翔と貝寄を回収した。
いらないと、ポイッと外に捨てる。
そのまま一階の、スレッドの寝室を覗いた。スレッドとピステル親子、政府叔父姪が遊んでいる。
「祉夏君、疓憝ちゃん、ちょっと手伝って」
「は、はい!?」
「佚世くん俺は?」
「いらない。疓憝ちゃん、お父さんのとこ行くよ」
「俰盤は……?」
「俰盤ちゃんは頭が良すぎるから一旦待機。管理人がもうちょっと上手になったら呼んであげて」
「うん……」
「枯梨ちゃん二人見てあげて」
「あ、はい!」
「管理人のとこに。陽泰いるから」
「わかりました」
三人が出ていったので佚世も去ろうとすると、腕を掴まれた。そのままぶら下がった三十路を見下ろす。
「何?」
「飲も?」
「出かけるから無理」
「どこ行くのー!?」
「おやすみー」
こっちに帰ってから、一回も顔を出せていない場所。
扉を開けるとチリンチリンとベルが鳴り、マスターが顔を上げた。
「いらっしゃいませ」
「久しぶり」
「お久しぶりでございます。なんか縮んだ気もしますが元気そうでなによりです」
「客を煽らないで」
廃教会の三人で度々飲みに来たバー『SOLEIL』。
参界者が開き、世界の要が度々出現するバー。オーナーが参界者なので、政府もそこまで強く口を出せない。
「弱めのちょうだい」
「おや」
「見ての通り体が変わったんで機能がわかんないの。酔いたくないし」
「……睦さんは?」
「色々と巻き込まれて今動けないの。……ちゃんと会って話してるよ」
「それならよかった」
マスターがお得意のオリジナルカクテルを作ってくれて、久しぶりのアルコールが体に染み渡る。いやアルコールは毎日のように扱ってたんだけどね。
「……火事の真相は、皆さんには話されましたか」
「まだ。もういいかなと思って。睦君も恋弥も、陽泰もなんとなくわかってるみたいだし」
「トワイライトには戻らないんですね」
「悩んでたのは子供たちの関係に壁ができそうなのが懸念だったからだよ。……三人とも仲良さそうでしょ?」
「とても。陽泰さんも睦さんを頼れているようですし、睦さんはお二人のことを気にかけているようですし。恋弥さんは根っからの兄貴肌なんでしょうね」
「早く三人にとってのいい環境を作ってあげたいんだけど」
「……六年前に戻そうとはしないでくださいね。六年間で、あなたの代わりに三人の成長を見守ってきた一人としての言葉ですが……六年間で、御三方はあなたが囲いきれないほどに成長されましたよ」
佚世がカウンターに突っ伏し、突然のことに少し驚いた。
「……子供たちの成長、見たかったな」
「親ですねぇ」




