53. 二人目の被害者
拠点が最悪な状況に置かれているからといって、《アノニマス》の猛攻が止まることはない。
今まで通りシンが場所を予測し、そこに人を派遣させるという戦い方は継続しなければいけなかった。
無論テイトも数度出陣したが、その際に魔法を使うルゥの様子を見てテイトは自身の認識を改めた。
威力はまだまだシンに及ばないようだが、攻撃魔法は勿論、補助魔法も一通り扱えるようで、自分の心配は余計なお世話だったようだとテイトは安堵の息を吐いた。
しかし、依然として緊張が緩和されることはなかった。
拠点にいても休まらない日々が続くと、事情を知る者の間ではどこかピリピリとした空気が常に漂い、それに感化された仲間達もどこか落ち着かない様子であった。
その間、幸か不幸かリゲルのように人が操られて誰かを攻撃するという問題は報告されなかった。
敵がもう既にこの場を離れているのか、シンの魔法が効いたのか、それとも二人一組という行動制限が功を成したのか、何も分からぬまま二週間が過ぎようとしていた。
時間の経過と共に若干の気の緩みが生まれたのか、拠点内にて一人で出歩く者を度々見かけるようになった。
見つけた場合はすぐに注意をするが、それでも理由を語らぬままこれ以上の制限をかけるのは限界かも知れない、と情報を公開すべきではとの案がポツポツと上がるようになった。
言うべきか言わざるべきか、意見が割れる中で再び同じ事件が起きた。
報告を受けたのは夜だった。
テイトはシンと共に現場へと急いだ。
篝火を頼りに進み、人波をかき分け喧噪の中心に辿り着くと、先着隊の者によって既に事態は一応の収束をしているようであった。
拘束されていたのはイザミだった。
シン達が仲間に加わる以前に、テイトと同郷だからとの理由で一緒に隊を組んでいた者である。
松明の明かりで照らされたイザミはぐったりと力なく項垂れており、既に意識はないようであった。
そんな彼を一瞥した後、テイトはその場にいたルゴーに視線を移した。
「――被害状況は?」
「捕らえる時に二人怪我を負ったが、共に軽傷だ。ただ、イザミとペアだったユージーンは、駆け付けた時にはもう……」
「……そう、ですか」
言いづらそうに語るルゴーの視線の先を確認し、テイトは目を伏せた。
一番恐れていたことが起きてしまった。
仲間による、仲間への殺人。
テイトはキッと顔を上げた。
「ユージーンに家族は?」
「いや、アノニマスに全てを奪われてここに来た奴だ。身寄りはないと聞いている」
「では、ここで丁重に弔う準備を」
「分かった」
「イザミは中枢館の地下へお願いします。それから、今から会議を開くので、ルゴーは隊長達に連絡を」
「……おう」
指示を受けると、意識のないイザミはルゴー隊によって中枢館へと運ばれていった。
ルゴーも闇夜に紛れるように静かにその場から姿を消し、テイトは混乱と不安の混じった瞳で事態を眺めていた仲間達をぐるりと見回した。
「急ぎ各隊長と話し合い、今起こっている事態の把握に努めます。必ず、明朝迄には嘘偽りなく報告すると約束します。不安でしょうが、何かあった時に対応できるよう、決して一人にはならないようにお願いします」
テイトは頭を下げた。
事前にきちんと仲間に伝えるべきだったのだろうか。
いや、伝えたところで起こるべくして起こったことなのかも知れない。
それでも、知っていれば意識は違ったかも知れない。
これは、仲間の死は、自分の判断が招いた結果だ。
嫌な考えがぐるぐると頭の中を回った。
酷く気持ちが悪かった。
「――行くぞ」
その考えを遮るように、不意に肩に何かが触れた。
振り返って確かめると、それはシンの手であった。
普段と変わりのない声音でかけられた言葉は、少しだけテイトを冷静にさせた。
踵を返して中枢館へと向かうその背中に目を遣り、テイトも逃げるように彼の後を追った。
中枢館に一足早く辿り着いたテイトは、隊長達の集合にはもう少し時間がかかりそうだったため、自身を落ち着かせるために二階の自室へと向かった。
今の自分の顔は相当酷いものであろうと簡単に想像がついたからだ。
自室で顔を洗って、水を飲もう。
そう決めて廊下を急いだ。
「――何か、ありましたの?」
頭上から声が聞こえたため、テイトは立ち止まって視線を動かした。
三階に上がる階段を上りきった先で、身体を半分だけ覗かせたナナが不安そうな面持ちで階下を窺っていた。
カンテラを掲げ、寝間着でショールを肩からかけているところを見るに、どうやら寝ていたところを起こしてしまったようだ。
「すみません、起こしましたか?」
「ちょっと外が騒がしかったので、気になっただけですわ」
ね、レンリ様、とナナは横を向きながら続けた。
姿は見えないが、近くにはレンリもいるらしい。
件の出来事の所為か、深夜なのにも関わらずザワザワと落ち着かない喧噪がどこからか聞こえてくるため、不安を感じて目が覚めてしまうのも無理はなさそうであった。
「……少し問題があって、明日には報告できると思うので、だから、」
平常心ではないからか、途切れ途切れで発した言葉は、最後に心配しないでと続けるつもりであったが声にはならなかった。
(仲間が死んでるのに……心配しないでなんて、無理だろ)
戦場に身を置いているのだ、慣れることはないが仲間の死は今まで何度も経験してきた。
シンやレンリが仲間になってからは少し遠離ったが、それでも常に意識はしていた。
しかし、今回の死は今までの死とは少し意味合いが異なる。
仲間が仲間に殺されてしまうなんて、そんなのはあってはならないことなのだ。
歪んだ顔を見られたくない一心で、テイトは俯いた。
しかし、階段を降りる足音に気付きテイトは絶望感に似た気持ちを抱いた。
こんな情けない顔は、誰にも見せたくなかった。
「テイト」
俯く視界に華奢な靴が入り込んだ。
様子を伺うような優しい声はレンリのものだった。
「……レンリさん、すみません、今は、」
「指導者は時として、笑いたくもないのに笑うことを強要され、自信もないのに自信があるように振る舞わなければなりません」
予想だにしない言葉にテイトが反射的に顔を上げると、レンリは柔らかく微笑んだ。
「それは、他の者に侮られないためであったり、不安を与えないためであったりと、自分を強く見せるためのものではありますが、決して自分の心に即した行動ではありません。――テイトは今、自分のことを考えられていますか?」
「……僕は、」
「リーダーだから弱音を吐いてはいけないなんて、そんなことありませんよ」
「どうして……」
不意にユーリの姿が思い浮かんだ。
リーダーとして人の前に立つ時、彼は常に冷静だった。
場を和ませようとふざけた発言をすることはあっても、誰かを軽んじることはなかった。
しかし、そんな彼もステラや自分の前では上手くいかないことを愚痴り、仲間の死に顔を曇らせていた。
完全無欠のリーダーだと思っていた彼が同じ人間であることを、その時テイトは確かに知ったのだ。
それは、ユーリがリーダーである前に一人の人間であることの証だった。
だからと言って、弱いところなんて一体誰に見せればいいのかテイトには分からなかった。
ユーリには幼馴染みのステラがいた。
しかし、テイトは全てを奪われてここにいる。
仲間は皆優しくしてくれるが、本音を話せる親しい人なんて誰もいなかった。
テイトが言い淀んでいると、そんな心を見透かしたかのようにレンリが続けた。
「近しい人と話すことに抵抗があるのであれば、シンが適任かと思います。きっと、遮ることなく聞いてくれるでしょうから。テイトが構わなければ、勿論私でも」
手を差し伸べられたような心地だった。
どこか人間離れした彼女になら、懺悔のような行為も許されるような気がした。
「レンリさん、あの……」
「はい」
「これからちょっと用があって、それで、後からお話させて頂いてもいいですか?」
本当はすぐにでも話がしたかった。
自分の後悔や責任を知ってほしかった。
一人では耐えきれない重圧を一緒に背負って欲しかった。
しかし、今から会議が行われるという事実がそれを踏み留まらせた。
更に言えば、既に夜も遅い時間で、会議が終わる頃には日付をまたぐ可能性もあった。
そのことにテイトは安堵なのか悔しさなのかよく分からない気持ちを抱いたが、レンリはただ優しく微笑んだ。
「丁度良かった。目も覚めてしまったし、ナナと今からお菓子パーティーをしようかと話していたところなんです。お待ちしていますね」
テイトは目を見開いた。
自分はそんなにも彼女と話がしたいと表情に出ていたのだろうか、と考えたところで我に返った。
「い、いや、今日じゃなくても、会議が何時に終わるかも分からないですし」
「こんな時間から会議なんですね、お疲れ様です。あんまり遅いようでしたら私もナナも寝ることにしますし、気にしないでください」
レンリは相変わらず優しい調子で続け、それから徐にテイトへと手を伸ばした。
少しでも動けばその手に触れてしまいそうで思わず硬直して行く先を見送っていると、レンリの左手が右の頬へ触れたため、テイトはドキリとして顔を赤らめた。
その手は温かく、テイトはドキドキしているはずなのに妙に安心感を覚えた。
それでも、落ち着かないことは事実でどこを見ればいいのかも分からずキョロキョロと視線を彷徨わしていると、レンリはふわりと綺麗に笑った。
「無理はしないでください。大丈夫ですから」
もう一度大丈夫と呟いて、レンリはゆっくりとその手を離した。
その大丈夫が何に対するものなのかは分からなかったが、不思議とテイトの気持ちは落ち着いていくようであった。
小さく会釈をして三階に戻っていくレンリを惚けたように見送っていると、一階から自分を呼ぶ声が聞こえたため、テイトはハッとしたように吹き抜けから下を覗き込んだ。
戻りが遅かった所為か、どこか心配そうにこちらを見上げる視線とかち合った。
「――テイト、あと数人で全員集まるぞー」
「っすみません、すぐ行きます」
テイトは慌てて階段を駆け下りた。




