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68.  決戦 3

「君が先導者?」

「……」

「彼らに魔法をかけているのも君なの?」

「……」


 テイトの問いかけに、ヨンは俯き黙ったままであった。

 彼では話にならないと他の者にも同じ質問をしてみたが、彼らは怯えた目でこちらを見遣るだけで何も答えてはくれなかった。

 あまり手荒なことはしたくないのだけれどと困り果てていると、割り込むようにレンリが唇を開いた。


「……皆さんに魔法をかけている者は、おそらくここにはいません」


 驚いて目を瞠るテイトを尻目に、レンリは考えるように目を伏せた。


「もしかしたら、城の地下に残っているのかも……」

「……どうして?」

「そのような話をしていたところに偶然居合わせたのです」


 ヨンはその言葉にも否定はおろか肯定もしなかった。


 取り敢えず今はレンリの言を信じるとして、その者に魔法の解除をお願いしないことには《アノニマス》の者からも詳細は聞けないだろうと、テイトはこのままルクスリアへ向かうことを決めた。


「分かりました。それじゃあ、部隊をまとめてルクスリアに行きま――」

「――レンリ様っ!」


 シンに向けて進行の意志を伝えようとしたその瞬間、第三者の声が鼓膜を響かせた。

 声の主を確認しようと身体を反転させた時には既にナナがレンリにしがみつくところであった。

 レンリは初め驚いていたようだが、それがナナだと分かると困ったように微笑み、最終的にはあやすように彼女の背中を優しく撫でつけた。


「……終わったのか?」


 どこに潜んでいたのか、人波を掻き分けるようにしてレヒトが姿を現わした。

 レヒトは感動の再会を体現するナナを不思議そうな顔で見つめた後に、テイトとシンに視線を戻した。


「一応……」

「一応?」

「結局ルクスリアにも行かなくちゃならないらしい。だから、あんたはこの場に残って魔法を継続しておいてくれないか」


 遅れてこの場に来たレヒトは状況をよく分かっていないようであったが、シンから《アノニマス》の者を死なせないために頼むと言われると無言で頷きを返してくれた。


 レンリからも更に詳しい話を聞きたいところではあったが、今優先すべきは魔法の解除である。

 シンとルゴー隊の者を連れて、テイトはルクスリアに向けて歩き出した。

 


 ルクスリアの遺城には戦闘員と思わしき者達がまだ何人も残っていたが、彼らはどちらかというと困惑した様子であり、こちらに対する明確な敵意は感じ取れなかった。

 それでも、いつ奇襲されても可笑しくはないため警戒しながら薄暗い地下へと下りた。


 そこは血生臭い異臭で満ちていた。

 気分が悪くなり思わず顔を顰めはしたが、時間惜しさに足は動かし続けた。

 一つだけ、人の気配のする部屋があり、テイトは緊張しながらその扉に手をかけた。


「はーい、誰ですかー?」


 扉の開く音に反応したのか、中から男の声が聞こえてきたが、色々な物が高く積み上げられているためその姿は確認できなかった。


「……少し、お話いいですか?」

「お話? 少々お待ちくださいね」


 時折何かにぶつかりながらこちらに向かってくるその気配に、テイト達は警戒心を高めた。

 やがて、物と物の隙間を縫うように一人の人物が姿を現わした。


 男は白衣を身に纏ってはいるが、それは最早白とは言えないほどに汚れており、髪の毛もぼさぼさに伸びきっていた。

 白髪の割に顔は若く見えたが、その目は焦点が合っておらず、男がどこを見ているのかテイトには判断が付かなかった。


「あれ? 見ない顔な気がしますねぇ」

「僕たちは、クエレブレの者です」

「くえれぶれ? どこかで聞いたことが……」


 男は考えるようにうーんと首を傾けた。


「貴方が、ここのリーダーですか?」

「リーダー? とんでもない、リーダーはヨン様です」


 言われて、紫髪の少年の顔が思い浮かんだ。

 テイトが顔を顰めると、男が突然大きな声を出した。


「あぁ! 思い出しましたよ! クエレブレ、ヨン様の行いを妨害していた者達ですね!」


 思い出したという割に男に困ったような素振りは見えず、ただ只管思い出してすっきりしたというような顔で頷いていた。

 気味の悪い男の様子に、テイトはとっとと話を終わらせようと口を開いた。


「貴方が、皆に魔法をかけて無理矢理従わせていたと聞きました」

「私が? それは誤解です。ヨン様に従順な兵士がほしいと言われたので、私は飽くまでお手伝いをしたまでのことです」

「……その魔法を今すぐ解除してください」


 刹那、男は大袈裟に驚いて見せた。


「えぇ!? 何故ですか?」

「戦いは僕たちの勝ちです。貴方達のリーダーも、今は僕たちの手中にいます」

「ヨン様が、負けた?」

「そうです」


 テイトが頷くと、男はこれでもかと目を見開いて見せた。

 しかし、その顔は次第に笑顔に変わり、終には声を上げて笑い始めた。


「ははっなるほどなるほど。まぁ確かに、ヨン様は刺青の所為か子供らしい方でしたから、大人対子供では負けるのも時間の問題でしたしね」


 男は不気味な笑い声をひとしきり上げたかと思うと、窺うようにテイトを見遣った。


「私も、ヨン様に脅されて協力していただけに過ぎないのです。温情は、勿論頂けますよね?」

「……それは、話を聞いてからの判断になります」

「解除、してほしいんですよね?」


 嫌な笑みを浮かべる男に、テイトは不快感がこみ上げてくるのが分かった。

 堪えるように拳を握っていると、後ろからシンの声が聞こえてきた。


「あんたに解除する気が無いのなら、別の方法をとるまでだ」


 別の方法と聞いて、テイトの脳裏にはルゥの姿が思い浮かんだ。

 解除の方法が分からないからと死を選んだ、小さな少年の姿が。


 テイトが奥歯を噛み締めていると、男が大きく目を見開いたのが見えた。


「……リツキ、君」


 男はフラフラとシンの前まで歩み寄ったかと思うと、突然怒気を含んだ表情でシンに手を伸ばした。

 ルゴーがすんでの所で羽交い締めにしたが、男は尚も暴れるようにもがいた。


「君がっ、私の研究を盗んだ所為でっ私はっ……私の№7を返せ!」

「……なるほど、魔法創造の奴だったのか」

「私は、ずっと君を恨んでいた! №4の暴走も、元を正せば君の所為だっ! 君が招いたことだっ!」


 その叫びに呼応するかのように、男の周囲にはビリビリとした雷のようなものが漂い始めた。

 肌を刺す感覚にルゴーが警戒するように距離を取ると、その隙に男がシンに詰め寄った。


「――ああ、思い出した」


 ゾクリとするほど冷たい声だった。

 発せられたのはシンからであった。

 その瞬間、男の口から下が一瞬で氷漬けになったのが見えた。


「狂ってるって、前に言った気がする。変わってないね、あんた」


 男は口元まで覆われている所為か、鼻息を荒くして目をギョロギョロと移動させることしかできないようであった。


「あんたには聞きたいこともある。素直に解除してくれたら有難いけど……そうじゃない時は、仕方ないよな」


 シンが口の端を吊り上げるのを見て、テイトは仲間ながら思わず身体を震わしてしまった。



 話をつけてラキド達の所に戻ると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。

 揉め事かと思って走り寄ったその先にアニールの姿を見留め、テイトは目を瞬いた。


「――ご無事でっ、本当にっ本当に、」


 アニールはレンリの姿に感極まった様子で言葉を詰まらせていた。

 俯いているため彼の表情はよく見えないが、震える声から涙していることは分かり、レンリも対応に困っているようであった。


「アニールにも心配をかけたようで、申し訳ございません」

「っ何を仰る! 元はと言えば、兄上が……」


 アニールは口を噤み、暗い表情を見せた。

 言いかけた言葉から、シンの言っていたことが真実であったことを確信し、彼の心境を推し量りながらテイトもアニールの傍に寄った。


「……アニールさん」

「っテイト殿! 私も行きますと言ったのに置いていくなんて、あんまりではありませんか!?」

「え?」


 テイトを見るなり普段の調子に戻ったアニールの言葉を聞き、そんなこと聞いていないと思わずシンに目を移すと、シンはあぁと相槌を打った。


「あんたを待ってる時間が惜しかったんだ。でも、思ったより早く着いたんだな」

「御使い様の危機に私がもたつくとでも思ったのですか? 心外です!」

「どっちにしろ、今回の作戦では魔道士は役立たずだ。あんたはどう見ても肉体派じゃないだろ」


 アニールはジト目でシンとテイトを睨んだ後に、ふぅと息を吐いた。


「まぁ、レンリ様を無事救出できているみたいですし、これ以上はもう何も言いませんが……」

「だが、丁度いいところに来てくれた」


 面倒ごとの気配を察知したのか、アニールはピクリと反応を見せた。


「アノニマスにいた奴らの輸送を手伝ってほしい。場合によっては保護も」


 アニールは片眉を動かした後に、大きく溜息を吐いた。


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