【双子の夢 2】
次の日、あの研究者が再び屋敷を訪れ、どこか興奮気味に話を切り出した。
「公爵閣下、素晴らしい結果です! ルカ坊ちゃんは二年で一つ年をとり、ワカお嬢様は一年で二歳年をとる。最小限の代償だと言っていいでしょう」
「まぁ、ひとまず安心と言ったところか」
どういうことだろうと思っていると、父が僕に視線を向けた。
「ルカ、お前が公爵家を継ぐんだ。今日中に新しい教育係を手配しよう」
「え、ワカは?」
「ワカには第一魔導師団に所属できるように別の教育係を用意しよう。ゆくゆくは師団長になれるよう励みなさい」
父のその言葉を境にして、僕たち二人は完全に引き離されてしまった。
二人で食べていた食事も一人になり、二人でしていた勉強も学ぶ内容が違うからと一人になった。
寝る部屋までも分けられては、ワカに会わずに一日を終えることも珍しくなくなってしまった。
初めのうちはこっそりと人目を盗んで会いに行くこともあったが、一度見つかるとそれさえも難しくなった。
次第に、同じ屋敷にいるはずなのに会うこともできなくなり、胸にぽっかりと穴が空いたような虚無感を覚えるようになった。
ぼんやりと授業を聞く僕を教育係も父も容赦なく叱りつけた。
その度にワカに会わせてと頼み込んだ。
そんな僕の願いが届いたのは、離れ離れになって一年が経った頃だった。
「ワカと会ったら、真面目に勉強をすると誓いなさい」
「必ず誓います」
「お前は公爵家を継ぐんだ、本来ならばこんな甘えは許されない」
「はい、父上」
父の小言を流しながら、僕はそわそわと部屋でワカを待った。
ソファに置かれたクッションの下には絵本を隠しておいた。
ワカとまた一緒にこれを読んで、以前のようにヒーローごっこをしたかったのだ。
ノックの音が耳に届き、僕はピンと背筋を伸ばした。
「ど、どうぞ」
「失礼します」
ワカが入ってきた瞬間に、先ず違和感を覚えた。
目の前に立つ彼女を見上げなければ、僕は目線を合わすことも出来なかったのだ。
「ワ、カ?」
「ルカ、あなたお父様に我儘を言ったんですってね」
澄ました顔で部屋に入り込んだワカは、優雅な動作でソファに腰を下ろした。
それは、僕の知らない表情だった。
「私からもルカに言い聞かせるようにってお父様に頼まれたの。前に座って」
机をトントンと叩かれては、僕は大人しくワカの前に座るしかなかった。
恐る恐るワカを見遣ると、彼女は眉を吊り上げてこちらを見ていた。
「ルカ、あなたはカストル公爵家を継ぐのよ。いつまでも子供のように振る舞うのはダメ」
「……僕たちは、まだ子供だよ」
「でも貴族だわ。貴族はきちんと貴族の義務を果たさないと」
その言葉に納得できなくて黙っていると、ワカははぁと大きく溜め息を吐いた。
「私は今魔法の訓練もしているの。覚えることが沢山ありすぎて、本当はこの時間も惜しいぐらいよ」
「……ワカは僕と会いたくなかったの?」
ワカの片眉がぴくりと動いたのが見えた。
「そういう訳じゃないけど……でも会おうと思えばいつでも会えるのに、勉強を疎かにしてまで会おうとは思わなかったわ」
「簡単には会えなかったじゃないか! 最後に会ったのは一年近く前だよ!」
僕が声を張り上げると、ワカは気まずそうに俯いた。
「……知ってる? お父様は後四年位しか生きられないのよ。あなたは家を継ぐのだから、それまでにきちんと学んで引き継がなければいけないの」
「え?」
「お父様は一年で十一歳年をとるんですって」
僕は先程見た父の顔を思い出してみた。
ぼんやりしていたのではっきりとは思い出せないが、確かに祖父のように老け込んでいた気がする。
「分かったなら、あなたは時間を無駄にしないでしっかりと勉強なさい」
ワカは立ち上がって今にも部屋を出て行こうとしていたため、僕は焦って呼び止めるための言葉を探した。
「――待って」
「……何?」
「もう行っちゃうの? 今日ぐらい前のように遊べないかな」
「まだ分かっていないようね」
ワカは振り向いて両目を吊り上げると、大人が子供を注意するように、人差し指を僕に突きつけた。
「もう、子供みたいなことを言うのはやめて!」
立ち尽くす僕を一瞥することもなく、ワカは部屋を出て行ってしまった。
バタンと扉が閉まる音だけがいやに大きく聞こえて、僕は見知らぬ場所に一人取り残されてしまったような感覚を覚えた。
あんなに分かっていたワカのことが、今はもう何も分からなくなっていた。
「……絵本を、一緒に読みたかっただけなのに」
その一言さえ、言うことが許されなかった。
約束通り、僕は教育係の言うことに真面目に耳を傾けるようになった。
そうすれば、またワカのことを理解できるかもしれないと考えたからだ。
そんな僕の変化を教育係も老人のようになった父も手を叩いて喜んでくれた。
そして、僕は漸く左腕の刺青のことを理解した。
先生が言うには、これは魔力を上げるために必要な手順を踏む際にどうしても身体に残ってしまうものらしい。
その手順というのが、体の中に魔力を流し込んで回路の仕組みを無理矢理造り替えることであり、そうすることで魔法を以前よりも簡単に操ることができるようになるのだとか。
その代償に、刺青を入れた者は生きる時間が変化するのだという。
だから、あの時ワカに感じた違和感の正体は、一年という時を経たにも関わらず僕の身体が殆ど成長していないのに対し、ワカは二歳分成長していたからなのだと先生に教えられてようやく分かった。
それから、一心不乱に勉強に励んで僕は九歳になった。
けれど、僕の時間が人よりも遅く流れている所為で、身体はまだまた小さいままであった。
対して、時折屋敷内で見かけるワカは、僕よりも先に大人になっているようだった。
身長だって高くなって、顔つきも僕と全然違った。
それがとてつもなく悲しかった。
追いつくために勉強をしたのに、僕が進むスピードよりも遙かに速く、ワカは僕から離れて行くような気がした。
僕たちは生まれた時からずっと一緒で、それこそ一緒に大きくなるはずだったのに、刺青を入れた所為で全て変わってしまった。
こんなの、僕たちは望んでいなかったのに。
それでも、僕は諦められなかった。
あの時は仕方なくああ言っただけで、本当はワカだって僕と同じように思っているはず。
だって、僕たちは双子だから。
僕は自分の部屋に隠していた絵本を持ち出し、ワカの部屋の方へと向かった。
僕が大人しく勉強をするようになってからは、僕がワカに会いに行こうと抜け出す心配もなくなり、見張りをするような護衛もいなくなっていた。
だから、ワカに会いに行ったところで咎められることもない。
ワカに会ったら、一緒に本を読もうと誘うのだと心に決めていた。
「――ルカ?」
部屋の前でしばらく待っていると、耳に馴染んだ声が聞こえてきた。
僕が顔を上げると、お姉さんになったワカが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「あのね、久しぶりに絵本を一緒に読もうと思って」
僕が抱きかかえていた絵本を見せると、ワカは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに顔を顰めた。
「まだそんな子供っぽいものを持っていたの?」
「ワカ、お願い」
「……正直、もうそのお話は好きじゃないの」
「え?」
「今だから思うけど、特に勇者が嫌い。暴力で言うことを聞かせようなんて乱暴者のすることだわ」
目の前が真っ暗になるようだった。
足下も覚束ないようなそんな感覚の中で、ワカの声だけはやけに鮮明に聞こえた。
「そもそも、もうそんなの読む年齢でもないし」
「で、でも竜は?」
一緒に竜が好きだと語った、その時のことを思い出して欲しかった。
しかし、ワカは眉を寄せるだけだった。
「いつまでそんなことを言っているの。竜は空想上の生き物よ」
「一緒に探そうって約束したじゃないか!」
「私、前に言ったよね。子供みたいなことを言うのはやめてって」
そう言うとワカは僕から本を取り上げ、そして、それを窓の外へと放り投げた。
「あ……」
「公爵様が子供では皆が困るの。体の成長が遅くても、それを言い訳にしないで早く大人になってちょうだい」
立ち竦む僕を無視して、ワカは自分の部屋へと入っていった。
僕はもうワカとは分かり合えないのだと、その時やっと理解したのだった。




