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51.  複雑

 リゲルが目を覚ました、と報告をもらったのは翌朝になってのことだった。


 殆ど眠れない夜を過ごしたテイトは、その連絡を受けてすぐに地下へと急いだ。

 地下の見張りをしてくれていたのは、事情を知るラキド隊の面々であった。

 ラキドの負傷を心配しながらも交代して見張り番を引き受けてくれたらしく、テイトは頭が下がる思いだった。


「――リゲルの様子は?」


 シンの到着を待った後に、いよいよ地下へと足を踏み入れた。

 薄暗い階段を一歩一歩下りながら平常心を意識して尋ねると、返ってきたのは困惑だった。


「いつも通りのリゲルに見えます。何で地下にいるのかも分かってない様子で……」


 やはりシンの仮定が正しかったのか、と僅かな期待を胸に抱きつつテイトは表情を引き締めた。

 部屋まで案内してくれたラキド隊の者にお礼を述べると同時に人払いを済ませ、目の前にある鉄製の扉に向かって恐る恐る声をかけた。


「……リゲル?」

「っテイト!」


 部屋の中からガタガタと物にぶつかるような音が聞こえた。

 少し遅れてドンッと力強く扉が叩かれたため、テイトはびくりと肩を揺らした。


「なぁ、なんで俺こんな所にいるわけ? 部屋の前にいた奴に聞いてもはぐらかされるし、ここって拠点で合ってるんだよな? お前も捕まってるわけじゃないよな?」


 言葉にはテイトへの配慮が見られ、図らずも瞳が潤んだ。


「僕は大丈夫。ここが拠点なのも間違いないよ。僕達は今中枢館の地下にいるんだ」

「……なんでそんなところに」

「覚えてないの?」

 昨日のこと、と続けると少しの沈黙が訪れた。


「昨日? ……昨日は、殆ど部屋で過ごしてたけど。外に出たのはご飯の時と小腹が空いて食堂に行った時だけで、それからはまた部屋に戻って、……」


 不自然に言葉が止まった。

 それは明らかに話の終わりを告げる無言ではなかった。


「部屋に、戻ったの?」

「……いや、戻ってないな。なんだろう、記憶に靄がかかってるみたいだ。その後のことが思い出せない」


 テイトが横に立つシンを窺い見ると、シンは考えるように片手で口元を隠しながら、やがてこくりと一つ頷いた。

 途端、張り詰めていた緊張が和らぎ、テイトは脱力したように大きく息を吐き出した。


「リゲルは魔法で操られていたんだ。今もその魔法の効果が残ってるかも知れないから、念のため安全が確保された地下で過ごしてもらうことになって、それで、」

「操られてたって……誰に?」


 戸惑いを含んだ声にどう答えようか考えあぐねていると、徐にシンがテイトから部屋の鍵を奪い、停止の声をかける間もなく解錠してしまった。

 開け放たれた扉の前には情けない顔をしたリゲルが立っており、久しぶりに彼に会えたような感覚に思わずテイトは唇を噛んだ。


「この部屋から出ないで、質問に答えろ」


 突如冷たい言葉が耳を刺すように突き抜け、テイトは目を丸くした。

 シンは真剣な表情でリゲルを見ている。


「妙な真似をしたら攻撃する」

「な、なんだよ、急に……」


 シンから向けられる明らかな敵意に、リゲルは怯んだように一歩後退った。


「昨日あんたは誰と会った?」

「……し、食堂にたむろってる奴らがいたから、食べる間に暇つぶしに話して、会った奴と言えばそんだけだ。帰る時は一人で……誰とも……」


 リゲルはビクつきながら思い出すようにゆっくりと語った。

 シンは厳しい表情でその様子を眺めていたが、めぼしい証言はなかったのか、程なく落胆混じりの溜息を吐いた。


「そうか、分かった」

「なぁ、何があったんだよ?」


 歩み寄るリゲルに対してシンが手を払う素振りを見せたため、リゲルはショックを受けたように立ち止まった。

 それから、彼は縋るようにテイトを見つめた。


「っなんなんだよ。何でこんな……教えてくれよ」


 どこからどこまで説明すべきかが分からず、テイトは閉口した。

 どう伝えてもリゲルが傷ついてしまうと思ったのだ。


「――あんたは昨日、自分の武器でこいつを襲ったんだ」


 非情に、突きつけるように、シンがテイトを指さしながら軽々しく真相を伝えた。

 リゲルの顔が驚きからまるで何か恐ろしい物を見たかのような絶望に染まっていく様子が如実に見て取れたため、テイトは非難するようにシンの腕を掴んだ。


「ちょっと、シンさんっ」

「……嘘だろ」


 リゲルは青白い顔でシンとテイトを交互に見つめた。


「本当だ。そして庇ったラキドが負傷した。彼はもう左腕が使えないらしい」

「っシンさん」


 腕を掴む手に力を込めると、シンは鬱陶しそうにテイトを睨んだ。


「なんだ」

「そんなこと、今言わなくてもっ」

「隠したところでいずれ知ることになる。だったら、早いほうがいいだろ」

「でも、」

「――嘘だろ、嘘だと言ってくれ」


 悲痛な声だった。

 テイトが思わず目を向けると、リゲルの顔は可哀想なほどに歪んでいた。


「なぁ、テイト、嘘だろ」


 テイトは否定も肯定もせずに黙りこんだ。

 だが、それが答えだとリゲルは理解したようであった。

 暗い表情で一歩、また一歩と後退るリゲルを見かねて、テイトは声を張り上げた。


「でもそれは、リゲルの意思じゃない。操られて、抵抗できなくてっ!」

「……そして、お前に剣を向けたのか。俺が」


 リゲルは両手で顔を覆うと、力なくその場にしゃがみ込んだ。


「ラキドさんにも怪我を……俺、どうすればっ」


 テイトは辛くて見ていられなかったが、シンだけは平然とした様子で口を開いた。


「殺してくれればラッキー、殺せなくても疑心暗鬼の空気感を作れればそれでもよし。それが敵の狙いだろうな。ついでに、今のあんたみたいに勝手に落ち込んで戦意喪失してくれれば儲けもんだ」


 なんて酷い言い方だろう。

 それが、今のリゲルにかける言葉なのだろうか。

 リゲルはむしゃくしゃとした様子で悪態を吐きながら大股でこちらに近付いてきたが、シンが最初に口にした言いつけを思い出したのか、外に出る一歩手前で立ち止まると悔しそうに足を叩いた。


「クソッ!」

「取り敢えず、術者が見つかるまではここで大人しくしていてくれ」


 シンはそれだけ言うと鍵をテイトに渡して踵を返してしまった。

 テイトは俯いたまま立ち尽くすリゲルを放っておけず、だからといってどう声をかけるのが正解かも分からず、ただ所在なさげにリゲルの旋毛を見続けた。


 先に動いたのはリゲルだった。


「……悪かった」

「っなんで謝るの? リゲルは操られてただけでしょ?」

「敵の存在に気付くことすらできず、お前を危険に晒した。それは、事実なんだろ」


 弱々しい声でポツポツと呟かれる言葉に、テイトは首を振った。


「だったら、僕だって悪い! 最初、リゲルが本当に裏切ったんじゃないかって、疑っちゃったんだ……」

 言いながらテイトも俯いた。


「……それは、仕方ないだろう」

「だったら、リゲルも仕方のないことだったんだよ。だから謝らないで。……僕、リゲルが操られてたって聞いて、正直安心したんだ。裏切られてなかったんだって。怪我人だっていたのに、良かったって思っちゃったんだ……酷い奴でしょ」


 テイトがそう言って不器用に笑うと、リゲルも泣き笑いの表情でテイトを見つめた。


「ほんとに……酷い奴だ。……じゃあ、おあいこだな」


 リゲルはテイトに背を向けると、覚束ない足取りで部屋の奥へと歩を進めた。

 その姿を目で追いながら、テイトは部屋の中を観察した。

 部屋は半地下の状態で、薄暗いが太陽の光も僅かに差し込んでいるようであった。

 簡易な造りのベッド、小さな机と椅子、それを照らす小さな燭台。

 部屋の中にはたったそれだけのものしかなかった。

 娯楽の何一つない部屋、こんなところで術者を見つけるまで軟禁状態では心が先に死んでしまう、とテイトはリゲルの背中に声をかけた。


「何か、必要なものはある?」

「いや、今は何も……」


 ベッドに腰かけるリゲルからは、何の感情も読み取れなかった。


「必要になったら、また声をかけるよ。ありがとう」

「うん、分かった」

「あと……」


 リゲルは言いづらそうに言葉を濁すと、視線を泳がせながら口を閉ざしてしまった。

 しかし、何か言わんと小さく口の開閉を繰り返しているのが見えたため、テイトは辛抱強く続きを待った。


「今は、どういう顔して会えばいいか分からないけど、ラキドさんに謝りたい。謝ってどうにかなることじゃないけど」

「……うん、分かってるよ」


 それを最後にリゲルは完全に口を噤んだ。

 テイトはゆっくりと扉を閉めると、複雑な気持ちで鍵をかけた。


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