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47.  貴族

 議会の前日に首都カストルに到着したテイト達は、議事堂近くに宿を取って休んでいた。


 流石首都と言うべきか、賑わいが他の都市の比ではなかった。

 また、建物も他都市に比べると大きく頑丈な造りに見えた。

 広く整備された石畳の道は常に馬車が行き来し、人の往来も目が回るほど盛んであった。

 それに紛れるように、時折魔導師団の制服に身を包んだ者が警邏しており、彼らによって街の治安は守られているようであった。


 首都には貴族達の別宅も存在していた。

 本宅は当然のことながら彼らの自領にあるそうだが、月に一回行われるこの議会のために貴族達はカストルにも屋敷を構えているらしい。

 最初はその邸宅を訪問しようと考えていたが、門前払いされることは目に見えていたため、その案は早々に却下となった。


 テイト達は貴族との接触を図るため、朝早くから議会の開催場所である議事堂近くに張り込んでいた。

 議事堂は黒く巨大な門をくぐり、正面に見える大きな階段を上った先にあった。

 遠目で見ても分かるほどに豪華絢爛な造りをしており、その煌びやかさにテイトは初めて見た時思わず口を開けて呆然としてしまった。

 門の近くには厳しい表情で目を光らせる門番が複数人駐在しており、一般の人は入場はおろか近付くことすらも禁止されていた。

 そのため、貴族と話をするのであれば、門の手前で身分確認のために立ち止まった時しかチャンスはない。

 それでも、不敬だと罰せられる可能性も捨てきれないため、声をかけるのはテイトとラキドのみで、残りの者は何かあったら援護に回るように、と危機回避のために前もって役割を分担していた。


 注意深く通りを観察していると、護衛兵によって厳重に囲まれた馬車がこちらに近付いてくるのが見えた。

 馬車はスピードを落として道を曲がると、大門の近くで完全に停止したため、テイトとラキドはすぐさま物陰から飛び出した。

 当然のことだが、行く手を遮るように護衛兵がその前に立ち塞がった。


「それ以上近付かぬようお願いします」

「あの、貴族の方と話がしたいんです。少しだけでも構いません」

「子爵はお忙しい御身故、そのような時間はございません。これ以上近付くのであれば、剣を抜きます」

「――何をしている、早くしろ」


 馬車の中から怒声が聞こえた。

 その声に反応して、目の前に立つ男がちらりと後ろを窺った。


「僕、クエレブレの人間です、どうか話をして頂けませんか!」


 視線が外れた隙に、テイトは声を張り上げた。

 男が腰にかかった鞘から険を引き抜くのが見えたが、テイトは自分の短剣に手をかけることなくただただ馬車を見つめた。

 ラキドが心配そうな面持ちでテイトの傍にぴたりと寄った。


「……クエレブレ」


 小さな呟きの後に、馬車のカーテンと窓がやや乱暴に開かれた。

 その小窓から身を乗り出した小太りな男性は、まるで値踏みするかのようにテイトとラキドをじろじろと見下ろした。


「随分と若いな……本当にクエレブレの者なのか?」

「ソベル様!」

「今日の話の種になるかもしれんから、少し付き合うだけだ」


 護衛兵が渋々と言った様子で剣をしまったため、テイトは安堵の息を吐いた。


「今ここでクエレブレの者であることを証明しろと言われても難しいですが、今日は仲間達を代表して協力の打診に来ました」

「子供を使えば我々が同情するとでも思っているのだとしたら、勘違いも甚だしいぞ。おい、貴様が話せ」


 ソベルと呼ばれた男は鼻を鳴らしながら不満そうにラキドを睨んだ。

 ラキドは毅然とした態度でソベルを正面から見据えた。


「クエレブレのリーダーは間違いなく私の横に立つ者です。リーダー自らの対話でなくても構わないと言うのであれば、勿論私がお話しすることもやぶさかではありませんが……」


 ソベルは僅かに目を細めて、テイトに視線を戻した。


「ふむ、子供がリーダーとは随分と舐めた連中だ。……いいだろう、それで貴様が話すことは我々にメリットがある話なのかね?」

「……メリット?」

「メリットもなしに打診に来たのか? 話にならんな」


 テイトは愕然とした。

 いきなりメリットの話になるなど、予想だにしていなかったのだ。

 話を打ち切ろうとする雰囲気を感じ取り、テイトは慌てて言葉を繋げた。


「っ僕たちは今、敵の襲撃地を予測できるところまで来ています。共に力を合わせれば、アノニマスの被害を完全に抑え込むこともできると思うんです」

「我々も領地を守ることで手一杯なのに無茶を言われてもね。せめて――」

「――何の騒ぎですか」


 突然、凜とした静かな声が鼓膜を震わせた。

 声の方に目を向けると馬に跨がった綺麗な女性が目を細めてこちらを窺っていた。

 魔導師団の制服を身につけていたため、彼女が魔導師団の兵であることをテイトは一拍遅れて理解した。


「ワカ嬢! お久しぶりでございます、ご機嫌いかがでしょうか」


 慌てたように馬車から駆け降りてきたソベルが、彼女に向かって丁寧にお辞儀をした。

 そのあからさまな態度から、魔導師団の彼女の方が彼よりも高位であることが伺えた。


「ソベル卿、久方ぶりですね。ところで、私は何の騒ぎか尋ねたつもりでしたが……」


 ワカと呼ばれた女性は、馬から降りると無表情のまま最初の問いを繰り返した。

 たったそれだけの言動ではあったが、美人な所為か妙に迫力があった。


「これはこれは申し訳ない。クエレブレの者だと名乗る連中が話をしたいと言うので付き合っていたところです。ですが、もう話は終わりました」


 ソベルが媚を売るような笑みでワカにそう伝えると、ワカはちらりとテイト達を見遣った。


「クエレブレの……」

「っ話はまだ終わっていません!」


 テイトは叫ぶように否定したが、主人の言葉を遵守する護衛兵達は再び剣を抜くと、その刃先をテイトに向けた。

 場に漂う緊張感に、ラキドが盾となるように一歩前に歩み出た。


「剣をしまいなさい」


 静かだか有無を言わせない声が聞こえた。

 発せられたのはワカからであった。

 その指示を受け、自分の主人ではない人からの命令なのにも関わらず、護衛兵達はすぐに武器をしまった。


「ワ、ワカ嬢、どうされましたか?」

「話をしに来た者に対する態度ではないと思いますが」

「え、えぇ、仰るとおりで。――お前達、勝手なことをするな!」


 ソベルが自身の兵に怒りを向けている最中に、ワカは目を細めてテイトを見つめていた。

 真っ黒で吸い込まれそうなその瞳に、テイトは怖じ気づきながらも視線を返した。


「クエレブレの方が何用でしょうか?」

「……協力を申し出に来たんです」


 ソベルよりは話を聞いてくれそうな相手に、テイトは力強く返した。


「なるほど。ソベル卿はなんと?」


 その言葉にソベルが冷や汗を垂らしたのが見えた。


「無理だと言われました。メリットがないと」


 ワカは考えるように目を伏せた。

 その沈黙をどう捉えたのか、ソベルはワカの方ににじり寄ると取り繕うような笑みを浮かべた。


「あ、あのですね、ワカ嬢。ご存じかも知れませんが、これは前の議会でも……」

「そうですね。無理なご相談ですね」


 ワカは顔を上げると、顔にかかった髪を払いながらきっぱりと答えた。


「私たち魔導師団も他の場所に回せるだけの人員がおりません。人口の多い貴族領を優先して守ることに思うところもあるのでしょうが、どうか割り切ってください。遠路遙々来てくださったところ申し訳ありませんが、お引き取りを」


 冷酷に突きつけられた言葉に、テイトは返す言葉がなかった。

 ラキドも苦い表情を浮かべると、そっとテイトの肩に手を置いた。


「……テイト、行こう」


 テイトは俯いた。

 こちらの状況が変われば貴族も意見を変えてくれるだろうなんて、なんて勝手な思い込みだったのだろう。


「……お時間頂き、ありがとうございます」

「いえ、ご期待に添えず申し訳ありません」


 立ち去ろうと踵を返した背中に、嬉しそうに笑うソベルの声が聞こえた。


「いやぁ、さすがワカ嬢。状況を良く理解していらっしゃる。――ところで、本日は議事堂に何かご用事でも?」

「当主の体調が優れないため、代理で議会に出席する予定で参りました」

「おや、閣下が? いやぁ、心配です。何か体にいい物でもお送りしましょう」

「大したことはありません、お気持ちだけで十分です」


 交わされる会話を聞きながら、歩みを進めていたラキドが顔を顰めた。


「……おそらく、彼女はカストル公爵家の人間だ。“閣下”は今現在カストル公爵にのみ使われている敬称だ」


 テイトは目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。

 この国のトップに断られた、それはつまり見捨てられたも同然のことだった。


 テイトは歯を食いしばった。

 彼らの言い分は分かった。

 けれど、自分たちだって余裕なんてものは微塵もない。

 いつ死ぬか分からない、そう思いながら戦っているのに。

 それなのに、詳細すらも聞いて貰えず、向こうの都合だけでただ拒否された。


 人が人を守ることは、こんなに難しいことだったのだろうか。

 同じ人間なのに、こんなにも分かり合えないものなのだろうか。

 貴族とその他の人間、魔道士とそうではない者、たったそれだけのことで分かり合えないこと、それが何より辛かった。


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