20.再会
こめかみに手をかざして、力を込める。
戻ってきて、早く。そっちに行ったら駄目なの。
脂汗が滲み、世界を創る死の女神のその力と真っ向から押し合う。これで耐えているのを褒めて欲しいぐらい、死の女神の力は強い。
数千ある世界をその力一つで、生物は生まれ育ち死ぬ。その秩序を作り上げているのだ。
一上魂の女神と言えど、五大神でもない一女神が抗えていい力じゃない。
というか、死の女神の魂が死んでいるから、これだけ抗えているだけで、本来なら10秒ももっていない気がする。
それだけ、自らの力が強い。保有者の魂でも抗えないほど、死の力は強い。
「グロウ、一度休んだ方が……」
「話しかけるな」
あぁ押し戻される。駄目、一度秩序に逆らったんなら、まだ逆らっててよ。
不安と積怒と、恐怖と焦りと。
発狂しそうなほどのストレスで目が潤み、視界が歪んだ。
早く、もっと強く。一分一秒を、時間よりも早く。
世界が歪んで、思考が停止し、ふと、自分が何をしていたかわからなくなる。
その異常に気付いた妹が、グロウの腕を掴んだ。
「グロウッ!」
「やりすぎだね。人智を超える能力酷使は脳を焼き切る」
自身のこめかみに手をかざされ、消えていた感覚が全て戻ってきた。
腰に腕が回って支えられ、その男は睦の額に手をかざした。
「睦君起きて。せっかく帰ってきたのに」
睦の魂が体に戻り、ずっと緊張で立っていた足の力が抜け、座り込む。
「グロウ……!」
「離すよ。ニーミス嬢、なんか飲ませてあげて」
「あぁ」
恋弥と、知らない女の子も魂を呼び戻す。
帰っておいで。せっかくまた会えたんだから、会って話をしよう。
目を覚ますと、上に女神が見えた。
目が合い、頭に疑問符が浮かぶ。
飛び起きると、ゴチンと音が鳴って、女神は額を押さえた。
睦もおでこなのか眉間なのかよくわからない場所を押える。痛い。
「捨て身の攻撃すぎないかい」
「ムカつく顔が………………かおォ……!?」
聞き慣れすぎて、いるのが当たり前と思っていた睦はその姿に目を丸くした。
白衣を着て椅子に座って、振り返ったその人は唖然とする睦ににこっと笑った。
「久しぶり睦君」
「佚世さんッ……!」
「成長したねぇちびっ子だったのに」
「……佚世さん縮みました?」
睦が混乱しながら、記憶にあるよりも全体的に一回り小さい佚世に声をかけると、佚世は表情を固めた。
え、いやそんなわけないだろう。たぶん睦が180まで成長したかつ六年間会わずに思い出フィルターと尊敬の念が混ざって大きくなっただけで、いやでも、おかしい。
睦は台から降りると、硬直している佚世の腕を掴んで無理やり立たせた。
佚世は死ぬ気で背伸びしたが、問答無用に足を踏まれベタ踏みになる。
「なんで縮んでるんですか!?」
「なんで足踏むのッ!?」
「ごめんなさい!」
「聞いてよ睦君ッ!」
佚世こそ半泣きで、いなくなった六年間の出来事を大まかに睦に愚痴った。
主に、クソガキ共のせいで身長も歳も戻らなかったのにそのクソガキ共に身をこにして手伝わなければならないという。
「酷くない!? 私世界初の不治の病完治を二個! 一人で! 二年間でやってきたのにッ! 貰ったものがチビになった身長と地獄みたいなストレスだよ!? 酷くない!?」
「と、とりあえず、お疲れさまです……! そんなすごいこと、えぇ、と、とにかくちょっと休みません? 疲れて、あでもこっち来てからしばらく経ってるんですよね……!」
「ずっと働きながら金貯めてたのッ! 貯金動かしたら春雨にバレるからッ!」
「言ってくれたらお金ぐらいいくらでも送ったのに……!」
「助手に金集るのは嫌ァ!」
「状況さえ知らせてくれたら俺恩返しで勝手に送りますよ! なんでそんな、ちゃんと休んでください……!」
佚世が大泣きして、台に座った睦にすんすんすがりつく。睦も、ちょっと泣きそう。
んなことをしていると、頭を押さえてのたうち回っていた女神グロウが顔を上げた。
それと同時に、ピンク髪のオッドアイの少女も入ってきた。
睦は見たことないその子に目を丸くし、その子に続いてやってきた皆は泣いている佚世に目を丸くする。
なんで、こんな集まってんだろう。
「えーと……? 佚世さん、説明を……」
「あーうん、寝てたから知らないもんね」
「はい……」
「睦君、恋弥、その女の子の死体がこっちの世界に持ってこられて魂が抜けてたんだよ。今は私が引き戻して空間断絶して、魂が本体感知しないようにはしてるけど」
「……俺がいるのは別世界ってことですか?」
「ううん、結界で覆われてるって思っといてくれたらいいよ」
「……なるほど?」
「おいそれで納得できるのか」
「睦君と先生は私がいなくなる時にいなくなる理由含め世界の仕組み全部話してるからね。睦君これ飲んで」
「はい」
睦は佚世に渡された試験管に入っている、青緑の気体とも液体とも言えないような何かをなんの躊躇いもなく飲んだ。
「まっず」
「わぁ、恋弥嫌がるな」
「甘辛いです」
「へーわからん」
睦は佚世に試験管を返しながら味の感想をなんとか伝え、それを聞きながらニーミスは小雨を見上げた。
「もしや変人か?」
「あっちは変人、こっちは変人に異常な信頼を置いてる超人です」
「変人だな。変人しかいないじゃないかここ」
「お前が言うかよ」
佚世に睨まれたニーミスは眉を寄せ、杖を突きながらグロウの方に寄った。
痛がる額の痣を消し、恋弥を覗き込む。
こっちはしばらく起きなそうだなと思って数秒後、パチッと目が開いた。
恋弥は顔を逸らして咳き込み、台から自ら落ちる。
睦がそれを支え、台に座らせた。
「……あれ俺また死んだ?」
「ギリ死んでない」
「また落ちてた」
「駄目だなぁ」
「落ちてたって何?」
「あえっと」
睦が説明しようとして振り返ると、睦がいなくなったおかげで佚世と恋弥の視線があった。
佚世は軽く手を挙げ、恋弥はしばし硬直。その間に睦が佚世に諸々を話した。
「蘇生後に自殺のトラウマか……」
「あれぇなんでこいつがいんの?」
「反応が遅いそして薄いッ!」
「え」
「帰ってきた」
「ふーん! なんで皆集まってんの?」
「死にかけたから」
「誰が」
「お前が」
「……俺また死んだん!?」
「だから死んでねぇって!」
「君ら仲良いねぇ」
「陽泰水! 喉乾いた!」
「この流れでかよ」
睦は呆れると、自分の台に座った。
恋弥が水を待っていると、茶トラ猫がやってきた。
ぽよぽよと、白いデフォルメうさぎもやってくる。
「あ白玉」
「親子揃ってネーミングセンスの塊だな」
「いえアルバムに乗っていたので」
「あぁ」
ぽよぽよまん丸胴体に長い耳がピンと立った、幅バスケットボールぐらいの楕円の白丸。
青い猫ラムネとともに母の昔のアルバムに写っていた。
「一緒にいた猫とずいぶん仲良くなったようでな」
「ちなみにその猫まだ元気ですよ」
「なッ……長生きすぎないか……?」
「一応界魔の部類ですからねぇ」
茶トラは睦の膝に座り、白玉はニーミスに抱っこされる。グロウはそれを見て至福そう。
恋弥が水を飲んで一息ついたので、佚世は睦の隣に座った。
「さてと。遊びもほどほどにして作戦を練ろうか」
「なんの? 俺イマイチわかってない」
「スモッグ説明!」
「えーっと……」
スモッグが恋弥に説明している間に、小雨と律と帝翔が小間に入った。貝寄は上でご飯中。
「順序は?」
「殺して遺体回収、返還」
「まず場所割りだね」
「えーと、あの子名前何?」
「景矢さん?」
「景矢君! ちょっとおいで」
佚世が景矢は少し不安そうにしながらやってきた。
隣にいる睦を視線で確認してから、佚世を見下ろす。
「はい……?」
「魔力感知の印どこにあるかわかる?」
「いえ……自分にどんな印が刻まれているかも、よくわかっていないので……」
「あそうなの? 確認しようか」
「え?」
「睦君も来てあげて」
「はい。……おいで景矢、大丈夫だから」
「はい……」
三人が二階に上がって行った直後、小雨が脳之輔に詰め寄った。
「なんで佚世さんが景矢さんの世界の知識を持ってるんですか……!?」
「落ち着いて落ち着いて。……イツ君、元は景矢君と同じ世界の子だから」
「は!?」
「脳之輔さんそれほんと?」
「佚世くんも参界者ってこと?」
「いやでも佚世が孤児院来たの二歳ぐらいだよ」
「なんかねぇ」
世界を超える時に縮む魔法を間違えて刻んでしまい、現在幼児を三回やっていると言っていた。
前まで別世界にいて無理やり引き伸ばしたんなら、下手したら幼児四回やってるかも。
「は……!?」
「待ってじゃ佚世何歳?」
「毎回二十歳までなってるとして八十越えてるってこと?」
「わ……」
「八十どころの話じゃないぞ」
睦たちがいなくなった台に座るニーミスが話に割り込んで、大人たちは目を丸くした。
「あいつの世界の時間軸では少なくとも千を超えている。なんなら万超えてるかも」
「えッ……!?」
「あいつも一応五大神に数えられる一人だったからな。しかも初代、私より歳上だ。私は数千を超えている」
「ヤバい人間不信が加速する」
「性癖歪められそう」
「叔父様せいへきって何?」
「覚えなくていいよ」
帝翔が混乱し、律が上機嫌に笑う。この二人は本当に対照的だ。




