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【双子の夢 3】

 僕は全てを忘れるように勉強にのめり込んだ。

 知識を詰め込んで、魔法をたくさん扱えるようになると、周囲の大人達は優秀だと褒めてくれた。

 しかし、それはやはり大人が子供に言うそれであった。

 僕がどんなに大人に近付く努力をしようと、その態度が変わることはなかった。


 そして、僕たちが十回目の誕生日を迎える年に、父が亡くなった。


 骨と皮だけになった父の最期の姿を見た時は無論寂しさが込み上げたが、葬式に参列するワカの大人びた姿が目に入る度に更に開いた歳の差を痛感してまた深い悲しみを覚えた。


 父の葬式が終わるや否や、休む間もなく家督の引き継ぎが行われた。

 それと時を同じくして、ワカの魔導師団への入隊が決定した。

 魔導師団とは、魔法が強い者だけで構成された国を守る兵士の集まりである。

 兵士なんて危険だ、と辞めるよう説得を試みが、入隊はそもそも父の希望だし、公爵家を継ぐ僕と比べればなんてことはないでしょう、と鼻で笑われるだけであった。


 その後、僕はカストル公爵として議会に参加するようになった。

 議会では色々なことを話していたが、僕が一番気になったのは虐殺の話題であった。


「――虐殺?」

「おや、前公爵からは聞いていませんでしたかな? 一年ほど前から各地で起こっているのですがね」

「お恥ずかしながら、初耳です。それはそうと、そんなにも前から起こっていることなのに未だに解決していないのですか?」

「それが、相手の正体が分からないのです。故に、暴動を起こす者達のことを市民達はアノニマスと呼んでいるそうですよ。最初に襲われたのは、確か……アルゲティ侯爵の土地でしたかな」

「そこを含めて、この一年で三十近くの町村が襲撃に遭っているようですな」

「私の領地では小さな村が襲われてしまい、納税される税金が若干減ってしまったのです」

「こちらもです!」


 深刻な話題であるにも関わらず、まるで思い出話をするかのような気安さで語る貴族達に、僕は疑問が浮かんだ。


「……対策は、どのようなことを?」

「直轄領に関しては、魔導師団を派遣して警備を増やしていますよ」

「それ以外の街や村は?」

「ははは、そこまで手を回すほどの人員はありませんよ。しっかりしているように見えて、閣下はまだまだ子供ですなぁ」


 馬鹿にしたような笑い声が聞こえたが、僕は社交的な笑みを崩さなかった。


「すみません、継いで日も浅いもので」

「何かあったらいつでも言ってくだされ、助けになりますよ」

「そういえば、ワカ嬢も活躍しているようですな。さすが公爵家の血だ」

「……とんでもないです」

「何を謙遜していらっしゃる。彼女の魔法はずば抜けて強いと専らの噂ですぞ。カストルの守りもより強固なものになったのでは」

「そろそろ婚期も近付いているのでしょう? 閣下も大変になりますなぁ」


 流れるように話題を変えて笑う周囲に合わせ、僕も笑った。

 議会は大したことも決めぬまま、また次回一ヶ月後にと終わりを告げた。

 なんて無駄な時間なのだろうと思った。


 カストル公爵とは名ばかりで、今の僕は完全に侮られていた。

 決定権などあってないようなものであった。

 僕が何を告げようと、子供だからまだ分かっていないで済まされる。

 民が助けを求めているのに、一年もほったらかしで一体何をやっているのだろう。


 僕は帰宅して執務室に入ると、傍に立つ執事を呼び止めた。


「ワカは帰ってる?」

「いえ、まだ帰っておられません」

「それなら、帰ったらすぐにここに来るよう伝えて」

「……理由を伺っても?」

「今日の議会の話をしたい」

「かしこまりました」

「それと、今起こっている虐殺行為に関する書類を持ってきてくれ」

「かしこまりました」


 深く頭を下げてその場を去った執事は、数分後に紙の束を持って戻ってきた。

 これが全てですと机の上に資料が置かれたため、僕は礼を告げて退出を促した。


 三日かけても見きれないような量だった。

 ここ最近は引き継ぎで忙しかったとはいえ、こんなことが起こっていることを僕は今の今まで知らなかった。

 すぐ隣町にも脅威が及んでいたというのに。

 僕は自分の無知を恥じながら、その一枚一枚に目を通した。


 その内容は本当に酷いものであった。

 謎に包まれた魔法を使う集団が村や街を襲い、金品などを奪う訳でもなく、ただ人を殺し街を壊している。

 そんなことが一年近く起こっている。

 市民からは助けて欲しいと嘆願書の提出もあったようだが、それを受けて尚、貴族は直轄領の警備にしか人員を回していないようだった。


 確かに、どの書類を見ても襲撃地にはなんの繋がりや類似点もなく、次どこが襲われるかは全く予想が付かなかった。

 悪戯に人を分散させれば、直轄領が危険に脅かされたり、被害が増える可能性は容易に考えついた。

 だけど、それでも、どうにかして助けてあげることはできないのだろうか。


 更に書類を読み進めると、《クエレブレ》と名乗る市民の集まりが襲撃地を訪れ、市民を救ったり復興を手伝っている旨の報告も上がっていた。

 しかし、所詮は市民の集まり。

 軍事経験もなければ、大きな魔力も持たない。

 彼らは問題を解決しようと動いてはいるが、その意志に結果は伴っていないようであった。

 きっとこのまま放っておけば、いずれ自然に消滅してしまうだろう。


 無駄な足掻きと分かっていて、何故彼らは戦うのか。

 簡単だ。

 貴族が誰も動かないからだ。

 強い魔力を有する者が、誰一人として協力しないからだ。

 だから彼らは、無謀と分かっていても挑むしかないのだ。


 そもそも、貴族には魔法至上主義の考えの者が多く、魔法が使えない市民を馬鹿にしている気がある。

 魔法の使えない市民がいなくなろうと、彼らにとってはそこまで大きな問題ではないのだろう。

 彼らにとって大事なのは、強い魔力を維持したまま次代に後を継ぐこと。

 だから、まだ子供であるワカにも見合い話が来るのだ。

 公爵家の強い魔力を欲して。


 《アノニマス》と戦う彼らに謝りたかった。

 助けたいと思った。

 彼らを見捨てる決定を下したのは、きっと僕の父だ。

 しかし、後を継いだからといって僕に力があるわけではない。

 僕の発言は飽くまで子供の発言として受け取られ、相手にすらされないのだ。

 僕が力を貸すことを提案したとしても、子供はこれだから困ると軽くあしらわれるに違いない。

 それで一体どうすればいいというのだろう。


 不甲斐なさを実感しながら続けて書類を捲ると、不意にノックの音が耳に入り、僕は徐に書類から顔を上げた。


「公爵、ワカです」

「……入ってくれ」

「失礼します」


 綺麗な礼と共に入室してきたワカは、魔導師団に入ってより一層大人になったように見えた。


「お呼びだと伺いました」

「忙しいところ呼び出してすまない。――虐殺のことについて聞きたいんだ」


 途端、ワカの顔は仕事をする時のような真面目なものへと変化した。


「はい、なんでしょうか?」

「……その前に、堅苦しい話し方はやめにしないか? 今は僕たちだけだし」


 ワカは一瞬考えるように目を伏せたが、一つ頷くと近くの椅子に腰をかけた。


「それじゃあ、お言葉に甘えて」

「ワカは、知っていたの?」

「魔導師団にいるのだからそれなりにね」


 ワカはくるくると髪の毛先を弄りながら、なんてことのないように答えた。

 僕の知らなかったことを彼女が知っていたことはショックだったが、兵士ならそれも当然かと無理矢理に自分を納得させた。


「なら、話は早いね。僕は市民を助けたいんだ」

「どうやって?」


 予想していなかった返答に言葉を詰まらせると、ワカは呆れたようにこちらを見遣った。


「考えてなかったの?」

「……それを、一緒に考えられたらと思って」

「そう。でも悪いけど、そんな方法があればとっくに実践しているはずじゃないかしら。ないからこその現状なのではなくて?」

「でも、このままじゃ市民達が、」

「だから、私たちは直轄領を守っている」


 ワカは真剣な眼差しで僕を見つめた。


「魔導師団を他に派遣することはできない、それは首都の守りが薄くなることに繋がるから」

「……それなら、市民を皆直轄領に集めるとか」

「本気で言っているの? すぐに食料が足りなくなって暴動が起きるわよ」


 ワカは大きく溜息を吐いて見せた。


「ヒーローになりたいんでしょうけど、きちんと考えてちょうだい。あなたの言動でここが危険に晒されるなんてあってはならないことなのよ」

「っここが大丈夫なら、それ以外はどうなってもいいって言うのっ?」


 僕が大きな声を出すとワカは一瞬目を瞠り、それからは子供にするように僕の左手を両手で握って諭すような声を出した。


「そういうことは、なんとかできる者が言うことよ。あなたにできる範囲を見誤ってはダメ」


 優しく残酷に告げられ、僕は黙り込んだ。

 公爵家でダメなら、一体誰が皆を助けられるというのだろう。


  口を閉ざしたまま微動だにしない僕に、この話は終わったと思ったのか、ワカは立ち上がって扉の方へと向かった。

 その背中に僕はぽつりと呟いた。


「……クエレブレの人と連絡を取ることは?」

「彼らは魔法も使えない弱小集団よ。連絡を取ることすら無駄だわ」


 背を向けたままそう返すと、ワカは静かに部屋を出ていってしまった。

 僕の言葉は全て、相手にすらされなかった。


 周囲の貴族にそうされるよりも、ワカにされる方が何倍も悲しかった。


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