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65.  前夜

 レヒトと共に拠点に戻ってきたテイト達にできることと言えば、後はアニールの連絡を待つのみであった。


 シンはある程度の確証を持ってアニールに調査を託したようだが、テイトは教団と《アノニマス》に関係があるとは到底信じられなかった。

 連絡の来ない日が続くほどに、その考えが正しいのではないかという疑念が膨らみ、胸に巣喰う不安は増していった。

 こうやって手をこまねいている間にレンリに何かあったらと思うと余計に気は急いた。

 待つだけではなく、自ら能動的に動くべきではと思い始めた頃、シンを通してようやくアニールからの連絡を受け取った。


 《アノニマス》の拠点はルクスリアである、可愛らしい小鳥はそう断言すると空気に溶けて消え去ってしまった。


 ルクスリアと言えば、テイト自身も地理に詳しい訳では無いが、確かアルゲティの近くに存在する遺跡であったはずだ。

 要するに、首都カストルの近くに位置している。

 まさか本当にそんなところに、と言うのが率直な感想であった。


テイトはすぐにでも出発したかったが、そこが敵の拠点であるのならば準備にも万全を期さなければいけないことは分かっていた。

 経路などを入念に確認し終わる頃には日が暮れてしまったため、出発は明朝となった。


 その晩、テイトは一人考え込んだ。


 敵の拠点に攻め入ると言うことは、もしかしたらこれは自分たちにとって最後の戦いになるのかも知れない。

 強力な魔法を扱う相手に、果たして自分たちは勝利することができるのだろうか。


 こちらで魔道士として戦うことができるのは今現在シンとナナと、そして、今回協力してくれることとなったレヒトのみである。

 レヒトは純血だとシンは言っていたが、その実力は未知数だ。

 現段階ではどこまで期待していいものかも分からない。


 しかし、シンはレヒトの力を大層信頼しているようであった。

 レヒトと二人で顔を突き合わせて話をしている姿も多々見受けられ、先日テイトにもその作戦内容を共有してくれたところである。

 難しいところは省くが、シンは魔法妨害を施して相手の魔法を無効化し、こちらの有利を創り出すというのである。


 それが本当に可能ならば、確かにこちらに勝算がある。

 《アノニマス》の者達は魔法での戦いは慣れている様子だが、体術などにおいては一般人と同じと言っても過言ではないため、その作戦通りに相手から魔法を奪うことができてしまえば、こちら側が優位に立つのはほぼ間違いない。

 しかし、本当に上手くいくのだろうか。

 もし動き方を間違えれば、レンリを危険に晒してしまうのではないだろうか。

 考えれば考えるほど、テイトは怖くなった。


 休息が必要なことは分かっているが、今日はとても眠れそうになかった。

 そのため、テイトは意味もなく今日決まったことをまとめた書類を見返して過ごした。


 不意に、控えめなノック音が耳に届いた。

 夜も遅かったため聞き間違いだろうかと流しかけたが、再度鳴った音にテイトは慌てて言葉を返した。

 ゆっくりと開かれた扉から顔を覗かせたのは意外な人物であった。


「テイト様、今って少し時間を頂いても大丈夫ですの?」

「大丈夫だけど、どうしたの?」


 テイトが歩み寄ると、ナナは気まずそうに目を伏せた。


「眠れないので、お話がしたくて……」


 ナナにも自分と同じ不安があるのだろう、とテイトは優しく頷いた。


「構わないよ」


 そう返事をした後で、でも話し相手は本当に自分でいいのだろうか、と一つの疑問が浮かんだ。

 ナナにとって親しい人物と言えば、シンやレンリだとテイトは記憶していた。

 シンじゃなくていいのかと尋ねようとしたところで、一足先にナナが部屋の中に入り込んだ。


「ありがとう存じますわ!」


 扉が完全に閉まったところで、テイトは焦りを覚えた。

 夜に自室で女性と二人きりというのは、果たして如何なものか。

 頬を僅かに染めて口の開閉を繰り返すテイトに気付いた様子もなく、ナナは軽快な足取りで踏み入ると部屋の中央にあるソファへと腰かけた。


「さぁ、テイト様も座ってくださいませ」

「え、あ、うん」


 ナナが気にしていないのならいいのだろうか、とテイトは腑に落ちないまま促されるに従ってそろそろと足を動かした。

居心地の悪さに身を縮こまらせながらも、少しの沈黙すら落ち着かずテイトは衝動的に口を開いた。


「え、と、話し相手って、僕で良かったの?」

 シンさんじゃなくてと続けると、ナナは困ったように視線を逸らしつつ所在なさげに垂れた髪を耳にかけた。


「……テイト様にしか、話せないことですわ」

「え?」


 テイトは思わずまじまじとナナを見つめた。

 ナナは常にシンやレンリの傍にいたため、二人を交えて話すことはあっても、テイトが彼女と二人きりで話すことは殆どなかった。

 だからこそ、そんなナナに頼られるのは予想外のことであった。


「ここ最近一人で過ごしている所為か、色々と考えてしまうのですわ。――……いいえ、シン様やレンリ様が傍にいても、漠然とした不安はありましたの。だから、テイト様の意見を聞いてみたくて」


 ナナは言いづらそうに暫く視線を彷徨わせたが、やがて意を決したように真っ直ぐにテイトを見つめた。


「テイト様は、人よりも早く月日が過ぎてしまうことについて、どう思っていますの?」


 思いがけない問いかけに、テイトは目を瞬かせた。


「どうって……考えたこと、なかったかも」

「そう、ですの」


 ナナはどこか寂しそうに目を伏せた。

 そのため、それがナナの求める答えではなかったことに気が付いた。


「えっと、戦うことに必死で考える余裕がなくて、でも、そうだなぁ……えーと」


 慌てて取り繕ってみたが、考えたことがない事象を言葉にするのは難しく、テイトはしどろもどろになるしかなかった。


「あたしは、寂しいのですわ」


 ナナが俯いたままぽつりと言葉を漏らした。


「自分よりも年上だった人達が皆、あたしよりも年下になることは、とても……」


 テイトはそこで初めて、ナナが初めて会った時よりも大人びた表情をしていることに気が付いた。

 ナナも、自分と同じように人よりも速く成長する存在なのだと知り、テイトは言葉を失った。


「シン様も、そしてきっとレンリ様も、あたしと同じ時間を生きてはくれないのですわ」

 それが寂しい、とナナは静かに言葉を紡いだ。


「……でもそれは、二人にとっても同じことなんじゃないかな」

「分かっていますわ! 二人を置いて成長しているのはあたしですけれど、でもお二人と違うことで、まるで置いて行かれているような気持ちになるのですわ!」


 慟哭のように吐き出された言葉。

 それは、テイトにも少し分かるような気がした。


「あたしはもうじきシン様と同い年となり、そして、あっという間に抜かしていってしまう。姉のように思っているレンリ様も、いずれあたしよりも年下になる。あたしは、同じ時間を生きたいのに……」


(――置いていく方も、置いて行かれる方も辛い、か)


 ステラが自分に告げた言葉を思い出しながら、ナナが何故話し相手に自分を選んだのか、テイトはなんとなく分かった気がした。

 年を重ねるのに時間がかかる者には決して理解されない悩みだからこそ、ナナと同じように成長するテイトならば共感してくれると思ったのであろう。

 親しい者を置いて成長してしまうことに孤独を感じる者同士、慰め合いたかったのだろう。


「……そうだね、確かに寂しい」


 今までは先のことを考える余裕なんてなかった。

 でもいざ立ち止まって考えてみると、それは確かに寂しいことなのかも知れない。

 自分は他者よりも早く成長し、他者よりも速く生を終える。

 家族を失った自分はそれでも構わないと思っていた節もあるけれど、しかし、ふと考えた時に思い浮かぶ顔が沢山あることが嬉しくもあり悲しくもあった。


「ナナは、一年でどれだけ年をとるの?」

「……三つですわ」

「それなら、全く同じ時間を生きられるわけではないけど、でも、僕だったら一緒に年をとることはできるよ」

 僕だけじゃ心細いかなと苦笑しながら告げると、ナナは目を丸くしてテイトを見つめた。


 その真っ赤な瞳から、一筋だけ雫が零れたのが見えた。


 一年で五年分の時間が経過してしまうテイトにとっては、ナナの言葉を借りれば、彼女もまた自分を置いて行く存在である。

 それでも、そのおかげでナナの寂しさが軽減されるのであれば、少しばかり他者より早く時間が過ぎ去ることもそう悪いことではないように思えた。


「僕は二人のようにナナの力にはなれないのかも知れないけど、でも、絶対にナナより年下にはならないから、だから――そんな顔しないで」


 泣いているナナをどうにか慰めたい一心で、テイトは口角を上げて笑って見せた。


 今はまだ、テイトはナナのように事態を深刻に考えることができていないのかもしれないが、この戦いが終わって一息ついた後には、いずれ彼女と同じ悩みに直面するのであろう。


「僕も、ナナがいてくれたら、きっと心強いと思うから」


 例えば全てを終えて故郷に帰った暁には、同年代だった子が皆年下になっていたりして、その事実がテイトを孤独にするのかもしれない。

 そんな時に、ナナが自分と同じように成長してくれていたら、それはとても安心できることだと思った。


「テ、テイト様っ」

「ん?」


 裏返った声が聞こえたためどうしたのかと目を合わせると、ナナは両手を自分の頬に当ててうるうると瞳を濡らしていた。

 その顔は何故か真っ赤に染まっている。


「そ、それって、まさか、プロポーズですの!?」

「え……え?」

「い、嫌ですわ! そういう話は、せめてレンリ様を救った後にしてほしいのですわ!」


 テイトが引き留める間もなく、ナナはそれだけ言うと一目散に部屋を出て行ってしまった。


(プ、プロポーズなんてした? え、いつ?)


 困惑して固まったままのテイトの右手だけが、引き留めようとした形そのままに、虚しく空を切ったのであった。


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