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SIDE. シン 教団訪問 1

「――遠路遙々よくお越しくださいました」


 ルフェール教団に辿り着いたシン達を仰々しく出迎えたのは、アニールを始めとする神官の面々だった。

 今日の到着に合わせて信者の出入りでも禁じているのか、教団内はかなり静かな様子である。


「……おや、そちらの方は?」


 いつも通りレンリとナナにだけ恭しく口上を述べた後、馬車から降りるシン達の中から見慣れぬ子供の姿を目敏く見つけてアニールはにこやかに尋ねた。


「お初お目にかかります、ルゥと申します。ルフェール教団の司教様であらせられるアニール様にお会いできて、光栄に存じます」


 子供らしからぬ丁寧な挨拶に、アニールは一度目を瞠り、それから穏やかな笑顔を湛えた。


「初めまして、ルゥ殿。随分としっかりとしていらっしゃる。……信心がおありなのでしょうか?」

「教えのことは以前から知っていましたが、実際に訪れるのは初めてです。知らないことも多いため、是非勉強させてください」


 キラキラと一生懸命な様子で見つめられ、アニールは満更でもなさそうに微笑んだ。


「興味を持って頂けるのは嬉しいことです。では、どうぞこちらへ」


 アニールはゆったりとした動作で先導し、以前泊まった部屋へとレンリとナナを案内した。

 部屋の中は以前よりも更にグレードアップしているようだったが、豪華な調度品には見向きもせず、ナナは机の上に並んだ数々のお菓子に目を輝かせた。


「到着の具体的な時間が分からなかったため、先ずは冷めても大丈夫な物を御用意させていただきました。他のお菓子も焼き上がり次第お持ちいたしましょう」

「感謝しますわ!」

「とんでもございません」


 ナナはレンリの手を取り、早く席に着こうと急かしたが、レンリは戸惑ったようにアニールを見上げた。


「お礼をさせて頂く身なのに、このような歓待を受けては……」

「お気になさらず。一同、御使い様がいらっしゃるのを今か今かと心待ちにしておりました。御使い様が私たちの教団で快適に過ごしてくださるのであれば、それこそが何よりも至福なのです」


 アニールは眉尻を下げて頬を緩めた。


「ですが、もし気を遣って頂けるのであれば、目にとまった神官に一言二言声をかけてくださいませんか」

「それならこの部屋に順に呼べばいいのではなくて? 話をするぐらい、別に減るものでもありませんし構いませんわ。なんなら、こんなにお菓子があるんですもの、一緒に八つ時を過ごせばいいのではないかしら?」


 ナナは早くお菓子を食べたいのか、視線をテーブルに向けたまま早口に捲し立てた。

 アニールは驚いたように数度瞬きをした。


「流石に、御使い様の部屋にお招き頂くわけには……」

「そのあたしが構わないと言っているのですわ! レンリ様も気にしませんわ。ね?」

「勿論大丈夫です」

「ですが……」

「あたし達の部屋と言っても、ここはアニール達が用意してくれたものなのだから、貴方も気を遣う必要などありませんわ」


 尚も渋るアニールをナナが痺れを切らしたように睨め付けた。

 いつもより饒舌なナナからは、早く席に座りたいという意思がありありと見えた。


「……かしこまりました。お気遣い感謝いたします。神官達に御使い様のお言葉をお伝えし、すぐに準備を整えさせていただきます」

「ええ。――さぁ、レンリ様、早く座りましょう」


 ナナは今度こそしっかりとレンリの手を引き、アニールはそんな二人の後ろ姿に向かって深くお辞儀をすると、席に着くのを見届けてから足早に踵を返した。

 シンは呆れ半分にナナの方へと足を進めた。


「……随分調子のいいことを言ったな」

「色々貰ってるのだから当然の対応ですわ。――ルゥも早くこっちに来なさいな」


 ナナに名を呼ばれ、入口のところで呆然と立っていたルゥはびくりと肩を揺らした。


「……僕が同席してもいいのですか?」

「勿論ですわ。こんなにあるんですもの、一緒に食べましょう」


 ルゥは小さく失礼しますと口にして部屋の中に足を踏み入れると、ナナの隣の席にちょこんと腰をかけた。

 それを見遣って、シンもレンリの隣へと腰かけた。


 ナナにしては珍しく、おそらく初対面で褒めそやされたことも一因だろうが、ルゥに対しての言動は全く棘がないものであった。

 自分よりも幼い見た目が庇護欲をそそるのか、寧ろお姉さんぶって気にかけることも多いため、良い変化だとシンは見守ることに徹していた。


「ルゥはどれを食べますの? 遠くにあるものならあたしが取りますわ」

「いえ、寧ろここは僕が取り分けます。ナナさんはどちらをご所望ですか?」

「気遣いは結構ですわ、ルゥは子供なのだから気楽にしたらいいのですわ」

「そう、ですか……」


 ルゥは一瞬何とも言えない表情を浮かべたが、すぐに笑顔に切り替えて子供らしくお菓子を選んでいた。

 少しの談笑の後、紅茶の配膳がされるのとアニールが三人ほど神官を引き連れてやってきたのはほぼ同時のことであった。

 妙に緊張した面持ちの神官を横につけ、少し離れた場所で立ったままアニールはにこやかに笑った。


「お時間頂きありがとうございます。全神官が御使い様と対面したいと希望しまして、三人ずつ五分ほどお話し頂ければと思います」


 神官はその場から動かぬまま震える声で挨拶の口上を述べると、後は感動したようにレンリやナナの顔を見つめるばかりで、時間が迫りやっと口を開いたかと思うと、次は一方的に賛辞を送るのみであった。

 会話らしい会話もない対面だが、それでも、全員が全員五分後には満足した表情で退室していくため、異常なまでの信仰心に対する呆れを内面に押し殺して、シンは何食わぬ顔でクッキーを口に含んだ。


 神官は入れ替わり立ち替わりに入室し、もうすぐ一時間が経とうとしていた。

 ルゥは根が真面目なのか、全ての実もない話にしっかりと耳を傾けていた。

 対してシンはクッキーにも飽きて、手持ち無沙汰に頬杖をついて聞き流していたが、次が最後ですと言うアニールの言葉を聞いて、ようやくかと静かに息を吐いた。


 入室してきたのは、以前教団に訪れた時に世話役を務めたあの若い神官だった。

 目に見えて緊張した様子の男は、お腹の前で組んだ手も小刻みに震えている様子であった。


「あら、貴方は前の……」

「お、覚えてくださっていたのですか」


 ナナの小さな呟きを聞いて、神官は興奮したように頬を紅潮させた。


「まだ二ヶ月も経ってませんわ」

「いえ、それでも、私なんかが……」


 神官は詰まらせながら言葉を発した。

 相当嬉しかったらしく、頬は僅かに緩んでいる。


「あ、あの、御使い様方に質問してもよろしいでしょうか?」

「構いませんわ」

「ありがとうございます。あの、その、御使い様方は、好きな物とかありますか?」


 他の神官が口にしたまるで神に向けたかのような言葉とは異なり、きちんと人に向けた問いかけに一瞬全員が目を瞬かせた。

 不自然に間が空いたことに気付き、神官は焦ったように忙しなく視線を動かした。


「あ、い、いえ、あの、次の支援物資を選ぶ時の参考にさせて頂きたく……」


 言いながら男の声は段々と小さくなっていき、終には床に視線を落としてしまった。

 アニール個人からの支援と言いつつ、やはり教団全体が絡んでいたのだなとシンは答え合わせをしたような気分であった。


「――そういうことでしたら、花を贈ってください」


 優しい声にバッと顔を上げた神官は、レンリに微笑みかけられると、顔を真っ赤に染め上げた。


「は、花ですか」

「はい。多いと持て余してしまうので、部屋に飾る分だけ」


 シンは上手いなと感心した。

 花であれば、以前贈られた宝石などに比べて高価ではないし、貢ぎたがりの教団にとっても全く負担にはならないであろう。

 尚且つ、贈られる側の心的負担にもならない。

 枯れたら捨てればいいとなれば、場所を取ることも、残すこともしなくて済む。

 より望むのであれば、もう少し強欲に実用的な物を挙げても良かったのではないかと思うが、まぁ返答としては十分に及第点である。

 好きな物を容易に教団に打ち明けてしまえば、それこそ限度を知らずに送られてくることは必至なのだ。

 シンは冷静に分析しながら少し冷めた紅茶に口をつけた。


「っ分かりました。誠意を持って選ばせていただきます!」


 意気込んだ様子の神官に、レンリは少しだけ困ったように笑った。


「あたしも、機会があれば欲しいものがあったのですわ」


 ナナがぽつりと呟くと、神官は息を呑んで耳を傍立てた。

 注目が集まると、ナナは少し言い淀んで、目元を赤く染めた。


「こ、子供っぽいなどと笑わないと約束していただけます?」

「勿論です!」

「実は……絵本を探していますの」

「絵本?」


 聞き返すように問われ、ナナは顔を真っ赤にして声を張り上げた。


「貴方、今あたしをバカにしましたわね!」

「め、滅相もありません」

「ただの絵本じゃないのですわ! 小さい時にあたしを元気づけてくれた物なのですわ!」

「タイトルなど教えていただければ、すぐに手配いたします!」


 ナナは難しそうな顔をして顔を伏せた。


「タイトルは、覚えていませんの」

「では、内容は?」

「内容……悪者に囚われたお姫様を、勇者様が助け出す話ですわ」


 神官は困ったように眉尻を下げた。

 シンも彼と同じ考えだった。

 子供向けの勧善懲悪の絵本などは、大体がそういう内容だ。

 数え切れないほどある絵本の中からナナが求めるものを探すことは、大海を手で塞ぐようなものだ。


「――それって竜も出てきますか?」


 そう問いかけたのはルゥだった。

 真剣な表情で見つめられ、ナナはハッとしたように顔を上げた。


「出てきますわ! 勇者様の味方をしてくださいますの」

「勇者は最初一人で戦うけれど結局は追い詰められてしまって、でも竜の加勢で敵を打ち倒す、そんなお話ですか?」

「そうですわ! それで勇者様はお姫様と平和に暮らすのですわ。――ルゥも知っていますの?」


 ナナに期待の籠もった瞳に応えるように、ルゥもキラキラとした表情で答えた。


「僕が持っていた絵本と同じかも知れないです。タイトルは確か――『竜を冠する者』」


 その言葉を聞いて、アニールはさっと神官に目配せをした。

 それを受けて神官は深々とお辞儀をすると、簡易な挨拶だけを残して部屋から出て行ってしまった。


「と言っても、竜の出てくる児童文学も数多くあるので、ナナさんの探している物と一致しているとは限りませんが……」

「いえ、貴重な情報をありがとうございます、ルゥ殿」


 アニールからお礼を言われ、ルゥは照れたように笑った。


「六年ぐらい前に流行した絵本なので、目にした人は多いと思うんです。僕が持ってればお渡しできたんですけど……失くしてしまったので」


 ルゥは悲しそうな顔ではにかんだ。

 そんなルゥにナナは思い切り抱きついた。


「ルゥ、よくやりましたわ!」

「わわ、で、でも、まだ同じ絵本とは決まってないですし」


 ルゥは顔を赤らめ上擦ったような声を出したが、ナナは抱き締める手を更に強くした。


「あたしの探している物でなくても、ルゥが失くしたものが手に入るのであれば、それはそれでいいじゃありませんこと」


 ルゥは呆気にとられたような表情を見せた後に、泣きそうな顔で笑った。


「……ありがとう、ございます」

「ねぇ、ルゥはその絵本のどんなところが好きでしたの? あたしはやっぱり、勇者様がお姫様を助けるところに憧れるのですわ」


 ナナはルゥから体を離すと、自分の手を組みながら惚けた顔でそう語った。


「……僕は、竜が登場するところが一番好きでした。凄く、ワクワクしたんです」

「確かに、そこは格好いいシーンでしたわね!」

「それで僕、いつか竜を探しに行きたいなって思ったんです。見つけたら、絵本の勇者みたいにヒーローになれるかもって思って」

「素敵ですわね」


 ナナに肯定されて、ルゥはくしゃりと顔を歪めた。

 それが、悲しみの表情なのか喜びの表情なのかは判断が付かなかった。


「ルゥ殿ならば、いつか会うことが出来るかも知れませんね」


 アニールが微笑みながら口を挟むと、ルゥは目をぱちくりさせた。


「……本当に、会えると思いますか?」

「会えますとも。かく言う私も一度この目で見たことがありますから」


 その言葉にシンはまたかと頭を抑えた。


「っ竜に会ったんですか? 本当に?」

「竜神様はその存在を信じる者には自ら御姿を現わしてくださいますよ。私が目にしたのはオブリオ島の方でした――」


 以前聞いたものと同じ話を繰り返すアニールに、シンは今度こそ口を挟まないようにと完全に冷めてしまった紅茶を口の中に流し入れた。


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