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【双子の夢 1】

 僕たちは生まれた時からずっと一緒だった。

 食事をする時も、遊ぶ時も、寝る時も、片時も離れずにいたから、お互いの考えていることはなんとなく分かっていた。


 一度だけ、どちらが年長なのかと言い争ったことがある。

 それは確か、母上が教えてくれた双子についての古い文献の記述が発端だった気がする。

 今でこそ最初に生まれた子が長子と定められているけれど、昔は後から生まれた子が長子だったのよと説明され、お互いに年上面をしたかったがために、自分にとっての有利な主張を譲らなかったのだ。

 いつの間にかそれは話題に上がることもなくなったのだが、腹の内ではお互いに譲っていないままでいることを僕たちだけが分かっていた。


 やがて、二人ですることの一つに勉強が加わった。

 母上が言うには、僕たちは貴族の子供だから、将来は家を継いで国を支える存在にならなければいけないのだとか。

 難しい話はよく分からなかったが、二人で支えればいいんだねと確かめた時に、片方のみと言われたことだけは衝撃的でよく覚えていた。


 アステラ公国の首都であるカストルという都市を治めているから、父はカストル公爵と呼ばれているらしい。

 この国で一番偉い存在なのだと説明されたが、父にはあまり会わないし、正直それもよく分からなかった。


 勉強をするようになると、寝る前に宿題をするという習慣が新たに追加された。

 宿題のために机に向き合っていても、遊び盛りの自分の集中が長続きすることはなく、なんとなく顔を上げたタイミングでこちらを見遣る双眸と目が合った。


「飽きたの?」

「そっちこそ」


 考えていることは同じだった。

 二人でいそいそとベッドに潜り込むと、枕の下を漁ってお気に入りのモノを取り出した。

 それは、どこにでもあるような勧善懲悪の物語が描かれた絵本だった。


「今日はワカが悪者ね」

「分かってるわよ」


 これを読む時は毎回、ヒーロー役と悪役を交代しながら読むのが僕たちの決めたルールだった。

 僕が表紙をめくると、綺麗なお城を見下ろす不穏な黒い影の描かれたページが視界に広がった。


「がはは、綺麗なところだ。今日からこのお城はワシのもんだ!」

「ワカ、もう少し静かに!」


 役になりきってセリフを言うワカに、僕は部屋の扉を気にしながらしーっと唇に指を当てた。

 すると、ワカは不満そうに頬を膨らませた。


 以前こうやって本を読んでいた時に、いつの間にか白熱していたようで、何事ですかと護衛の人が慌てた様子で部屋に入ってきたことがあったのだ。

 それからは、ちょっと小さな声で読むように心がけていた。


「こうした方が面白いのに」

「それはそうだけど」

 言いながら、僕は次のページをめくった。


 そこには真っ黒でいかにも悪そうな怪物が、隣に悲しそうな顔をしたお姫様を座らせて、テーブルいっぱいのご飯を食べている絵が描かれていた。

 近くには涙を流しながらご飯を運ぶ召使いの絵も描かれている。


「もっと食べるものを持って来い。この城のモノは全部ワシのもんだ」

「そこまでだ!」


 声のボリュームを落としながら、僕はわくわくと次のページを開いた。

 剣を持ったかっこいい勇者の登場シーンである。


「皆が泣いているのが見えないのか? 悪いことはもうやめろ」

「やだね、お前に何ができる?」


 次のページは魔法を使った迫力ある戦闘シーンが描かれていた。


「がはは、お前の力はこんなもんか」

「うっ、なかなか手強い相手だ。でも俺には仲間がいる」


 興奮しながら更にページをめくると、竜が現れ勇者に加勢をしている絵がきらきらと描かれていた。

 僕はこのシーンが一番好きだった。


「俺は一人じゃない。優しい心を持てば、皆が助けてくれる。お前はどうだ」

「くそっ、こんなはずでは……うわあああああ」


 最後のページにはお姫様と並んでニコニコと笑う勇者と、改心してそこで働く怪物の姿があった。


「これからは君も心を入れ替えて、誰かのために生きるんだ」

「はい、わかりましたぁ」


 そして、ハッピーエンドめでたしめでたしで絵本は終わるのだ。

 読み終わって二人できらきらと目を輝かせた。


「やっぱり、竜の出てくるところが一番いいよね!」

「分かる!」


 最近勉強を初めて知ったのだが、国内各地には竜の伝説が残っている場所が複数存在するらしい。

 空想上の生き物とされる竜が生きた証がそこにあると言うことは、もしかしたら竜の実在だって夢ではないのかも知れない。


「ねぇ、いつか二人で竜を探しに行こうよ」

「いいね、約束だよ」

 見つけたら僕たちヒーローだねと言って笑い合い、しばらく興奮が続いて二人でどこ行こうかと話し込んでいたが、気が付けばいつの間にか眠ってしまっていたらしい。


 宿題が終わっていないことに気がついたのは次の日の朝で、僕たちは身支度もそこそこに大慌てで宿題をする羽目になったのだ。


 

 二人だけの時間に終わりを告げたのは、僕たちが六歳の誕生日を迎えた時の出来事だった。

 邸宅にて盛大なパーティーが開かれると、招待された多くの貴族達が代わる代わる僕たちの前に現れて祝辞を述べてくれた。

 僕たちは習った行儀作法を披露して応え、さすが公爵家の人間だと周囲を感心させた。


 パーティーには多忙な父も駆け付けてくれたのだが、その姿を目にした時、僕たちは思わず動揺してしまった。

 父はまだ二十代であるはずなのに、以前会った時よりも口元や目尻の皺が目立っており、まるで見知らぬ男性を前にしているような落ち着かなさを覚えた。

 そんな折に、嘆くような嘲るような、ヒソヒソとした話し声が耳に入った。


「……刺青を入れたって噂は本当だったみたいだな」

「マーレ侯爵が入れたと聞いて、均衡が崩れるのを危惧したのであろう」

「それで寿命が縮んでは元も子もないだろうに」

「奥方様も可哀想だわ」

「しっ、聞こえるわよ」


 分からない単語もあったが、褒められていないことだけは理解した。

 隣に目を向けると、ワカもこちらを見て不安そうに瞳を揺らしていた。

 多分、僕も同じ顔をしていたと思う。


「本日は、我が子の記念すべき日に立ち会ってくれたこと、先ずはお礼申し上げたい」


 僕たちの背後に並び立ち、僕とワカのそれぞれの肩に手を置いた父は、ありがとう、と頭を下げた。

 それに倣って僕たちも頭を下げた。


「ところで、見ての通り私は人よりも早く時が過ぎるようになってしまった。爵位は二人のどちらかに早くに譲ることになるだろう。――それを今から決めようと思う」


 波のようにざわめきが広がり、僕たちも困惑から父を見上げた。

 父はこちらには一瞥もくれず、ただ只管遠くの方に視線を向けていた。

 視線の先を見遣ると、白衣を着た男性が近付いてくるのが見えた。

 その老年の男性は真っ直ぐとこちらに向かってくると、父に礼をしながら隣に立ち、仰々しく観衆の方へと目を向けた。


「彼はアステラ国立研究所の優秀な研究者だ。彼に今からこの子達に刺青を入れてもらおうと思っている」


 おぉと空気がどよめくのに不安が募り、僕が思わずワカの手を握ると弱い力で握り返されたのが分かった。


「寿命が延びるかどうかは二分の一の確率、そうだったな」

「はい、間違いありません」

「私は、寿命が延びた方を後継者とする」


 そう父が宣言するや否や、次は割れんばかりの歓声が辺りを包み込んだ。

 話について行けていないのは、僕たちだけのようだった。


「さぁ、腕を出しなさい」


 父は僕の左腕を掴んで固定すると、後ろから抱きかかえるようにして覆い被さってきた。

 その際に、ワカと繋がれていた手は離されてしまった。


 まるで見世物のように無遠慮な視線を一身に受ける中、白衣の男が緩慢とした動きで僕の左腕に右手を翳した。

 瞬間引き裂かれるような激痛を感じ、僕は身を捩って逃げだそうとした。

 しかし、父に固定された体はビクリとも動かなかった。

 やめて欲しいと絶叫をあげようとした口は、更に強い力で押さえ込まれてしまった。


「お前は公爵家の人間だ。恥ずかしい真似はするな」


 耳元で聞こえた冷たい声に意図せず涙が滲んだ。

 視界の端に見えた父の顔は厳しく、ワカの顔は泣きそうだった。

 体を動かすことも、声を上げることも許されず、僕は唇を噛んで痛みを耐えた。

 早く終われ、それだけを願った。


 痛みは徐々に収まり、ふらつき倒れそうになった体を父が支えてくれた。

 父は僕を椅子に座らせると、外向きの笑顔で僕の頭を撫でた。


「よく耐えたな、さすが私の息子だ」


 それに応える余裕もなく、僕は同じように抱え込まれるワカを見送ることしか出来なかった。

 助けてあげたかったけれど、体が重く指一本動かせそうになかった。

 ワカが苦しんでいるのが分かって胸が痛くなったが、僕にはどうすることもできなかった。


 気付けば、ワカも僕と同様椅子に座らされていた。

 横目で見遣ったワカはぐったりと力なく俯いている。

 その左腕に見慣れぬ黒い模様が刻まれていたため、僕は自分の左腕に目を落とした。

 僕の左腕には、ワカとは正反対の白い模様が刻まれていた。

 詳しい説明もないままに痛みを与えられ、父に睨まれ、正直これ以上無いほどの苦痛を感じたと思った。

 しかし、ワカとは違う色が身体に刻まれたと知った今の方が、泣きたくなるぐらいに辛かった。


「結果は明日伝えに参りましょう」

「あぁ、頼んだ。――皆も見守ってくれてありがとう。後継者の発表を楽しみにしていてくれ」


 今日一番の歓声が響いたが、僕もワカもどこか他人事のように感じていた。


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