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SIDE. ナナ 顛末

 いつも通りレンリと共に食堂で夕食を済ませ、その後自室へと向かう背中に小さく声がかけられた。

 階段を上りきったところから振り返って階下を見下ろすと、神妙な様子のルゥと視線がかち合った。


「レンリさん。今、ちょっといいですか?」

「どうかしましたか?」

「少しお話がしたくて、お時間を頂けますか?」


 どこか硬い表情でこちらへ歩み寄るルゥと視線を合わせるように、レンリは身体を折り曲げて小首を傾げた。


「えぇ、勿論構いませんよ」

「ありがとうございます」

「それなら、あたし達の部屋に来なさいな」

「……いえ、レンリさんと二人でお話しがしたくて」


 ナナの提案は申し訳なさそうな顔をしたルゥに断られてしまった。

 仲間はずれにされたことに不満が募り思わず頬を膨らませかけたが、ルゥの深刻な様子を見ていれば自分が我儘を通すべきではないとナナはすぐに考えを改めた。


「そういうことでしたら、あたしは先に部屋に戻りますわ」

「すみません、ナナさん」

「いいのですわ」


 ナナはレンリとルゥをその場に残して先に部屋へと帰った。



 けれども、どれだけ時間が経とうとレンリは一向に戻ってこない。

 ルゥはいつになく真剣な顔をしていたし、話が尽きないほどに何か思い悩んでいたのだろうか。

 考えていると少しの不安が胸を掠めたため、ナナは居ても立ってもいられず覗くように廊下を確認した。


 別れた時と寸分違わぬ場所にレンリが立っていたが、話し声は聞こえなかった。

 ルゥの姿は確認できなかったため、ナナはゆっくりとレンリに近付いた。


「……お話は終わりましたの?」


 その声に反応するように、徐にレンリが振り返った。

 そして無言のままこちらへと歩み寄ってきたため、ナナはほんの少しの違和感を覚えた。


「レンリ様?」


 返事はなかった。

 レンリがゆっくり右手を挙げるのと同時に、その手の中に鈍く光る何かが見えた。

 それが一体何なのか目で追って理解した瞬間に反射的に後退ったが、左の頬にピリッとした痛みを感じて、ナナは半ば呆然とレンリを凝視した。


「……レ、ンリ、様」


 彼女が手に持っていたのは鋭利なナイフだった。

 それが自分に向けられたことを信じられず、ナナは更に数歩後退った。

 レンリの目はどこか虚ろで光がなく、ナナを見ているようで、その実どこも見ていないようであった。


 ナナはそこでハッと息を呑んだ。

 人を操る魔法を使う侵入者が入り込んだ、と以前テイトが言っていたことを思い出した。

 そのため、怪しい人物に対処できるようにもう暫く二人一組の行動を続けてほしいと頼まれていたのだった。


「レンリ様! あたしですわ、ナナですわっ! どうか、目を覚まして!」


 きっとレンリは操られているのだ。

 その可能性に思い当たってナナは声の限り叫んだ。

 それでもレンリの瞳は依然として昏いままであり、ナナは思わず奥歯を噛み締めた。


 何か拘束の魔法をと考えたが、操られているだけのレンリに手荒なことはしたくないという気持ちもあった。

 しかし、悩んでいるナナを待ってくれるはずもなく、レンリはナイフを手に一歩また一歩と近付いてくる。


「レンリ様、おやめください!」


 ナナも後退しながら策を考えた。

 どうしたら、どうすれば。

 せめてナイフを奪ってしまえば、力の弱いレンリにはどうすることもできないはずだ。


 考えを巡らせるナナの前で、再びレンリが右手を振り上げたのが見えた。

 取り敢えずは攻撃を防ごう、とナナは防御のために風を自分の周囲に纏わせた。

 レンリの力では、この魔法を破って自分にナイフを当てることなど不可能だと思ったのだ。


「――……ぇ」


 しかし、ナナの予想は大きく外れてしまった。

 いや、自分の魔法が破られないという予想自体はきっと間違っていなかったのだろうが、今となってはそれを確かめる術もない。


 直前まで確かにナナに向けられていたナイフの矛先は、その予想に反しレンリ自身を深く突き刺したのだ。

 目を丸くするナナの眼前で、レンリは耐えるように身体を丸めていたが、ふ、と支えを無くしたように崩れ落ちてしまった。

 床に膝をつき苦しそうな呼吸を繰り返すレンリを見下ろしたところで、ナナは我に返って慌てて自分の魔法を消し去り、レンリの身体を支えるように手を回した。


「レンリ様、何がっ……」

「っナナ……」


 苦しそうな息遣いの合間に名を呼ばれてナナが顔を寄せると、不意に顔を上げたレンリと目が合った。

 その瞳に先程までの虚ろさはないが、その代わりに絶望に似た色が宿っていた。


「ごめん、なさいっ……貴女の、顔に」

「何を、言っているんですの。そんなこと、今は、」

「……ごめんなさい」


 今にも消え入りそうなほど小さな声で何度も謝罪を繰り返され、ナナは動揺しながらレンリの傷口へと手を遣った。

 ナイフは依然としてレンリの脇腹に突き刺さっており、そこからは真っ赤な血が流れ続けている。

 早く手当てをしなければいけないことぐらい頭では十分に分かっているのに、ナナの身体は恐怖で震えてしまった。

 このままでは死んでしまうかもしれない、そう微かに過ぎった時、目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。


 途端に、ナナは動けなくなった。

 その間にもレンリの服はだんだんと赤く染まっていっている。

 動揺を後押しするように、目の前でレンリの身体がぐらりと傾いた。


「、レンリ様……?」


 返事がなかった。

 ぴくりとすら動かない。

 ただ、血だけが流れている。


 唇が震えた。

 暑いのか寒いのかよく分からない感覚が襲った。

 ごめんなさいという彼女の言葉だけが、頭の中に響いていた。


 それでも、手当をしなければという考えにかろうじて至って、震える手でナイフを握った。

 それを引き抜くと更に血が流れてきたため、抑えるように手を翳した。

 傷口を塞ぐイメージをしたが、色々な感情が邪魔をして上手くできない。

 血が止まらない。


「だ、っ、けてっ」


 助けを求めたいのに、それすらも上手くできない。

 どうしたらいいか分からず、涙もこみ上げてくる。

 歪んだ視界に、レンリの青白い顔が映った。

 血の気を失って横たわる彼女を見て、自分の無力さを嘆いた。


――誰か、助けて


 そう叫んだつもりだったが、声は震えて、きちんと言葉になっていたかは怪しい。

 もう一度、と力むナナの耳に、階段を駆け上がる足音が聞こえた。


 息を切らして現れたその姿を見て、まるで絵本に登場する勇者のようだ、と意識の遠くで考えた。


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