25.失神
メールで管理人とやり取りしている間に、佚世と脳之輔が屋根裏に睦と恋弥の寝床を作ってくれた。
響皐月は一緒の部屋がいいと駄々をこねたが、これ以上睦に気を張らせるわけにはいかないし恋弥と睦を離すと恋弥のおしゃべりが止まらなさそうなので。
「よし」
「そういえばイツ君、睦君に外套借りてたけど」
「刺繍入れてるんです。守れるように」
「あぁ、言ってた完成品?」
「そう、サイズ変わるやつ」
「あんまり無理しないようにね」
「大丈夫です。無理できない体になったので」
「てことは前は無理してたんだね。二度と手術台には乗らないって約束したのに」
佚世はほぼ階段を滑り落ちながら一階に行き、睦が座っている台まで走り滑って止まると、睦を盾にした。
睦はそれに見向きもせず佚世を脳之輔に突き出し、脳之輔は佚世のなかなかに柔らかい頬を引きちぎらんばかりに引っ張る。佚世は半泣き。
「お前……ちょっとは躊躇えよ……」
「わりとよくあるからさ」
「管理人どんな感じだ?」
「やり方さえわかるなら協力してくれるって」
「行くのは五人か、まぁ小雨は抜きにして。その間俺ら待機?」
「かなぁ。佚世さんふざけてないで考えてください」
「睦君冷たいよ?」
「あったかくします?」
「いらない」
佚世は睦が広げた腕をペッと弾くと、睦の後ろに立って睦の頭に腕を置いた。
「まー管理人の場所には行けないとして。すぐに起きて合流できるならどっかで合流して潰しに行きたいんだけど……」
そこ不確定だからなーと悩んでいると、突然睦のHgが消えた。それと同時に恋弥が失神する。時間はまだなのに。
佚世とともに帝翔が恋弥を支え、ギョッとした。
「睦!」
陽泰の声でハッとし睦を見下ろすと、睦は首を押さえてうずくまっている。
「先生麻酔早く」
筋力が変わったせいで体重がわからない。まいいや、昏睡状態で魂が無事なら覚醒は容易。だ、が。
自殺した時の傷だろう。押さえていた首に大きな亀裂の傷跡できて、それが左手首にも浮かんだ。
恋弥は、顔面含む左半身を覆うようにその傷跡と、首の一部が青紫に変色して。
「ミヤは?」
「……特に」
「猫又か」
何もないならいい。
局所麻酔で首と手首の感覚を麻痺させてから、脳之に頼んで体重を測ってもらう。かっる。びっくり、軽すぎるだろこの子。
「睦君軽くない?」
「びっくりした」
「六年前とほとんど変わってない。太らせましょう」
「だね」
んなことを言いながら睦に麻酔を入れていると、恋弥が起きたらしい。
声が出ないまま台から落ちて、床にうずくまる。
「恋弥腕出して。恋弥」
「イツ固定して」
「恋弥ッ……!」
馬鹿力すぎる。佚世はともかく、脳之輔が引っ張ってもうずくまって動かない。
「誰か手伝って!」
たぶん恋弥並に馬鹿力の陽泰と小雨が恋弥を掴んで、佚世はほぼ無理やり腕に麻酔を刺した。
本来なら数秒、長くて三十秒ももたないはずなのに、二分ほど硬直したあと、たぶん激痛でなんだろうな。失神した。
「……イツ、麻酔追加。効いてない」
「吸入に変えます」
台に乗せ、麻酔を吸わせるために呼吸マスクを当てた。
本来の2.5倍量吸わせると、ようやく鎮痛に効果があったのかふっと体の力が抜ける。
そのままバイタルを測って、口に呼吸確保の管を。固定してから、生命維持装置を付けた。全身麻酔では必須。
睦の方も色々測るが。
「……血圧低下で酸素濃度落ちてます」
「薬」
「はい」
血圧を上げる薬を入れ、酸素マスクを当てると、こっちはすぐに安定した。
恋弥は、まだ毒耐性が抜けてないんだな。
「……バイタル安定しました」
「こっちも問題なさそう。時間が切れたら元に戻ってくれたらいいんだけど」
「次起きる前に対処を考えないと」
「……なんでこうなったの?」
可能性としては、時間が経ちすぎた。本体に残っていた魂や魂の残穢が、ここに留まっている魂と共鳴し始めたせいで、体にもそれが出たというもの。
それか相手の邪魔。なにか、最悪の可能性としては、景矢だけが狙いじゃないということ。他世界に遺体を取りに行った時にどっかとどっかの世界の悪が手を組んでいたら、それは佚世の頭だけじゃ足りなくなる。それこそ睦と恋弥が必要になるのに。
「……可能性が全部不確定すぎます。最悪の場合、他世界同士が手を組んでいることも考えないと」
「どうするの」
「原因はわかってます」
佚世は立ち上がると、椅子に座った。
紙を探して、なにかを描く。
ものの数秒で描けたその魔法印を二人の額の上に置いた。
両方に置かれると同時に発動して、紙に描かれた魔法印が二人の中に吸い込まれる。
「わぉ」
その数秒後、傷跡が消えた。
「すごいねぇ」
「恋弥の麻酔外します」
「うん」
麻酔を切って、点滴を用意していると、まさかの恋弥が起きた。
もう当たり前のように自分で管を抜き、台から落ちるように降りて、過呼吸になりかけるのを陽泰が支えて背を軽く叩く。
「…………死ぬかと思ったッ……!」
「実際死にかけてたんだよ覚醒早すぎる」
悪魔じゃねぇんだからさぁ。
「立てるかい」
「はー……」
恋弥が台に座ると、茶トラがてってってっとやってきて台に飛び乗った。
恋弥が手を出すと、そこに片足を置いて首を傾げる。
「……睦は?」
「普通麻酔は三秒では切れないのでね」
「こいつも普通じゃねぇじゃん」
「自分が普通じゃないという自覚があるのは何よりだよ。でも麻酔に関しては睦君は普通だから!」
「……あと活動時間何分?」
「一時間は残ってるけど」
「じゃ絶対起きる」
「普通二時間は起きないんだけどさッ!」
「お前こいつの化け物っぷりを理解してない」
「お前に言われたかねぇよ」
佚世は点滴の中に試験管に入っていた何かを入れ、撹拌棒でくるくると混ぜた。
それから二十分もすると、睦が目を覚ます。
数分して思い切り顔をしかめ、それを確認してから呼吸確保の管を抜いた。睦はこれが死ぬほど苦手でいつも吐きかける。たまに吐く。
「おはよう」
「せめて鼻でお願いします……! げほっ……おぇ……」
「せめてとは?」
「不可抗力ですというか佚世さんの想定外のせいです」
「頬ちぎるよ」
脳之輔が佚世の頭を殴り、佚世は頭を抱えた。
睦はうつ伏せに丸まってから体を起こす。
咳が止まらずまだ気持ち悪いようなので、念の為舌圧子を使って喉を確認した。
腫れてはないが、少し炎症が見られる。
「私いない間に発作って何回ぐらい起きたの?」
「……ここ三年ぐらいは一回もなってませんでした。その前三年は初めの方は変わらない頻度で、徐々に少なくなっていって」
「ストレスだねぇ」
「悪化するんじゃないんですか?」
「ストレスに慣れたら体の防御機能は一切がほぼ停止するからね。あるとしてくしゃみと軽い発熱ぐらいじゃない? 君は異能酷使で熱が出るから微妙なラインかもしれないけど、確実に絶大なストレスで体が麻痺してたのはあるからさ」
「ゲホッ……ゲホッ!」
佚世が携帯用の薬を渡すと、睦はそれを慣れたように吸い込む。が、効くまでは少し苦しいだろうな。
「……あ、で結局作戦どうすんの?」
「私と睦君で二チームに別れて行動する。と言っても管理人の方に行く組とこっちで三人が起きてから合流する組。双方護衛は必要だけど子供たちを連れて行くわけにもいかないし、景矢君を下手に連れ回したくない。てことでスレッド含む全員二つに別れてもらう。もし待機組がすぐ起きるようなら途中合流、目覚める気配がないなら行動組は一旦帰ってくる。別れるといってもなるべく固まっといた方がいいからね」
「振り分けは?」
行動組 佚世、律、小雨、陽泰、雨豪、枯梨
待機組 睦、恋弥、ミヤ、景矢、枯梨、修茶、響皐月、脳之輔、蜃と祉夏、帝翔と貝寄
待機組のリーダーは睦、睦が寝ている間は誰か。
行動組は、まぁ好きにしたらいい。
「こんな感じ」
「なんで僕待機組なのッ!?」
「うるさいもん。管理人がなめてかかる一番の原因二人は連れて行くだけ不利だからいらない。おとなしく待っとけ」
「そんなッ……!」
「待機組のリーダー誰にする?」
倒れた帝翔を無視して睦を見ると、睦は端にいた景矢に目を向けた。
「……景矢、できるね」
「俺ですか!?」
「基本は俺が起きてからの行動だから。ただしどんな手使ってもいいからこの二人は絶対暴走させないで」
「の、脳之輔さんじゃだめなんですか……!?」
「できないことは頼まないから大丈夫だよ。俺か佚世さんの名前出したらすぐおとなしくなるから」
景矢が不安で修茶に助けを求めていると、佚世がしょぼくれている帝翔の首根っこを掴んだ。
足を払って、そのまま地面に組み伏せる。
「お前らの奇行で困ってんだから迷惑かけてる自覚しろ」
「もう癖で……」
「矯正する?」
「やめてください死んでしまう」
「……睦さんが、大丈夫って言うなら……やって、みます」
「躊躇いなく蹴り飛ばして大丈夫だからね」
「はい」
佚世は帝翔の頭を踏み付けると、にこにこ笑っている睦の頭に手を置いた。
「無理しなくていいからね」
「大丈夫です。恋弥も陽泰もいますし」
「陽泰、頼んだよ」
「……はい」




