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66.  決戦 1

 ルクスリアに向けての旅路は、思いの外順調であった。


 相手にこちらの行動を悟られぬよう、いつも通り守りの部隊を拠点に残しつつ、地方にも数部隊派遣させて既に五日経とうとしているが、今のところ仲間達から異常があったとの連絡はない。

 そのことに安堵の息を吐きながら、テイトはレヒトとの交流を試みていた。


 レヒトは何を言われても殆ど表情を動かすことがないため、テイトは未だに彼の人となりを掴むことができていなかった。

 協力してくれていることから冷たい人ではないのは確かなのだろうが、如何せんこちらに興味がないのか、これまでに彼から話しかけられることは一度もなかった。


「――あの、レヒトさん」

「なに?」

「どうして協力してくれる気になったんですか? その、ヒカリさんに言われたからですか?」

「別に、戦争には協力できないってだけで、それ以外ならまぁ助けてあげないこともないかなって」

「僕らは戦争をしているつもりはありません」

「じゃあ、誰の命も奪ってない?」

「それは……」


 直球の質問にテイトは言い淀んだ。

 奪いたくないとは常々思っている。

 しかし、手加減する余裕すらないのに、それは到底無理なことであった。


「責めてるわけじゃないけど、俺には人を殺す覚悟なんてないから」


 それはテイトだって同じ事である。

 不自然に視線を逸らすテイトに気付いたのか、レヒトは無感情の声のままで続けた。


「人殺しは躊躇うけど、人助けなら協力しやすいだろ。手を貸そうと思った理由はそれだけ」

「……人殺しなんて、そんな」

「言葉が悪かった。でも、殺さなきゃいけない時もあるんだろ?」


 否定はできなかった。

 それが、悔しかった。


 仲間達は皆、これ以上大切なものを奪われないように、そして、守るために戦っている。

 それを人殺しと称されるのは悲しくて、だけど直接的にも間接的にも人を殺しているのは事実で、そうではないと胸を張って言えないことが酷く辛かった。


「ところで、捕まってる奴が無事なことは間違いないわけ? 無駄足にはならない?」


 悪くなった空気に気を遣ったのかは分からないが、初めて彼から話しかけられたことにテイトは大袈裟に反応してしまった。


「え、と……シンさんが、殺すつもりなら攫ってないだろうって」

「それもそっか」


 テイトは正直シンの言に半信半疑であったが、レヒトが殊の外すんなりと納得したため、思わず弾かれるように彼を見遣った。

 レヒトは怪訝そうな顔つきで顎に手を置くと、僅かに目を細めた。


「でも、なんで攫ったんだ? 人質にでもする気か?」

「……シンさんは、竜の子だからって言ってました」

「竜の子だから?」


 レヒトは自身の耳を疑うように眉根を寄せた。

 テイトもシンから研究所の話を聞いていなければ、おそらく彼と同じ反応をしたに違いない。

 研究所の詳細を伝えていいのか分からず、また、説明するだけの情報も持ち合わせていないため、テイトはそれ以上の説明を省くことにした。


「或いは、レンリさんの魔法が強力だったことも関係しているのかも知れません。アノニマスは魔道士達に街を襲うことを強制している疑いがあって、もしかしたら、その戦闘要員に加えたいのかも……」


 言いながら、テイトはこちらの考えの方が腑に落ちる気がした。

 《アノニマス》はレンリが攻撃の魔法を使えないことを知らない。

 どんな攻撃も無効化できるほどの実力があるならば、攻撃魔法も一通り扱えると考えて手の内に加えたいと思ってしまったとしても何ら可笑しいことはない。


「強い魔道士なら、どうして撃退できなかったんだ?」

「色々とタイミング悪かったんです。それに、レンリさんの魔法は特殊ですから」

「特殊?」


 グイグイと問いかけられ、テイトはどこまでこちらの情報を提供すべきか迷った。

 今作戦においてのみではあるけれど、レヒトは協力者だ。

 できるだけ多くのことを共有したいが、作戦に関係ないことまで伝えていいのか。

 テイトは悩みながら、言葉を選ぶようにゆっくりと切り出した。


「えーっと、レンリさんの魔法は防衛特化と言いますか、相手の攻撃を防ぐ魔法しか使えないんです」


 その言葉に、レヒトの眉間の皺が深くなるのが分かった。


「使えない? 使わないんじゃなくて?」

「うーん、僕からは何とも」


 レンリの様子を見るに使えないというのが正しそうだが、彼女の記憶がない以上それも確実ではない。

 シンの指導を受けて色々な魔法を試そうとしていた時期もあったが、結局他の魔法が発動することは一度たりともなかった。


「それって可笑しくないか?」

「……僕にもそれ以上は。よければ、シンさんに聞いてみてください」


 シンはレンリのこの偏った魔法を研究所が関係しているのではと話していたが、結局はそれも憶測の域を出ない。

 彼女の記憶がないことは仲間にも秘密にしているため、無闇矢鱈に話す訳にもいかず、テイトは投げるようにシンの名前を口にした。


 レヒトはレンリのことを怪しがっている様子であった。


「リーダーなのに、それでいいのか?」


 相変わらずの無表情に戻ってしまったが、その声音からは憂慮が伝わってきた。

 それは、シンに匙を投げたことによる呆れと言うよりは、素性不明の者を仲間に加えている《クエレブレ》のことを案じるようなものであった。


「レンリさんは優しい人で、僕が無理矢理巻き込んでしまったようなものなんです。だから、絶対に助けたいんです」


 テイトの言葉をどう捉えたのか、レヒトがそれ以上問い質すことはなかった。


「あ! 勿論、レヒトさんも怪我一つなく帰れるように、僕が出来得る限りのことはしますから!」

「そりゃ、お気遣いどうも」


 レヒトの力が如何程かは分からないが、シンの彼に対する信用具合から推測するに、その魔法は相当なものなのだろう。

 テイトの手助けなど必要ない可能性は十分にあるが、それでも自分の意志はしっかりと伝えておきたかった。


「――レヒト」


 真剣な顔をしたシンが近付いてきたため、テイトは無意識に表情を引き締めた。


「テイトもいたか。丁度いい、一緒に聞いてくれ。――おそらくだが、奴らに進軍が勘付かれた」

「……それって、大丈夫なんですか?」

「位置を把握されたわけじゃないから問題は無い。ただ、ルクスリアが戦いの場になる可能性は無くなったと思っていい。そこで、どうせだから見晴らしのいい場所に奴らを誘導したい」


 シンはそう言いながら両手で本を開くような動作をして見せた。

 すると、その手の上に近辺の地理を模した縮小図が映し出された。


「俺はこっちか、もしくはこの辺りがいいと思うんだが、どう思う?」


 シンの言葉に呼応して地図が点滅を始めると、それをぼーっと眺めていたレヒトが徐に指を向けた。


「こっちだな。形は少し悪いが、進路の変更がない分混乱も少ないだろう」

「この地形でも、あんたに問題はないか?」

「お前こそ」


 シンは口の端を吊り上げた。


「その言葉が聞けたなら、このまま進むだけだ。先回りを頼めるか?」

「人使いが荒いな」


 レヒトは一つ溜息を吐くと、歩みを早めて先に進んで行ってしまった。

 その姿が見えなくなる頃に、テイトは不安を胸にシンを見遣った。


「僕たちにできることはありますか?」

「特には。ただ、奴らの拠点に着く前に戦いが始まるとだけは伝えておいてもいいかもな。後、俺が合図をするまでは集団から離れるなと」

「……分かりました」

「心配しなくていい。あんた達に有利な戦場を創り出してやるから」


 テイトとは対照的に、シンは不敵な笑みを浮かべていた。


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