23.●●と●●
小間に行くと、スレッドの子供たちが睦のそばに固まっていた。
佚世が中に入ると、響皐月が顔を上げた。
「佚世、睦いつ起きる?」
「夜にはまた起きるよ。……大人たちどこ行った?」
「皆出かけてった。修茶とりょーは買い物」
せめて一声かけてほしいんだけど。
膝に飛び乗ってきた茶トラ猫の頭を撫でると、茶トラは頭を振って憎たらしく鳴いた。まるで、手よりも飯をくれとでも言うように。
「はぁ……響皐月君、これの餌ってある?」
「スレッドのままだ」
「俺取りに行ってきましょうか」
「んー……君らじゃ危ないし私行くよ。誰か案内役、枯梨ちゃん手伝って」
「あ、は、はい……!」
「俺は?」
「君は景矢君守りなさい。あと猫がどっか行かないように見といて。こいつすぐ消えるから」
佚世は外套を持つと、枯梨とともにすぐに教会を出た。
やはりスレッドの知名度なのか、枯梨は街に出るや色々な人に声をかけられている。
佚世は外套にフードなので誰にもバレてないけど。
スレッドのビル内に入ると、佚世はフードを脱いだ。
「ふぅ」
「猫ちゃんの餌、二階で……」
「睦君の部屋も聞いていい?」
「はい」
枯梨に猫の餌を頼んで、その間に佚世は睦の部屋に入る。
「おじゃましまーすごめんねー睦君」
口だけ申し訳なく言って、躊躇うことなく中に入る。
ほんとに、プライベートを潰して仕事に費やしていたんだろうな。
棚には仕事関係であろうファイルから、壁には依頼の詳細や殴り書きのメモ、小雨からの仕事の手紙が貼られて、ベッドのそばにある机には各世界の言葉の翻訳がずらりと。
子供たちに勉強を教えるためかこちらの教科書や辞書も、大量の紙やノートも。
これはストレスかかって当たり前だ。
睦の部屋ってここだけなのだろうか。これしかないなら、息抜ける場所なんて滅多に会わないらしい脳之輔のそばだけ。
書類やファイルを見るだけでも、下手したら過労死しててもおかしくない仕事量だが。
明らかおかしいだろう。たった七人で、しかも内三人は今年、三人は去年の後半。入ったばかりだと言う。
設立してから今年で六年目。四年間五年間、全部一人でこなして来たのか。この量を。
いくらここ二年は仕事量が減っているとはいえ、社員が増えて挙句子供たちのケアに勉強、教育に、人が増えたんだから事務仕事も増えるだろうに。件数で言えば減っても量と質で言えば上がっているだろう。
トワイライトも、スイハも、ピステルも、政府も、絡んでる仕事はある。小雨は仕事から頻繁に、律も帝翔も、いくら自分が遠い場所で違う組織と言えど執拗に構っていたんだろう。何故誰も止めなかった。
一人でできていい量じゃない。
単純計算して、一日二十件近いのに。
恋弥が支えてたって、陽泰もいたからって。二人はトワイライトの幹部だ。ずっと一緒にいれるわけがない。仕事に関われるはずがない。一緒にいるところを見られて、いいわけがない。
あの二人が睦にずっとくっ付いて、睦が正しいと信じる癖があるのは、あの三人が異常性に気付かないというのは佚世のそばにいた時に知っていただろう。睦が無理をして、リミッターを外せる子だというのも知っていただろう。教えて、助けてやってと、何回も頼んだのに。
子供が無茶をするのを、止めるのが大人の役目だろう。
無茶しかしないあの三人を、金の世代と呼ばれたあいつらが見ていてくれると言うから佚世は行ったのに。
子供たちを心配する必要がないと思ったから、六年間も留守にしたのに。
腹の底から込み上げる怒りと憎悪と、教会内で眠る子供たちを思い出して心配と恐怖が、ぐちゃぐちゃに混ざって、腸が煮えくり返って、どうしようもない感情が内臓を喰い荒らす。
こういう時に冷静になる方法。違う、これは冷静になっちゃ駄目なやつ。いくら帰ってきたと言えど、子供たちの六年間が戻ってくるわけじゃない。
陽泰はまだ十八だ。人格が形成される時期から、価値観が刷り込まれる一番大人が見るべき時期に。
睦も恋弥も、拾って育てた人間が頼った人間がクソも頼りにならない。睦は来て二年で、全く知らない世界の社長になった。それを支えなければいけない、最年長としての責任感が強い恋弥はどれだけ苦労し悩み苦しんだか。
最悪だ。離れた利が一つもない。師だから、師だったから助けに行ったのに。
行って帰ってきた代償は二十二年間が水の泡に消え、育てた子供たちは大人に使い潰され、ほぼ自我が潰れたような状態。
死んでなかったのがほぼ奇跡。
もっと考えて判断するべきだった。人を信用しすぎた。信用を知ったから、道を踏み違えた。
自分の判断を信用するじゃなかった。
スレッドの大人二人が帰ってきたあと、結局金の世代四人が帰ってきたのは夕方だった。
ずっと待っていた蜃が小雨に飛び付く。前に、佚世が小雨の胸ぐらを掴んだ。
「え」
「ちょっと話がある」
「はい……!?」
「二人も」
「なぁに……?」
「どうしたの佚世……?」
「佚世俺はー?」
「お前は子供の相手でもしといて」
「はーい!」
貝寄ははなから頼りにしてない。
四人がいなくなってしまったので、蜃と祉夏は貝寄を見上げた。
「佚世さん、どうしたんですか……?」
「作戦会議じゃない?」
「すごく怒ってるように見えましたが……」
「……あいつはいつも怖いから特に問題なし! 蜃ちゃんいつも描いてる絵見せて〜」
「え、と、はい……? 取って、きます……」
キャットフードを手に乗せ、茶トラ猫に食べさせる。
「お前はいっつも元気やなぁ」
「枯梨、睦いつ起きる?」
「そろそろじゃない? 昨日と同じぐらいだったら」
「早く起きないかなー!」
そんな響皐月の声が届いたのか、睦はそれから十分も経たないうちに目を覚ました。
響皐月が覗き込むと、睦は響皐月の頭を撫でる。
「おはよう!」
「おはよ。元気だねぇ」
「睦だいじょーぶ?」
「うん。……起きていい?」
起きて周囲を見回すが、佚世や大人たちがいない。貝寄と子供たちの声はするんだけども。
「景矢、佚世さんたちは?」
「小雨さんたちが昼間出かけてて、帰ってきてすぐに佚世さんが話があるって二階? に……」
「ずいぶん怒ってたようだし睦君のことだと思うよぅ」
「脳之輔さん。おはようございます」
「おはよう。気分どう?」
「特に変わりはないです。……体はバキバキですけど」
「あはは。少し伸ばしなさい」
睦のことで怒るって、なんだろうか。なんかやらかしたかな。でも俺のせいなら叩き起されて叱られそうだし。被害者の事情聴取とか。なんだろう、パワハラ的な感じかな。怖い。怒られたらどうしよう。
体を伸ばして、身支度をしているうちに恋弥も目を覚ましたらしい。腹減ったと元気な声が聞こえてきた。
小間から出てきた恋弥は桃を丸かじりしていて、それをペロッと食べ終わると軽く体を伸ばした。
「方向決まったかな」
「なんかなぁ、今四人で話してる」
「会議?」
「俺のことだろうと」
「怒られんじゃねぇの」
「怖い……!」
「いざとなったら俺逃げよ」
「卑怯者! 見捨ててんじゃねぇ!」
「俺なんにもしてないしー」
二人が寝起きから元気に口喧嘩していると、陽泰がやってきた。
「お、来た」
「おつかれー」
「恋弥さんの声外まで聞こえてますよ」
「なんで俺だけ」
「声がでけぇからだろ」
「お前だってでけぇだろうが!」
「ほーらすぐそーやって怒鳴る怒鳴る。あーうるせぇ」
恋弥がギャーギャー叫んで、睦は耳を塞ぐ。
そういえば女神姉妹はどこに行ったんだろうか。まいいや。
恋弥を落ち着けようとしてパワハラに遭っている陽泰を助け、恋弥を落ち着かせようとしていると、階段の方から足音が聞こえた。
三人でビクッと震え、睦は即座恋弥と陽泰を盾にする。
結局は怒られそうで怖い恋弥と、根っから佚世が怖い陽泰は睦と小声で喧嘩して、三人でそばにいた貝寄を立たせると貝寄を盾にした。
「えなになに」
「何故私警戒されてるの?」
「お、お話、終わりましたか……?」
「うん? うん、終わったよ。蜃ちゃんと祉夏君は行っていいよー」
「な、なんの、お話を……」
「君たちのこと」
三人の心臓がきゅっと締まり、近付いてくる佚世に怯え、貝寄の背を掴むと少しあとずさった。
佚世は目を丸くし、また近付くが、三人はまた下がる。
「……先生!? 先生三人に何吹き込んだのッ!?」
「何も言ってないよ。君ら元気だねぇ……」
「じゃなんで私警戒されてるのッ!」
「知らないよ。イツがいつも怖いからでしょ?」
「小心組はわかるとして恋弥はおかしいんですがッ!」
「……強いて言うなら睦君のことで怒ってたって言ったかな!」
佚世が脳之輔に手刀を落とし、脳之輔は頭を押さえた。筋力ないくせにいてぇ。
「まったく……睦君たちに怒ってるんじゃなくて三人のことで! 怒ってたんだよ」
「え、な、なぜ……なにか、しました……?」
「あいつらがね。まいいじゃない。話は終わったからさ。んなことより活動時間限られてるんだからさっさと話進めるよ」
「はい」
「…………貝寄盾にするのやめてよ」
「あやっぱ俺盾にされてんの?」
「それ使ってまで避けられてるって傷付くよ」
「おい佚世! 今の悪口ッ!」
「すみません……ちょっと怖くて」
「痛い痛い陽泰掴むな痛い」
「陽泰俺に移らないで……!」
仲良いなぁ。




