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SIDE. ヨン 想望 1

 捕らえた《竜の子》は抵抗らしい抵抗を一切見せずに後をついてきた。

 従順な態度ではあるが、不意を突いて魔法を使われても厄介なため、魔法封じの魔道具を首に嵌めておいた。

 本来であれば、名を縛り、他の者と同じように言うことを聞かせるための紋を刻みたいところではあるが、彼女には別に役目がある。

 自身の駒とするのはそれからでも特に問題はなかった。


 居城に戻ると、僕を見留めた者達は皆強張った顔で道を譲り直ちに頭を下げた。

 背後にいる少女は、その光景に僅かに息を呑んだようであった。


 ここにいる者には須く紋が刻まれている。

 僕の機嫌を損なえば自分達がどうなるのか知っているが故に、彼らは少しでも関わりを持たないようにと無言で頭を下げる。

 あからさまに媚を売られるのも気にくわないが、そういう態度も正直気に入らなかった。

思わず舌打ちをすると、面白いぐらいにビクリと身体を揺らすのが見えたため、僅かに鬱憤が晴れるような心地だった。


 わざと靴音を鳴らして彼らの反応を楽しみながら横を通り抜け、そのまま薄暗い地下へと降りた。

 研究所のことを思い出すため、正直地下はあまり好きではない。

 嫌悪感に眉を寄せつつ埃っぽい廊下を進み、目的の部屋の扉を蹴り開けた。


「――ねぇ」


 物で溢れかえった部屋に呼びかけると、それらをもぞもぞと掻き分けながら、汚れた白衣を身に纏った男が姿を現わした。

 ぼさぼさに伸びた白い髪を乱雑に縛ってはいるが、その白髪も白衣と同じように所々薄汚れている。

 男はこちらを見るとへらへらと胡散臭い笑みを浮かべたが、その目は全く焦点が合っていないため、彼が身につけている眼鏡が機能しているかも怪しかった。

 近くに来ると微かに血の臭いがしたため、思わず顔を歪めた。

 白衣の汚れはよく見れば赤黒い色をしていた。


 こいつのことは特に嫌いだった。

 名前も知らないし、知ろうとも思わない。

 ただ使えるから生かして研究所から連れてきた。

 それだけだった。


「ヨン様じゃないですか! こちらに来るのは随分とお久しぶりですね。――あぁ、これはすみません。サラファから連れて来た魔道士に紋を刻んでいたのですが、少しばかり反抗的な者がいまして……。臭いますか?」

「無駄話をするつもりはない。竜の子を引き渡しに来ただけだ」


 視線で後ろを指し示すと、男はつられるように背後の少女へと目を向けた。

 少女の髪が黒色だったため、ぱっと見では《竜の子》だと分からなかったようだが、彼女の瞳が紫色であることをを見留めた時、男の表情が変わった。


「っ、竜の、子、本物の……?」


 歓喜の滲む声色で男は少女ににじり寄った。


「この子を、私にくださる、と?」

「魔力強化ができるようなら、また教えて。ただ、用が終わったら紋を刻んで返してね。死んじゃうようなら諦めるけど」

「っ勿論ですとも、お約束します! あぁ、ありがとうございます!」


 男は感極まったように深々と礼をすると、次いでぎらぎらとした目で少女を見つめた。

 その視線に少女は僅かに後退った。


 男の異常な言動故か、ここに来て初めて抵抗を見せた少女は、胸の前で固く両手を握りながら不安げに瞳を揺らしていた。

 男は安心させるように笑みを浮かべたようだが、やはりそれはどうにも胡散臭い。


「お嬢さん、どうか怯えないで。私はこれでも名のある研究者だったのです。お嬢さんの可能性を引き出すことが出来るのは、この世界でただ一人私だけなのですよ。――どうでしょう、先ずは採血から如何ですか?」


 勿論だが、少女から歩み寄る様子はない。

 拒絶を示す少女と下卑た笑みを浮かべる男の攻防に興味などなく、僕はゆっくりと息を吐いた。


「……それじゃ、彼女のことは任せるから」

「分かりました。責任を持って研究させていただきます」


 味方が誰一人いないこの場所で、悲観に似た表情を浮かべる少女の姿が、ほんの少しだけ自分と重なった気がした。



 次の日、あのいけ好かない研究者が興奮した様相で僕の部屋に入り込んできた。


「っヨン様、凄いことですよ! あぁ、何から話せばいいのかっ」

「……うるさいなぁ、殺すよ」


 本気で殺意を覚えたが、男の耳にその言葉が届いている様子はなく、男は顔を赤くしたまま忙しなく手を上下に動かしていた。


「あの竜の子のことですよ! 未だかつてこんなにも有益な結果を得たことがあったでしょうか!?」

「……その結果を端的に言ってくれる?」


 興奮冷めやらぬ表情で詰め寄って来たかと思えば、男は唾を吐き散らしながら話し始めたため、僕は盛大に顔を顰めた。

 変に利用価値がある所為でまだ殺してやれないのが酷く残念だった。


「彼女の血で魔力は大幅な向上を見せました! おそらく、刺青を入れるのに近いぐらいの!」

「え?」


 その言葉には素直に驚いた。

 今までも《竜の子》の血液によって魔力の向上は見られたが、それは全て僅かにという結果であった。

 刺青を入れるぐらいとなれば、それは確かに相当な変化である。


「……ほんとに?」

「勿論、ヨン様の分も御用意致しました! これで、もっと強力な駒が作れますね! ――あぁ、血でこれだけの変化ならば、指一本分は如何ほどの増強に繋がるのでしょう!」


 恍惚とした表情で気持ちの悪い発言をする男の言葉を聞き流しながら、差し出された血液の入った小瓶を片手に思案した。

 知らない結果が出ているのならば、安易に摂取するのは控えた方が良さそうである。


「……他の奴への投与は一旦見送りで」

「何故ですか!?」

「今までにない結果なら、刺青のように副反応を考えるべきでしょ」

「それは、そうですが。……どうせ皆死んでも構わないのなら、副反応なんて気にしても仕方ないのでは?」

「は? 何で口答えするの?」


 苛々して睨み上げると、男はへらりと笑った。


「計画遂行のためにわざわざ生かしてんのに、予定外のことで死なれたりしたら困るのは分かるよね?」

「はい、分かります」

「血を飲んだのはお前だけ?」

「そうです」

「じゃあ、三日以内にお前が死ななかったら僕もこれを飲むし、他の奴に与える許可も出す」


 すぐに死なないことが証明されれば十分である。

 僕がそう告げると、男は嬉しそうに笑い、そしてわざとらしく気落ちした表情を見せた。


「研究所にあったような器具があれば、より精密な検査もできましたのに……」

「じゃあ、研究所に戻れば?」

「またまたご冗談を」


 男は何が楽しいのか可笑しそうに笑いながら部屋を出ていった。


 何もかもが気にくわなかった。


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