54. 選択
駆け足で入り込んだ会議室には既に多くの者が集まっており、一様に深刻な表情を浮かべていた。
足早に自分の座席に移動した時、テイトは視線を感じて目を向けた。
「……あの、なんでしょうか?」
「いや、ちゃんと切り替えられてるみたいだから、少し意外だっただけだ」
シンはすぐに視線を逸らしてしまったが、テイトは言葉の意味が分からず目を瞬いた。
「どういうことですか?」
「辛気臭い顔のままだったらどうしようかと思ってな」
指摘されて、テイトは先程まで感じていた鬱々とした感情が弱まっていることに気付いた。
その事に少なからず驚きながら席に着き、テイトはちらりとシンを窺った。
「もしかして、心配してくれましたか?」
シンから冷めた視線を送られ、テイトは苦笑を返した。
そして、こんな状況でも笑うことのできる自分にまた驚いた。
焦りや不安は確かにある。
しかし、冷静さもあった。
落ち着きを取り戻したきっかけを考えると、一つだけ思い当たった。
「……レンリさんと話したからかな」
「あぁ、なるほどな」
口をついて出た独り言に思いがけず返事があり、テイトは目を丸くしてシンを見つめた。
なるほどという言葉の意味を問い詰めたかったが、集合をかけた全隊長が部屋に集まったため、テイトは思考を切り替えた。
「――こんな時間にすみません。事態は一刻を争うものだと判断したため、急遽集まっていただきました」
テイトが各隊長に視線を巡らせながら、第二の被害者が出たこと、また彼と組んでいた者が殺されてしまったことを簡潔に伝えると、皆は暗い顔をして目を伏せた。
「イザミもリゲルと同じように地下の部屋へと運びました。前回と同じ状況だと考えると情報は期待できませんが、イザミの意識が戻り次第何があったか話を聞くつもりです」
誰も言葉を発さなかったため、テイトは一拍置いて話を続けた。
「ついては、敵が拠点に侵入している可能性、もしくは仲間に裏切り者がいる可能性を全ての仲間に共有しようかと思っています」
テイトの宣言に半数が驚いたように目を見開き、残りが難しそうな顔で何度か頷いた。
「っ混乱の元になるのでは? 仲間内で疑心暗鬼になっては不和が生まれるかも知れない」
「それでも、僕は仲間に自ら選択の機会をあげたい。拠点にいることに不安を感じるのであれば、離れることも構わない、そうしっかりと言ってあげたい」
誰かが息を呑んだ音が聞こえた。
「勿論、それは皆さんも同じ事です。アノニマスとの戦闘で命を落とす覚悟ができていても、仲間にやられる覚悟なんて、そんなの、誰もできていないはずですから」
テイトは視線を下げた。
今は強力な魔法使いが仲間にいて、拠点の存在もあってか、仲間の総数も結成以来一番多い状態である。
シンのおかげで敵の襲撃を事前に防ぐこともできている。
今までにないぐらい、いい調子で戦えている。
けれど、それが崩れ去ろうとしている。
その崩壊を止める術をテイトは知らない。
テイトに出来ることと言えば、ただ仲間の安全を祈り、《クエレブレ》から抜ける機会を与えるほかない。
誰だって操られた仲間の被害者になどなりたくはない。
その逆もまた然りだ。
「それなら、全員で手分けしてその敵を探せばいいじゃないか。わざわざそんな判断を……」
「それができるのであれば、勿論それが最善だと思います。ですが、現段階では特定は難しい。そうですよね、シンさん」
「せめて、相方が死んでなきゃ何か聞けたかも知れないが、それもたらればだ。確証はない」
シンがいつもの調子で告げると、仲間達は口を噤んだ。
「仲間を疑いながら過ごすのは、心が疲弊してしまいます。それは、この二週間そうやって過ごしてきた僕たちが一番分かっていることです」
「しかし……」
「全員に今起こっていることを伝えてください。拠点を出る判断も各自に任せます。出ると判断した者には、数日分の旅費と食料を提供することも約束してあげてください」
お願いします、とテイトは頭を下げた。
反対する者の気持ちも、テイトはよく分かっていた。
《アノニマス》に勝てる今の態勢が崩れることは、本来ならば避けたいことである。
それでも、仲間内で殺し合うことの方がよっぽどあってはならないことなのだ。
現状を隠し、いつ危険が訪れるかも分からないこの拠点に残ってくれなど、そんな酷なこと、仲間に言えるはずがなかった。
仲間の命を無責任に預かる判断など、テイトにはできなかった。
ぽつりぽつりと了承の声が聞こえてきたため顔を上げると、身体を震わせるルゴーの姿が真っ先に目に入った。
「っ分かった。ただ、これだけは言わせてくれ」
ルゴーは会議室の全員と目を合わせるように、ぐるりと視線を動かした。
「たとえ俺の隊の奴が出て行こうが、俺は絶対にここに残る。アノニマスの奴ら全員に罪を償わせるまで、ずっと戦い続ける!」
目を爛々と光らせて、ルゴーは力強く言い切った。
その決意にテイトは少しだけ息がしやすくなったような感覚を覚えた。
今から伝えるか、明日の朝に伝えるかは各隊長の判断に任せることにして、夜も遅いからと解散を告げた。
一人、また一人と退出していく音を聞きながら、テイトは息を吐いて椅子の背もたれに全体重を預けた。
「――いいのか?」
感情の籠もっていない声が横から聞こえた。
目を遣ると、テイトと同じように席に着いたままのシンが頬杖をついてこちらを見ていた。
「……いいも何も、仕方ないじゃないですか」
「甘いな」
じゃあ、どうすれば良かったのか。
喉元まで出かかった言葉を、テイトは既の所で飲み込んだ。
口を閉じて黙り込んだテイトを一瞥して、シンは無言のまま立ち去って行った。
シンが部屋を出てしまうと、彼の魔法のおかげで明るかった部屋も一気に暗くなり、光源は月明かりしかなくなってしまった。
無性にレンリと話がしたくなった。




