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57.  三人目の被害者

 朝を迎えて確認したイザミの状態は、リゲルの時と全く同じものであった。

 自分が何をしていたのか覚えておらず、直前の記憶もあやふやだと言う。

 ユージーンと共にいたことは覚えているが、逆に言うとそれだけしか分からない様子で、彼の身に何が起こったのかという一番重要な事については結局分からずじまいであった。


 地下に閉じ込められて動揺を見せるイザミに、ユージーンの死について話すべきか悩み、テイトは唇を噛んだ。

 仲間の命を、たとえ操られていたとしても、奪ったことを知ってしまったら、彼がどれだけ深く心に傷を負うか想像に難くなかった。


 結果、テイトは沈黙を選んだ。

 事態が解決するまで待って欲しいとだけ告げ、逃げるようにその場を離れた。


 午後になると、テイトの元に隊長達が順に訪れた。

 今アスバルドがどのような問題に直面し、どういう策でもって対応しようとしているかと言うことを仲間達に伝えた、その返事を報告に来たと。

 畏れ半分で話を聞くと、テイトの予想以上に拠点に残る選択をした者が多いことに驚いた。

 勿論、拠点を出る決断をした者もいるため、彼らには数日分の食料と資金を渡すように伝えた。

 それが自分たちにできる最大限の誠意だった。


 しかし、よくよく考えれば、拠点を出たからと行って安全が保証されるわけではない。

 《アノニマス》の脅威はどこにいたって訪れる。

 今回残る選択をした者も、それを危惧して敢えて離れなかっただけのことかも知れない。

 そのため、残留する者のためにも問題解決に向けてより一層話し合っていかなければ、とテイト意思を固めた。


 しかし、内に潜む敵を警戒しつつも、《アノニマス》に通常通りの人手を割かなければいけないのもまた事実。

 襲撃予想地には変わらず人員を充て、尚且つ拠点内の警邏にも人を割り当てる必要があった。

 ローテーションで役割を回したとしても休息の時間が削られていくことは必至で、見る見るうちに仲間が疲弊していくのが分かった。

 ここが踏ん張りどころだと自分たちに言い聞かせて、それらを無心でこなすしかなかった。


 そうして一週間が過ぎ、栄養を取るためだけの夕飯を済ませたテイトの耳に、悲鳴に似た叫び声が聞こえた。

 それは上階からだった。

 胸がざわつくような嫌な予感がした。


 テイトは三階へと急いだ。

 心臓は五月蠅いぐらいに早鐘を打っていた。

 三階に上がる階段すらももどかしく思いながら駆け上がると、すぐさま周囲を確認した。

 廊下にナナが座り込んでいる。

 その傍らに倒れている人影も見えた。


「テ、テイト、様……」


 顔面蒼白のナナが小さく声を絞り出した。

 尋常ではない雰囲気に、ドキリと心臓が嫌な音を立てた。


「どうしまし、た」


 直後、テイトは言葉を失った。

 その場に仰向けで倒れていたのはレンリだった。

 彼女の衣服は所々真っ赤に染まっている。

 それに気付いた時、近くに血に濡れたナイフが落ちていることにも気が付いた。


「っ、一体、何がっ……」


 震える身体を叱咤し、急ぎレンリの横に膝をつき容態の確認を行った。

 意識はないようだが浅い呼吸音が聞こえたため、テイトは少しだけ冷静になった。

 ナナはレンリのお腹の辺りに手を翳しているが、その手は小刻みに震え、まともに治癒魔法が機能しているようには見えなかった。

 衣服を浸食するかの如くじわじわと赤い範囲の広がる様子がユーリの最期と重なり、テイトは手足が冷たくなるような恐怖を覚えた。


「っシ、シンさんを呼んできますっ」


 身を翻し、早くしろと内心で自分を怒鳴った。

 幸い急所ではない、大丈夫だ。

 大丈夫。


 冷静になろうと思えば思うほど焦りが募り、足がもつれた。

 それでも、不格好ながらそのまま無理矢理に走り抜けた。

 階段を中腹まで下りたところで、こちらを見上げるシンの姿が見えた。


「っシンさん」

「……声が聞こえたが、どうした」

「来てくださいっ、早く!」


 説明する時間すら惜しかった。

 シンは僅かに眉を寄せたが、テイトの様子から緊急性を感じ取ったのか、無言でその指示に従った。

 現場に到着すると、シンは目を細めてすぐにレンリの傍に片膝をついた。

 そして震えるナナの手を払い退けると、彼は代わりに自分の手をレンリの傷口の上に翳し、その後探るようにナナを見遣った。


「何があった」

「シ、シン様、あの、レンリ様が、あ、あたし」


 ナナは話すこともままならない様子で、より一層震えを大きくするだけであった。

 今話を聞くのは無理だと判断したのか、シンはレンリに視線を落とした。

 つられて、テイトも彼女を見遣った。


 目は固く閉じられ、長い睫が彼女の顔に影を落としていた。

 白い肌は血の気を失って青白っぽく変化していたため生気を感じられず、まるで人形のようにも見えた。

 それは、最後に見た妹と同じ肌の色で、テイトは再び恐怖を覚えた。


 治療が終わったのか、シンは慎重にレンリを抱き上げた。


「――ナナ、レンリの着替えを任せられるか?」


 ナナは返事の代わりにコクリと頷いて見せた。

 シンはそれを確認すると、ズカズカとレンリの部屋の中へと入り込んだ。

 そのまま彼女をベッドの上へ寝かせると退出しようと踵を返したが、途中で何か思い出したかのようにナナを振り返った。

 そして徐にナナの左頬に手を寄せたため、そこで初めて彼女の頬にも怪我があったことに気が付いた。


「落ち着いたら何があったか話せ。長くは待てない」


 ナナが神妙な顔をしながらもう一度頷いた。

 シンが手を離すと、彼女の頬の傷はきれいさっぱりなくなっていた。


「……レンリさんは、大丈夫ですか?」


 出てきたのを見計らって声をかけると、シンはテイトを一瞥して息を吐いた。


「脇腹だ。致命傷には至らない」


 その答えを聞いて、ようやく安堵した。

 勿論、何があったか分かるまでは警戒すべきなのは間違いないが、それでも、息苦しかった空気が少し緩和されたような気がした。


「――、何かあったのか?」


 声の方向を辿ると、階段から仲間が緊張した様子で顔を覗かせているのが見えた。

 彼は中枢館に部屋を構える隊長の一人だ。

 あのナナの悲鳴を聞きつけて来てくれたようだが、今の状況をどう説明すべきかテイトが迷っていると、シンが代わりに答えを返した。


「半分解決したところだ」

「……それならいいが」


 安心したような面持ちで、足音は遠離っていった。

 シンは床についた血を魔法によって消し去ると、落ちていたナイフを手に取って目を細めた。


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