64. オブリオ島の魔法使い
連絡船に揺られること約三十分、一行はとうとう目的の場所オブリオ島へと足を下ろした。
見渡す限り自然に囲まれたこの島は明らかに民家の数が少なく、魔道士の情報はガセだったのだろうか、と着いて早々テイトは不安を覚えた。
この島に魔道士はいるのかと尋ねると、島民の誰もが口を揃えて“レヒト”と言う名を口にした。
島民達には個人情報という概念がないのか、レヒトという人物の親は全国を旅していて殆ど家に帰らないため彼は半一人暮らしの状態なのだとか、幼馴染みにお節介焼きの可愛い女の子がいるのだとか、まるで親戚かの如く聞いていることから聞いていないことまで、それは親切に教えてくれた。
その熱量に唖然としていると、島民自体が少ないため全員家族のようなものなのだ、と笑って説明してくれた。
彼に用があるのだと言えば、丁寧に自宅の位置まで教えてくれたため、その親切さに一抹の不安を感じながらもお礼を述べた。
一先ず魔道士はいるようだが果たしてどれほどの腕の者なのか、半分祈るような気持ちでテイトは聞いた道を辿った。
大きな島ではないため、目的の場所にはすぐに辿り着いた。
目の前には木製の小さな一軒家。
島の人から聞いた情報と一致するその家の扉を、テイトは恐る恐る数度叩いた。
少しして気だるげな様子で出てきたのは、まだ年若い青年であった。
リゲルと同い年ぐらいであろうか。
陽の光に当たると、彼の髪の毛は若干赤みがかかった色のように見えたため、一瞬《竜の子》だろうかとドキリとしたが、まじまじと観察するとそれが明るい茶髪であることに気が付いた。
「……誰?」
数人がかりで押しかけているにも関わらず青年に怯んだ様子はなく、寧ろ訝しげに目を細められたため、テイトはハッとしたように頭を下げた。
「突然すみません、テイトと言います。貴方はレヒトさんでしょうか?」
「そうだけど」
「貴方が強い魔道士だと伺ったのですが……」
「この島では俺しか魔法を使えないから、誇張されてるだけだと思うけど」
テイトは確かに、と内心苦く思った。
島の様子は、自分が生まれ育った村と環境がよく似ていた。
テイト自身も強い魔法は使えなかったが、そもそも村では魔法を使える者が少なかったため、使えるという事実だけでちやほやされていた。
彼も似たような境遇なのだろうかと過ぎったが、シンの驚嘆に似た声が聞こえたためそちらに意識を向けた。
「あんた、まさか純血か?」
シンの問いに、レヒトは面倒臭そうに頭を掻いた。
「そういうの分かるの?」
否定も肯定もせず、レヒトはすっと目を細めた。
テイトは再度青年に目を向けてみた。
純血とは、血縁関係者全てが魔道士であり、且つ、その血が薄まっていない者のことを指す。
故に純血の者と言えば、貴族の中でも高位の者にしか当てはまらないと聞いたことがあった。
(この人が、純血?)
穴が空くほど凝視したところで、彼が純血かどうかはおろか、魔道士であることさえ分かりはしない。
シンが何を以てレヒトを純血だと判断したのかは、テイトには皆目見当が付かなかった。
ただ、否定をしないと言うことは、きっと驚くべきことに彼は純血なのだろう。
「単刀直入に言うが、力を貸して欲しい」
「……嫌だけど」
レヒトは無表情のまま呟き、今にも扉を閉めようその手に力を籠めたのが見えた。
警戒されていることを悟り、テイトは慌てて言葉を紡いだ。
「あ、あの! 僕たち、クエレブレという組織の人間で、実は協力者を探していて、」
「クエレブレ? 聞いたことがある……」
閉めかけた扉の隙間からぽつりと言葉が零れてきたため、彼の興味を引けたことにテイトは安堵の息を吐いた。
「各地が襲撃されていることは、ご存じでしょうか?」
「本土の話だろ。知ってる」
「僕たちは、その集団から襲撃地を守るために活動していて、」
「戦争になら、尚更協力する気はない」
ぴしゃりと発せられた拒絶の言葉に、正直テイトはまたかという気持ちだった。
今まで幾度も魔道士に協力を仰いできたが、その全てに同じような理由ですげなく断られてきた。
今でこそ協力的なシンだって最初は取り付く島もなかった。
その度に、心を疲弊させながらも、他者に無理強いをするものではないと諦めてきた。
何故なら、ユーリがずっと言っていたからだ。
仲間にするならば戦う力と戦う意志のある者でなければいけない、と。
そうしなければ、お互いいずれ後悔することになる、と。
「――待ってください!」
だが、今日は到底諦める気にはなれなかった。
閉まる扉に無理矢理足を差し込み、テイトは声を張り上げた。
「仲間を助けるのに、協力して欲しいんです!」
レンリの命がかかっている。
囚われているのならば、助けなければいけない。
それが無理矢理彼女を巻き込んだ自分の責任だと思った。
「――あのー、お取り込み中?」
不意に近くから女性の声が聞こえた。
目を遣ると、優しそうな女性が眉をハの字にして困ったようにこちらを見ていた。
「見たことない顔だけど、レヒトのお友達?」
「え、いや、僕たちは、」
「だったら中に入って。ね?」
女性はこちらに歩み寄ると、勝手知ったる顔で目の前にある閉じかけの扉を開いた。
「……ヒカリ」
「いいじゃない。ね?」
レヒトはどこか不服そうにその言葉を受け入れた。
そこで、このヒカリという女性がお節介焼きの可愛い幼馴染みなのだと思い当たった。
流石に全員で中に入るのは迷惑だと思い、ルゴーの隊には船着き場に戻るよう指示を出した。
その判断はある意味正解であった。
外観から想像したとおり、中はそこまで広くはなかった。
しかも、所狭しと本棚が設置されており、それを埋め尽くすほどの大量の本の所為か、余計に息が詰まるような圧迫感があった。
ヒカリがまるで家主のように人数分のお茶を用意してくれたためテイトが頭を下げてお礼を述べると、愛嬌のある笑顔が返ってきた。
「ごめんね。彼、仏頂面だから怒ってるように見えるけど、ちゃんと皆のこと歓迎してるから」
「……んな訳」
レヒトがポツリと小さく呟いた。
とても歓迎されているとは思えないが、対するヒカリはニコニコと悪意のない様子で笑っている。
取り敢えず、仕切り直そうとテイトは口を開いた。
「突然の訪問すみません。僕はクエレブレのリーダーのテイトといいます。仲間が敵対勢力に攫われてしまい、その救出の協力を得られないかと相談に来ました」
「え、それは大変。レヒト、協力してあげなよ」
「他人事だと思って……」
ヒカリは目を丸くして隣に座るレヒトの肩を揺らしたが、対するレヒトは怠そうに頬杖をついている。
「……策は?」
「えっと、」
「協力者に奴らの拠点を探ってもらっているところだ。それが分かり次第、そこに攻め入って魔法妨害の範囲魔法をかける。それが打ち破られないためには、あんたの協力が不可欠だ」
シンが割り込んでスラスラと述べた作戦は、テイトも今初めて耳にしたものである。
「勝算は?」
「奴らは魔法だけの集団だ。魔法を封じることができれば、十分に」
シンが断定するように頷くと、レヒトは大きく息を吐き出した。
「じゃあ、頼み方ってものがあるんじゃないの? 何でお前はそんなに偉そうなわけ?」
無表情のまま、レヒトはシンに鋭い視線を送った。
テイト達はシンのこういった態度に慣れきってしまっていたが、初対面の彼にはどうやら高慢な態度に見えたらしい。
テイトが焦って謝罪しようとする前に、目の前でレヒトの頭が沈んだ。
「ごめんなさい! 嫌な言い方だったよね。――レヒト、謝って!」
正確には、ヒカリに後ろから頭を抑えつけられ、無理矢理に頭を下げられていた。
「っヒカリ、お前……」
「ほら、早く」
「なんで俺が」
そんな二人の様子は、外見などは似ても似つかないけれど、まるでユーリとステラのように見えたためテイトは思わず瞬きを繰り返した。
溢れ出る懐かしい気持ちに感傷的になっていると、不意に隣で何かが動く気配がした。
「頼む。協力して欲しい」
ちらりと隣を見遣るとあのシンが頭を下げていたため、テイトは仰天して固まってしまった。
彼越しに見えるナナもフードの隙間から口をぽかんと開けているのが見えたため、シンのこの殊勝な態度が大変珍しいものであると分かった。
「あぁ! ダメダメ、頭を上げて! ほら、レヒトが意地悪なこと言うから!」
「……人助けなら、まぁ、協力しないことはないかな」
「もう、またそんな言い方して! ごめんね、レヒトやる気満々だって」
どう解釈したらそうなるのか、ヒカリのポジティブな通訳に戸惑いながら、取り敢えずは協力してくれる気のあるレヒトに感謝の言葉を述べた。




