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【双子の夢 5】

「……今、なんて?」


 ワカが戸惑ったような顔で聞き返してきたため、僕は真っ直ぐに向き合った。

 僕と同じ真っ黒な色をしたその目と。


「魔導師団を派遣できないのなら、僕が行くと言った」

「ご冗談を、あなたはカストル公爵ですよ」

「それなら、君もカストル公爵だ。だって僕たちは双子だろう」


 言葉に詰まったワカを見て、僕は続けた。


「家を継ぐのはどっちだって良かった。ただ、刺青の差異で決められただけのこと」


 逆だった可能性だって、十分にあるのだ。

 言外にそう伝えると、ワカが顔を顰めたのが分かった。

 ほら、ワカだって同じ事を思ってる。


「――僕が中途半端にしていた書類はある程度片付けた。しばらくは師団長と兼務になって忙しい思いをさせるかもしれないけど、問題が解決すれば戻ってくる。だから、重要なもの以外は残しといてくれても構わないよ」

「何を勝手なことを!」


 ワカが両目を吊り上げて僕を睨み付けたが、全く怖くはなかった。


「僕はお飾りの公爵だ。誰も僕の意見を聞こうとはしないし、僕が何しようと目を向けることもない」

「それは、あなたが子供のようなことを仰るからです」

「そう、僕は子供だ。でも、話すだけで行動に移さないのが大人なら、正しく行動する者を面倒な者のように扱うのが大人なら、そんな大人なら、僕はならなくていい」

「それが正しく子供のようだと言っているのです!」

「だから、僕はこのままでいいんだ。僕は自分が正しいと思うことをしたい」

「だからといって、公爵自ら動くなどあり得ないことです」

「仕方ないじゃないか。子供のお願いなんて誰も聞いてはくれない」

「ですから、私はずっと貴方に、子供のような侮られる言動は慎みなさいと言ってきたではありませんか」

「大人になるワカには分からないよ」


 自嘲気味に呟いて、僕は自分の刺青を撫でた。

 この刺青を入れた時に、僕たちはもう二度と同じ時間を生きられないことが決まった。

 僕にワカの考えが分からないように、ワカにも僕の考えは決して分からないのだ。


「もう決めたことだ。本当は黙って出て行こうとも思ったけど、それは余りにも無責任だと思ったから……。取り敢えず、ワカにだけは引き継ぎもしたいし、言っとかなきゃって」


 ワカは厳しい表情で僕を見つめた。


「僕はいつになればワカと同じ考えを抱けるのかな。同じ年まで成長したらかな。そうだとしたら先は長いね。僕が十六歳になるまで、あと十年は必要だよ」

「何を」

「でも、僕が十六歳まで成長しても、ワカは更に離れていくんでしょう?」

「私は、……」


 ワカが初めて言い淀んだため驚いて目を向けると、彼女は俯き震えているようであった。


「私はお父様に、カストル公爵家を守り、ルカが立派な当主になるように助けなさいと指示されたわ。公爵家には子供しかいないと侮られないようにしなさいと」


 ワカはキッとこちらを睨んだ。

 その顔はどこか泣きそうだった。


「ルカが子供のままだから、私が大人になるしかなかったんじゃない!」

「……ワカ」

「私だけを大人にしたのは……私を一人にしたのは、ルカでしょ!」


 今までにないほど声を荒げる様子に、その瞳に宿る激情に、僕は初めてワカも苦しんでいたことを知った。

 子供扱いの僕とは反対に、周囲は彼女に大人であることを強制した。

 それが彼女にとってどれだけの負担であったのかは分からないが、無理矢理大人になった彼女にとっては、子供のままでいる僕の方が羨ましかったのだろうか。

 僕とは正反対の理由で彼女も悩んでいたのだろうか。


 でも、今更それが分かったとしても手遅れだ。

 だって、僕たちはもう同じ時間を生きられない。


「ワカ……ごめんね」

「謝るなら、一人にしないで」

「……ごめん」


 お互い苦しんでいたのに、どうして今まで気付かなかったのか。

 相談できなかったのか。

 それはやはり、二人の道が分かたれてしまったことの証明ではなかろうか。

 以前のようには戻れないことの表れなのではなかろうか。


 僕はそのことが悲しくて、悔しくて、僕たちを引き裂いた刺青を恨んだ。

 これがなければ、僕たちは今まで通り同じ時間を生きることが出来たのに。


 いや、違う。

 僕たちはそもそも一つにはなれなかったのだ。

 貴族に生まれた以上跡継ぎは一人だけで十分で、それなのに僕たちは二人で生まれてきてしまった。

 ずっと一緒にいることなんて最初から不可能だったのだ。

 刺青は、ただそのきっかけを作ったに過ぎない。


「もう、決めたことなんだ。だけど、絶対に戻ってくるって約束する。ワカを一人にはしないから」


 僕の懇願に、ワカは諦めに似た表情で緩く笑みを浮かべた。


「……もう、何を言っても無駄なのですね。私の声はあなたには届かない」

「ワカの声は届いてる。それでも、僕は自分の方法で民を救いたい」

「……出立はいつの御予定ですか?」


 目を伏せたその一瞬で表情を切り替えたワカは、事務的な口調で僕に問いかけた。

 誰かに告げ口でもするつもりなのかと身構えたが、彼女はそれを見透かしたように笑った。


「ただの質問です」

「……すぐにでも行くつもり」

「明朝に変更はできませんか?」

「え?」


 僕はその言葉の意味を推し量ろうとワカを見つめたが、彼女は澄ました顔で返事を待っているだけだった。


「……どうして?」

「それまでに魔道具を用意しましょう。離れていては御身の危険に駆け付けることが出来ませんから」


 目を瞠る僕を気にした風もなく、ワカは真面目腐った様子で続けた。


「あなたはカストル公爵です。本来であれば兵も連れずに公爵自ら戦地に赴くなど、決してあってはならないことなのです。それでも一人で行くというのであれば、せめて身を守る魔道具を身につけて貰わなければ安心できません」

「……兵も連れずにって、一人で行かざるを得ないだけなんだけど」

「怖じ気づきましたか?」

「そんなわけないよ」


 むっとして言い返すとワカが微笑んだ。


「あなたのお願いを聞くのです、私のお願いも聞いていただけますよね?」

「……分かった」


 渋々頷くとワカが更に笑みを深くしたため、思わず目を逸らしてしまった。

 僕は自分の返答が正しかったのか分からぬまま、自分の部屋へ後戻りすることとなった。


 眠気はなかった。

 故に、中途半端にしていた書類が残っていたため、明日の朝までそれを片付けながら過ごそうと考えた。

 しかし、ワカの言葉を信用して良かったのだろうかと一抹の不安が過ぎった。

 彼女は大人になり、変わってしまった。

 僕の計画を誰かにバラし、それが潰される可能性も考えた。

 それでも、僕たちは分かり合えなくなっても双子だから、信じたいと思ってしまったのだ。


 徹夜で書類と向き合いながらも、いつでも屋敷を出られるようにと、旅に必要な荷物は肌身離さず持っておくことにした。

 最低限のものだけ用意して、どこか構えながら夜を過ごしたが、幸いにもその不安が的中することはなかった。


 あたりは薄ら明るくなってきたが、まだ太陽も姿を見せないような時間に僕の部屋の扉が小さな音を立てた。

 緊張しながら扉を開けると、目の前には目を丸くしてこちらを見つめるワカの姿があった。


「もしかして、寝ていないのですか?」

「寝られるわけないじゃないか」

「子供ですね」

「なんとでも言えばいいよ」

「ふふ、冗談です」


 ワカは静かに身体を滑り込ませると、僕の前にやんわりと丸めた両手を突き出した。

 ゆっくりと手が開かれると、そこにはシンプルな作りの黒いチョーカーがあった。


「私が魔法を込めましたので、御身を守るのに役に立つかと」


 これなら男性でも身につけられるでしょうと言われて、僕は既視感を覚えた。

 ふ、とその掌からワカの首元に目をやると、似たデザインのものが身につけられていることに気が付いた。

 そういえば、いつの頃からだったかワカの首元にはそれがあった気がする。

 それがいつとは、離れていた時間が長すぎて、明確には思い出せないけれど。


「気付きましたか? 実は、お揃いです。まぁ、私のはお父様がくれたものですけれど」


 僕の視線が首元にあるのに気付き、ワカはそっと片手でそのチョーカーに触れた。


「お、揃い?」

「嫌でしたか?」

「嫌なわけない!」


 思ったよりも大きな声が出てしまい、僕は慌てて口を塞いだ。


 僕たちはずっと一緒だった。

 持ち物は全て同じものに統一されていたし、男女の違いはあれど服装だって似通ったものを着ていた。

 それも全て、刺青を入れるまでのことだったけれど。


 刺青で運命を違えてからは、僕たちは同じものなど何一つ持っていなかった。


 僕は宝物を受け取るように、丁寧にそのチョーカーを受け取り身につけた。

 ワカと同じものを僕も身につけている。

 それが、とてつもなく嬉しかった。


「ワカ、ありがとう」

「公爵家のためです、お気になさらず。それから、これを」


 ワカは僕に黒い革の手帳を差し出した。

 受け取って中を開いてみると、中は真っ白で何も書かれていなかった。


「……これは?」

「こちらにあなたの魔力を込めて頂けますか?」


 言われるままに魔力を込めてみると、手帳は二つに分裂し、ワカはその一冊を手に取った。


「一冊は持って行ってください。どんなに遠くても、この手帳に魔力を込めて文字を書けば、私たちはいつでも情報を交換することができます」


 その言葉に驚きつつも、僕はしっかりとそれを鞄の中にしまった。

 視線を感じて顔を上げるとワカは少し目を逸らした後に、僕の手をぎゅっと握った。


「遊びに行くわけではないのです。何か情報を手に入れたら定期的に報告してください」

「もちろん、分かってるよ」

「それと、他の貴族に説明するのも面倒ですので、解決しなくても半年で区切りを付けて帰ってきてください。それ以上はいくら私でも周囲に怪しまれます」

「それは……」

「私を過労死させるおつもりですか?」

「分かった、約束する」

「クエレブレは今どこにいるかは分かっているのですか?」

「ちゃんと調べたよ。アスバルドっていうところに拠点があるらしいから、先ずはそこに向かうよ」

「あと、無理はしないようにしてください」

「善処する」

「それから――」

「大丈夫、分かってる。ワカを心配させるようなことはしないよ」


 永遠と続きそうな言葉を無理矢理遮ると、ワカはジト目で僕を睨んだ。


「……行かないでいただけるのが一番なんですけれど」

「あれ? そこに戻っちゃうの?」


 僕が笑いながらワカの手を握り返すと、ワカも少しだけ握る力を強くした。


 言葉もなく、ただお互いの存在を確かめるように、しばらく手を握り合った。

 やがて、ゆっくりとワカがその手を離した。


「お気をつけて」

「うん、ありがとう」


 僕は用意していた荷物を手に持ち、目立たないようにと外套を羽織るとくるりと背を向けた。

 正門は私兵が立っているため、昔ワカと見つけた外壁の穴の場所へと向かった。

 そこは裏庭の奥まった人気のない場所にあり、僕たちが小さい頃に草木で隠したために誰にも見つからずに、今も修繕されないままの状態で残っていた。


 今の僕には少し小さく、それでもギリギリ通れる程度のそこをくぐり抜けて、夜明け前の闇に隠れるように僕はフードを目深に被って走った。

 脇目も振らず走っていたが、少しずつ不安が募ったため、僕は一度だけ振り返った。

 屋敷は随分遠くなったが、まだ視界に入るところにある。


 思えば、ワカと本当の意味で離れるのはこれが初めてのことだった。

 今までは会えなくても屋敷の中にいることは分かっていたし、仕事関係の話はすることもできた。

 それが、しばらくできなくなるのだ。


 決意が揺らぎそうになり、慌てて僕は自分の頬を叩いた。

 そして、ワカのくれたチョーカーに手を伸ばした。


 大丈夫、これがあるから僕らは繋がっていられる。

 僕は、頑張れる。


 己を奮い立たせるように心の内で告げてから、僕は止まっていた足を再度動かした。

 街の中にまばらに人影が見られるようになり、朝日が街全体を照らし始めた。


 きらきらと輝く街を見て、美しいこのカストルの街を守るためにも、僕が頑張らなければと強くそう思った。


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