SIDE. シン 教団訪問 2
次の日、午前中の間にレンリとナナは礼拝堂の方にも顔を出した。
と言うのも、昨日の夕食時に是非にとアニールに頼まれたからだ。
二人は二つ返事でそれを引き受けたが、まさか特別な正装が用意されている程の規模だとは、その時は全く説明がなかった。
信者が混乱しないようにとよく分からない理由付けで用意されたのは、真っ白で裾の長い衣装だった。
女性の神官が着付けを手伝うからとレンリとナナと共に部屋に入り、その後二人が出てきたのはなんと一時間が経ってからのことであった。
出てきた二人の姿を見てルゥは感嘆の声を上げた。
衣装に合わせてか髪も複雑に結われており、ルゥのお姫様みたいとの言葉にナナは満更でもなさそうな笑みを浮かべていた。
次いで出てきたレンリの姿には全員が息を呑んだ。
元々美しい容姿をしているが、白一色の衣装がより一層彼女を引き立てているようであった。
人の美醜に対してあまり興味のないシンでもそう思ったのだ、その他の人がどう思うかは容易に推して知ることができた。
そして、その状況に誰よりも満足しているのは間違いなくアニールだった。
満面の笑みで二人を礼拝堂まで案内すると、竜の像の前で手を合わせてくれるだけで構わないのでと要望を口にした。
礼拝堂の中には参拝者の姿が多数確認できたが、竜像の前は神官が立ち入りを禁じており、一体何が始まるのだろうという不安と期待を帯びたざわつきで満ちていた。
その様子から察するに、信者には特に何も説明していないようである。
ルフェール教団の神官が総出で厳戒態勢を敷く中、アニールが先にゆっくりと前に進み出た。
「本日訪れてくださった皆さま、お祈りの時間を中断してしまい申し訳ございません。しかし、貴方方が今この場にいることは、何よりも幸運の証となるでしょう」
アニールに視線で合図を送られたレンリとナナが竜像の前へと歩み出ると、騒然としていた礼拝堂は一気に静まりかえった。
そして、美しい《竜の子》の姿に誰もがほぅっと息を吐いた。
レンリとナナは言われたとおりに像の前で手を組んで祈りを捧げ、そしてそのままこちらへと戻ってきた。
時間にして僅か数分。
そのために準備に一時間もかけたのかと思うと、その非効率さには呆れるしかないが、一拍置いて聞こえた歓声に、教団にとっては大事な数分であったことが伺えた。
「あの、お二人とも、凄くお綺麗でした!」
教団の空気に当てられたのか、ルゥが興奮した様子でそう伝えると、レンリもナナも笑顔を返した。
それからは急いで着替えて、拠点に戻る準備を整えた。
何泊でもしてもらって構わないのにと惜しむ声を無視して、シン達は馬車の方へと移動した。
鳥が煩わしいから教団に寄っただけで、長居するつもりは微塵もなかった。
アニールを初めとする神官に見送られながら馬車に乗り込もうとしたまさにその時、背後から声がかかった。
「――お待ちください。お渡ししたいものがあります」
振り返るとアニールとあの若い神官が一歩前に出てこちらを見つめていた。
アニールに背を押され、若い神官は更に数歩こちらへと歩みを進めた。
「御使い様、こちらで間違いないでしょうか?」
そう言ってナナに差し出されたのは、『竜を冠する者』と題名が付けられた絵本だった。
ナナはそれを受け取ると、ページをちらりと捲った。
一ページ、二ページと無言で捲るナナを、神官は緊張した面持ちで見つめていた。
「っ間違いありません、これですわ!」
ナナが嬉しそうに本を抱きしめると、神官も安堵したように微笑んだ。
「ずっと気になっていましたの。良かった、貴方とルゥのおかげですわね!」
「私は何も。御使い様が喜んでくださるのであれば、それだけで……」
「感謝しますわ!」
神官は感極まった様子で顔を紅潮させた。
そして、次にアニールがゆっくりと歩み寄った。
「レンリ様にはこちらを」
アニールはレンリに花束を差し出した。
彼女の瞳とよく似た色の花を主軸として構成されたそれに、レンリは驚いたように目を瞬き、それから嬉しそうに微笑んだ。
その表情に、花が好きというのはあながち嘘ではないのだと気付かされた。
「ありがとうございます」
「僭越ながら、私も彼と共に選ばせて頂きました。魔法で傷みにくいよう加工致しましたので、次に私がそちらを訪問するまできっと咲き続けることでしょう」
アニールはそう言うと頬を緩めた。
レンリが若い神官にもお礼を述べると、震えた声で小さく言葉が返ってきた。
無駄な魔法を施したなと思いながら、シンはレンリの横から花束を覗き込んだ。
確かに魔法の気配がした。
独創的な魔法の使い方をするアニールに、シンはほんの少しだけ感心した。
そうして今度こそ馬車の中に乗り込んだ。
動き出した馬車の中で、ナナは嬉しそうに絵本を撫でつけた。
「それがナナの思い出の本?」
「そうですわ! あ、レンリ様も一緒に読んでみます?」
ナナは絵本を開くと、隣に座るレンリにも見えるように傾けた。
「何が特別って訳でもないのですけれど、でも、小さい時の楽しい思い出はこれしかありませんの。だから、大切なのですわ」
ナナが少しだけ寂しそうに目を伏せると、それに気付いたレンリが話題を変えるように絵本を指さした。
「この子が、ナナの言っていたお姫様?」
「ええ、ええ、そうですわ! この絵本を読んで、あたしにもいつか勇者様が迎えに来てくれるかもって夢を見たのですわ」
ナナは懐かしそうにページを捲り、不意に手を止めた。
「……レンリ様、途中で申し訳ないのですけれど、この絵本は先にルゥに見せるべきでしたわ」
「え? ふふ、そうね」
レンリは開かれているページに目を落とすと、口に手を当てて微笑んだ。
ナナは絵本を閉じてルゥの方へと差し出した。
「え、僕のことは気にしなくて大丈夫です。折角ナナさんが手に入れた思い出の絵本なのに」
「ルゥにとっても思い出の絵本なのでしょう? これは、年上として当然の行いですわ」
お姉さんぶるナナには何を言っても聞かないと悟ったのか、ルゥはお礼を言いながら怖ず怖ずと絵本を受け取った。
そして、ナナに見守られる中でゆっくりと絵本を開いた。
「ルゥはこれを見て竜を探したいと考えたのでしたわね」
「……はい。周りの大人は竜の存在なんてお伽噺だって言って笑いました。それで、その気持ちは胸の奥にしまった筈なんですけど、絵本のことを思い出して、アニールさんの話を聞いて実在するんだって知って……僕、本当に会ってみたいなって思ってます」
ナナとレンリとしっかりと目を合わせて、ルゥは至極真面目な様子で続けた。
「何より、今日お二人がお祈りしている姿を見て、こんなに神々しい方達が祈ってくれるなら、本当に竜が現れるかもって、そう思いました」
ナナは得意気な笑みを浮かべた。
「それなら、クエレブレとの協力関係が終わった後は一緒に竜を探しましょう。ええ、それがいいわ」
ナナは自分の言葉を自分で肯定し、ルゥは大きく目を見開いた。
「……一緒に、探してくれるのですか?」
「ええ。あたしの勇者様も竜と一緒にいるみたいですし、目的も一致していて丁度いいのですわ」
強気な発言の後に、ナナは上目遣いで甘えるようにレンリを見上げた。
「その時は、レンリ様も共に竜を探しましょう。一緒に色んな所に行けば、レンリ様の記憶の手掛かりも見つかるかも知れませんわ!」
レンリにかけられた言葉にレンリ以上に反応を示したのは、ルゥだった。
大きな目を更に大きく広げ、ぽかんとした様子でレンリとナナを見つめた。
「……記憶の、手掛かり?」
「……いけませんわ。これは秘密事項だったのですわ」
ナナは口元を手で覆ったが、それは既に遅い行為だった。
シンは深く溜息を吐き、ルゥは戸惑ったようにレンリを見遣った。
「……レンリさんは、記憶が、ないのですか?」
「以前の記憶が曖昧なだけです。困っているわけではありませんので、気にしないでください」
レンリは何とも思っていない様子で微笑んだが、ルゥは不安そうに瞳を揺らした。
レンリは話をすり替えるように、ナナに視線を向けた。
「私も一緒に行っていいの?」
「勿論ですわ! レンリ様と私がいれば百人力ですわ。竜だってあっという間に見つかることですわ!」
なんたってあたし達は《竜の子》なのですから、と堂々と胸を張るナナを見て、レンリは可笑しそうに笑った。
「こうなったら、シン様も一緒に行きますわよね?」
「……俺はあんたらと違って信じてないぞ」
「それは別に重要ではありませんわ」
「アニールの話だと、竜に会うには信仰心が大切みたいだが?」
「では、それまでに信仰心を持つように努力をお願いしますわ」
「なんだそれ」
呆れたように息を吐くシンの横で、微かにルゥの小さな体が震えた。
シンがちらりと窺うと、ルゥは瞳に涙を溜めて、それを流さないように歯を食いしばっていた。
シンがぎょっとして身じろぎすると、ナナが立ち上がって責めるようにシンを指さした。
「行かないなんて冷たいことを言うからですわ!」
「……行かないとは言ってないだろ」
レンリが伸ばした指でそっとルゥの目尻を拭うと、ルゥは目に見えて動揺した様子で頬を紅潮させた。
「わわ、レ、レンリさん、すみません、僕、」
ルゥは赤い顔のままあわあわとした様子で早口に告げた。
驚きで涙はすっかり引っ込んだようで、レンリもそれを見て安心したように姿勢を正した。
「ナナさんも師匠もすみません、僕……嬉しくて」
ルゥは恥ずかしそうに俯くと、膝に置かれた絵本に描かれている竜を優しく指で撫でた。
「大人は皆、笑うから。いつの間にか話すこと自体避けていたけれど、皆さんに話してみて良かったです」
ルゥは三人を見上げて徐に微笑んだ。
「約束、です。一緒に竜を見つけましょうね」
「ええ、約束ですわ」
「――……竜と話とかもしてみたいなぁ」
花の香りが仄かに香る馬車の中で、その小さな願いを隣に座るシンだけが聞いていた。




