59. 襲撃
その後、ルゥは何も言わずにアスバルドを出て行ってしまった。
気付けば部屋はもぬけの殻となっており、人気のなくなったその暗い部屋を見て、テイトはどうしようもないほどのやるせなさを覚えた。
シンの言うことはいつも正しい。
しかし、あの時の彼の顔はいつもの自信に満ちた表情とは程遠いものであった。
彼の下した決断が、拠点を守るための苦渋の決断だと分かったからこそ、テイトには責める言葉も庇う言葉も思い浮かばなかった。
その晩、再び会議を開いた。
レンリが被害に遭ったこと、魔法を打ち破るために彼女が怪我をしたが命に別状はないこと、そして、ルゥを疑って追放したことを努めて冷静に報告した。
ルゴーは落ち着かない様子で終始大きな身体を揺らしていたが、それでも話を遮るつもりはないようで、眉根を寄せて口を真一文字に引き結んでいた。
容疑者を追放しただけだから事態は解決した訳ではない、引き続き警戒を怠らないでくれとシンが述べた時、ゴンッと大きな音を立ててルゴーがテーブルを叩いた。
「っルゥが犯人って決まった訳でもないのに、どうしてそこまでっ」
「聞いていなかったのか? 疑わしいから追放したんだ」
「そんなんじゃ、何の解決にもならないだろ!」
「疑わしい者を一人残らず追い出せば、少なくともここの安全は確保される」
「冤罪だったらどう責任を取るんだ!」
「ある程度は仕方のないことだろう? それでも責任を取れというのなら、俺も出て行こう」
ルゴーは悪態を吐きながら浮かせていた腰を沈めた。
シンに出て行かれて困るのは自分たちだ。
興奮した頭でもそれは理解できたらしいが、納得はいってないようであった。
「……だが、シン君のやり方は些か乱暴すぎないか?」
「そんな甘っちょろい考えだと、いつか足下をすくわれるぞ」
「疑った者を追放したところで、地下の仲間達が開放されるわけではないのだろう?」
「……それに関しては、少し考える時間をくれ」
納得していないのはルゴーだけではないようであった。
よくよく周囲を観察すると、隊長達の半分は不信感を滲ませてシンを見遣っていた。
嫌な雰囲気だった。
「……レンリさんの目が覚めたら、改めて話を聞いてみます。進展があれば、また会議を開きます」
その空気から逃げるように、テイトは無理矢理終わりを告げた。
事態は悪化している気がしてならなかった。
翌朝になってもレンリが目を覚ますことはなかった。
リゲルやイザミの時とは異なる様態にテイトは動揺を隠せなかったが、かけられた魔法を力ずくで破ったことが身体への負担になったのだろう、とシンは飽くまでも冷静に分析していた。
目覚めるまでにはもう少し時間がかかるかも知れないと言われたが、それでも不安は消えなかった。
レンリのことが気にかかって地上と地下の往来を無意味に繰り返すと、ナナから何か聞きたげな視線を感じた。
ルゥを追い出してしまったことなんてとてもじゃないが言えるはずもなく、それには気付かない振りをするしかなかった。
感傷に浸る間もなく、昼過ぎに仲間の一人が慌てた様子でテイトの部屋へと転がり込んできた。
「テイト! サラファが、襲われてるっ!」
「え」
まさに寝耳に水の出来事であった。
シンの助言通りに部隊を別地方に派遣したのは、つい先日のことだ。
百発百中だった彼の予測が外れたことに驚くと同時に、拠点のすぐ隣の街が襲撃されているという事実が一瞬テイトから言葉を奪った。
我に返ってすぐに、拠点に残っている部隊で編成を行った。
幸いなことに、サラファは船を使えば三十分ほどで向かうことができる。
慌ただしく第一陣を送り出して一息吐いたところで、すぐに次の伝令がやってきた。
「相手の数が多過ぎる! もっと加勢がいる!」
その言葉で、《アノニマス》がいつもと違う攻め方をしていることに気が付いた。
シンの予測が外れたのは、その所為だったのだろうか。
テイトは拠点に数部隊だけを残すと、自身もシンと共に出陣することを決めた。
向かう船の中で、何故 《アノニマス》が大軍でサラファを襲撃しているのかについてを考えた。
サラファは拠点のすぐ隣に面している街だ。
船で一時間もかからずに行き来可能なことから、来る拠点の襲撃に備えてサラファを掌握しようとしているのかも知れない。
そうだとしたら、サラファは絶対に守り抜かなければならない。
テイトは震える拳をギュッと握りしめた。
今この場には、レンリもナナも、そしてルゥもいない。
相手の魔法に対抗できるのは、実質シンだけである。
今の自分達が魔法集団に太刀打ちできるのか。
いや、しなければいけないのだ。
守らなければ、《クエレブレ》は崩壊してしまう。
いても立ってもいられず、テイトは船の展望スペースへと歩み出た。
視線を走らせた先には、黒煙の立ち上る街が見えていた。




