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【リツキの罪 2】 

 事態が一変したのはその半年後のことだった。

 いや、今考えれば予兆はそれ以前からあった。

 俺と研究を共にしていた男は自称六十代というのに外見は優に八十を超えているように見えた。

 老けて見える人であっただろうかと記憶を照らし合わせてみても、一年前は年齢通りの見た目であった気がした。

 当時と今の違いは何かを考えると、その間に刺青を施していることが思い当たり、俺は彼を検査してみた。

 以前自分がされた検査よりもより詳細に、より時間をかけて。


 検査の結果、彼の細胞の成長速度は通常の人間の二十倍速いことが分かった。

 つまり彼は、この一年で二十年分の時間を過ごしていたのだ。

 それが分かった頃、彼は老衰で亡くなった。


 急ぎ自分も検査してみると、反対に自分の細胞は通常の人間の十分の一程のスピードでしか成長していないことが分かった。

 結果は異なるが、これは副反応の一つなのかもしれない、と刺青を入れた全職員に検査を促した。

 そうして分かったのは、一から三十年程の成長速度の違いが皆一様に表われていたことであった。

 回路を弄ったことに対する副反応であると確実視されたのが、貴族に施す直前だったことだけは不幸中の幸いであった。


 予期せず寿命が縮んだ職員からは、元に戻せないのかと詰め寄られ、俺は研究を続けることを余儀なくされた。

正直、このまま研究を続けたとしても、これから刺青を施す者の副反応を無くすことができても、今症状が出ている者を元に戻すことは不可能だと思っていた。

 それでも、言われるままに研究を続けた。

 その間に職員が次々と老衰で倒れていき、その副反応を知って尚、魔法の威力向上を求める者には刺青が施された。

 驚いたのは、貴族の中にも求める者が複数人いることだった。


 確かに、副反応を調査していく中で、成長が遅くなるか早くなるかは完全に二分の一の確率であった。

 成長が遅くなるのであれば問題ないと考えているのだろうが、実はデメリットもある。

 細胞の成長速度が遅くなると言うことは、怪我の治癒にも時間がかかるということ。

 普通の人であれば軽傷で済む怪我も重傷となるし、最悪死に至る可能性もある。

 勿論、医療知識があり怪我を治すことのできる魔法を使えるのであれば、デメリットというほどのことではないのかもしれないが。


 強制されて行う研究はとてもつまらないものであり、どこか無気力な感じで研究を続けていつの間にか二年経ったが、副反応を消す方法はおろか、元に戻す方法も見つけられなかった。

 自己判断でそろそろ研究を中止しようかと考え始め、休憩と称し研究所内を当てもなく歩き回ることが増え始めた時、廊下に十歳前後の子供の姿を見つけて首を傾げた。

 子供は所在なさげに周囲をちらちら見回し、不安そうに服の裾を握っている。

 声をかけるべきか否か思案していると、白髪の男性が子供に近付き、途端子供は顔を綻ばせた。


「お父さん!」

「待たせて悪かったね、さぁ行こうか」


 くるっと振り返った老齢の男性の顔を見て、既視感を覚えた。

 そして、思い出した。


「……エリク」

「あぁ、リツキ。久しぶり、君は変わらないね」


 そう微笑む顔には深い皺が刻まれ、隣の子供と合わせて見ても、とても親子には見えなかった。


 そこで初めて知ったのだ。

 エリクには俺とは正反対の副反応がもたらされていたのだと。


「息子の話は何度か君にしていたけれど、会うのは初めてだったね。アルマというんだ、アルと呼んであげてくれ」


 俺に初めて自己紹介した時のように息子を紹介するエリクに、言葉が出てこなかった。

 エリクは自分の背後の子供を前に押し出そうとしたが、子供は恥ずかしがって父の足にしがみつくのみであった。


「すまないね。家族以外と関わる機会がなかったから、人見知りしてしまうんだ。歳も君が入った時と同じ十三歳なんだけれど、病弱だったから少し華奢だろう」

 でももう病気は殆ど治癒したんだ、と続けて言いながらエリクは笑った。


 俺は居心地の悪さを感じて、エリクから目を逸らした。

 図らずも子供と視線が合うと、子供はびっくりした様子で更に父の後ろに下がってしまった。


「……どうして子供をここに? 入所したのか?」

「はは、おかしなことを言うね。君みたいに優秀な子供はそういないよ」

「なら、どうして?」

「刺青を施すんだ」


 思わず息が詰まった。


「副反応があるんだぞ、あの施術は完璧じゃない」

「そんなことは私もよく分かっているよ」


 静かな声で告げられ、俺は二の句が継げなくなった。

 彼の老化を考えればそれは火を見るよりも明らかなことであった。


「君と違って私にはあまり時間が残されていない。この子のことを考えた結果なんだ」

「……だからといって、あんたあんなに家族を大事にしてたじゃないか。副反応を知ってるなら尚更――」

「あまり言わないでくれ、この子が不安に思ってしまう」


 エリクは優しく子供を見つめた。

 年齢にしては幼さの残る顔で子供もまたエリクを見上げた。


「そろそろ時間だ、もう行かないと。君と久しぶりに話せてよかったよ」

「……考え直すべきだ」


 立ち去ろうとしたエリクに向かってそれだけ絞り出すが、エリクはこちらを見ることなく通り過ぎていく。

 子供だけが気にするようにちらりと振り返った。


「――それなら、私の十年を返してくれ」


 聞こえた声には、間違いなく怒りが滲んでいた。


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