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56.  導く者 2

「……テイトはリーダーを辞めたいと思ったことはありますか?」

「え? ……それは、考えたことがなかったかもしれません」


 テイトは自分でも不思議な感覚でそう返事をした。

 リーダーに向いていないと思いながら、それでも、自分から辞める選択はなかった。

 なんとなく、辞めるのは《クエレブレ》を辞めることと同義だと考えていた節がある。


 レンリはほっとした様子で息を吐いた。


「よかった。もしテイトが辞めたいと思っていたのなら、私の言葉は貴方を苦しめていたでしょうから」

「そんなこと」

「そうでなくても、きっと私の言葉は負担になっているかと思います。期待は、重たくもありますから」


 レンリの顔が少しだけ悲しそうに見えて、テイトは思わず口を閉じた。

 しかし、瞬きをした次の瞬間にはいつも通りの優しげな表情に戻っていたため、テイトは少し腑に落ちない心地で視線を逸らした。


「……確かに、プレッシャーはずっと感じてます。僕の判断で仲間の命が失われたらどうしようって、不安で、すごくしんどくて……でも、帰る場所もない僕には、ここで戦い続ける道しかない。そう思っているから」


 言いながら、妙に自分で納得してしまった。

 実際問題、辞めたところで他にできることもないのだ。


「――レンリさんは、もし僕がリーダーであることも、クエレブレにいることすらも辞めたいと言ったらどうしますか?」


 卑怯な質問だろうか。

 自分でさえ何も見通せていないことを他者に聞くなんてずるいだろうか。

 しかし、テイトは気になったのだ。

 今のところそんな気など毛頭ないが、自分がもしここを辞めた場合にどんな道が残されているのか。


 レンリは考えるように目を伏せた後、ちらりとテイトを窺い見た。


「……私の記憶探しを手伝ってくださるという約束は有効ですか?」

「え?」

「もし有効なら、その時は私も一緒にここを出ます。私は道も分かりませんので、手伝ってくださる方がいたらとても助かります」


 微笑みながらそう提案するレンリを見つめて、心底優しい人だとテイトは思った。

 辞めたいという自分勝手な理由を、レンリは己を口実に使ってくれと言っているのだ。

 それは、テイトが罪悪感を覚えなくて済むようにという彼女の心遣いだった。


「参ったなぁ……魅力的なお誘いすぎて、正直揺らぎそうです」


 レンリもテイトが辞める気はないと知った上でこの提案をしたはずだ。

 そう分かっていても、その言葉は心強かった。


「でもまぁ、もう少し頑張ってみます。僕が耐えきれなくなったら、その時は一緒に逃げてくださいね」

「はい、約束です」

「――こんな夜更けに逃亡の相談か?」


 突然背後から聞こえた第三者の声に、テイトは警戒しながら振り返った。

 暗闇の中から姿を見せたのは良く見知った人物であった。


「シンさん……」

「何時だと思ってんだ? 侵入者がいるかもって時に、こんなところで話すなんて不用心過ぎないか?」


 シンに指摘されて、テイトは確かにと言葉を詰まらせた。


「……侵入者?」

「なんだ、それは話してないのか」


 レンリが首を傾げたのが見えたのか、シンは呆れの色を更に濃くしてテイトを見遣った。


「うっ、すみません」

「拠点に敵のスパイが入り込んでいる可能性が高い、だから今は不測の事態に備えて二人一組の行動を徹底してもらってるわけだ。今一人になってるナナに何かあったら、どうするんだ」

「すみません、迂闊でした」


 シンに説明され素直に謝罪するレンリを見て、テイトは慌てて間に入り込んだ。


「僕が連れ出したんです。レンリさんに非はありません」

「そうだとしても、せめて室内とかにすればいいだろ」

「それは、流石に……」


 テイトが言い淀むと、その理由を察したのか否かシンは深く溜息を吐いた。


「まぁ、三階にいる分にはナナも少しは安全だろう。アニールが魔道具を色々置いていってるからな」


 その言葉を聞いて、テイトは仲間達から聞いた話を思い出した。


 テイトがその目で直接見たわけではないのだが、馬車が襲われてレンリやナナが危険に晒されたということを一体どこで聞きつけたのか、アニールはすぐにアスバルドにやってきたという。

 《クエレブレ》には任せていられない、教団の管轄内にいれば安全だから、と言葉巧みにレンリとナナを連れ出そうとしたらしいが、二人がそれを頑なに拒むとそれならばと中枢館の三階に保護魔法やら強化魔法やらを施したそうだ。

 更には、今度はもっと頑丈なものを贈ります、と強化魔法を重ねがけした馬車を贈ってきたらしいから、アニールの二人に対する心情は相当なものなのであろう。

 その時その場にいた仲間達によると、《竜の子》が傍にいない時の彼の顔はまるで般若のようであった、と皆が口をそろえて身体を震わせるものだから、次に彼に会った時のことを想像してテイトも戦々恐々していた。


「そういう訳だから、話が済んだなら戻るぞ」


 シンに促されて立ち上がったテイトの足取りは軽やかだった。

 夜遅くまでレンリを付き合わせてしまったのは申し訳なかったが、間違いなくテイトの気持ちには変化があった。

 先程までの暗く淀んだ気持ちが嘘であったかのように、驚くほどすっきりとした心地でレンリを三階へと送ると、シンと共に二階の自室へと向かった。


「……シンさんは、いつから聞いてたんですか?」

「さぁ、いつからかな」


 尋ねると曖昧に誤魔化されたが、テイトはなんだかくすぐったい気持ちだった。


「もしかして、心配してくれましたか?」


 会議前の時と同じ質問を繰り返すと、シンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「俺のペアが不在だったから、行方を探したただけだ」


 それでも、寝るような時間にわざわざ自分を探してくれたということは、そういうことなのだろう。

 にやける口元を押さえると、シンは気味が悪そうにテイトを眺めた。


「……別に心配なんてしてない。レンリと話していることは分かってたからな」


 テイトはまじまじとシンを見つめた。

 会議の前と言い、彼は随分とレンリを信用しているように思えた。


「さっきも似たようなことを言っていましたよね。どういうことですか?」

「そのままの意味だが」


 シンは何を聞かれているのか分からないといった様子で返答したが、テイトの顔を見ると眉を顰めた。


「……彼女は人の感情の機微を読むことに長けてる。その上、触れて欲しくないことには絶対触れない、そういう判断もできる。だから相談相手に選んだと思ったんだが、違うんだな」


 テイトは思わずなるほどと思った。

 何故レンリが自分の気の落ち込みに気付いたのか、ようやく分かった気がした。


 レンリの美しい容姿だとか丁寧な所作とかも相まって、勝手に人知を越えたことも普通にやってのけるのではと思っていた自分が恥ずかしくて黙っていると、シンの足音が聞こえなくなったことに気付いた。

 テイトがハッと振り返ると、シンは真っ直ぐにテイトを見つめていた。


「それで、あんたはまだ自分が子供だと思ってるんだな」

「え、そりゃあ、刺青のせいで見た目はシンさんとかと同じですけど、僕が十一年しか生きていないことは事実ですし……」


 いつの間にか、そこはシンの部屋の前だったらしい。

 彼は扉に手をかけると、ほんの少しだけ口の端を吊り上げた。


「一つ教えてやろう。十一歳は女性と二人で話すことに気恥ずかしさを覚えても、室内で二人で話すことにあんたみたいな疑問は覚えない」


 その言葉の意味を理解して絶句するテイトを横目に、シンは面白そうに片眉を動かした。


「自覚あるんだな」

「いや、え、そんなっ」

「あんたがいう“同い年”のルゥが来て、思うことはあるんじゃないのか? ――自分と違うって」


 図星をつかれてテイトは黙り込んだ。

 確かに最近ルゥを子供扱いしてしまったが、それはまた別ではないのか。

 いや、別って何だ。


 顔が熱い所為か考えは上手くまとまらなかった。

 ぐるぐると思考を続けていると、テイトの返答など初めから必要としていないのか、シンは扉を開けて部屋の中へと身体を滑り込ませてしまった。


「そろそろ自分が大人だって認めた方がいい。子供だと思うから周囲に対して遠慮が生まれるんだ」


 シンが後ろを向いたまま手だけを振って扉を閉めると、辺りは静寂に包まれた。


 あれが彼なりの励ましなのか何なのかは分からないが、テイトは妙にドキドキとする胸を押さえながら自室へと走った。

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