46. 出発
出発当日。
ラキド達との待ち合わせ場所に向かうテイトの視界に、ソワソワとした様子で歩く子供の姿が映った。
「――ルゥ、こんなところで、どうしたの?」
「あ、テイト!」
ルゥはすぐにテイトの方へと駆け寄り、それから嬉しそうに顔を緩めた。
「師匠に教団への同行を許可されたんだ。それで馬舎に向かってるところ」
シンも今日出発だと話していたっけ、とテイトは相槌を打ちながらぼんやりと考えた。
ルゥはシンを師匠と呼んで慕っているようであった。
シンから聞いた話によると、やはり貴族と言うべきか、ルゥはかなりの魔力量らしい。
使い方さえきちんと覚えれば自分よりも強い魔法を扱えるだろう、とあのシンもどこか誇らしそうに話していたのは強く印象に残っていた。
「そう言えば、シンさんから聞いたよ。ルゥは優秀だって」
「そんな風に話してくれてるの? 嬉しいなぁ」
ルゥは照れくさそうに頬を赤らめた。
ルゥ曰く、シンはいつも事務的に教えるのみで、どうも面と向かってはあまり褒めてくれないらしい。
突然、ルゥははっと気付いたように拳を握って力んで見せた。
「教団への道中、勝利の女神であるレンリさんとナナさんのことは僕が守るから安心して!」
「はは、お願いね」
ルゥはどうやらアスバルドで過ごす内にルゴーと意気投合したらしく、レンリをどこか神格化している。
ルゴーには魔法の合格をもらったら自分の隊に来いとも誘われているようで、順調に《クエレブレ》に馴染んでいるルゥに、テイトも安心して微笑んだ。
「……テイトは、カストルに行くんだよね?」
「うん、そうだよ」
ルゥはどこか不安そうな面持ちで口を開いたかと思うと、何も言葉を発さないまま閉じてしまった。
「どうかした?」
「……ううん、なんでもない。気を付けてね」
ルゥは傍目でも無理矢理と分かる笑顔を浮かべて、馬舎の方へと駆けて行ってしまった。
シン達はアニールから貰った馬車でルフェールに行くらしい。
その方が便利だし、何よりアニールが五月蠅くなさそうだというのがシンの意見で、テイトもそれには完全に同意であった。
ルゥの様子を気掛りに思いながらも、集合の時間が迫っていたため、テイトは後ろ髪を引かれる思いで船着場を目指した。
ハルファ川を下って、交通の便のいいサラファに行くためだ。
拠点内の船着き場に到着すると、既にラキド達が船の前で待っていた。
「テイトー、遅いよー」
「すみません、遅れました」
「いいや、まだ時間になってない。カノン、適当なことを言うな」
カノンはごめんごめんと軽く謝罪しながら笑った後に、キョロキョロと辺りを見回した。
「あれ? 今日はリゲル君いないんだね」
「今日は僕のところは皆別行動ですし、リゲルにも休んでもらうことにしました」
「あーそっか、レンリちゃんとナナちゃんは教団に行くんだっけ」
カノンは思い出したというように手をぽんと叩いた。
「テイトの隊は可愛い女の子が二人もいていいね」
「え? それは、偶々と言うか……」
「もうっ! ここは、ラキドの隊もカノンさんがいるからいいじゃないですか、って言うところでしょ!」
「えぇ……」
カノンはぷんぷんとした様子でテイトを指さした。
テイトが戸惑いながら小さく謝罪を返すと、ラキドが軽くカノンの頭を小突いた。
「変な絡み方をするのは止めて、船に乗るぞ」
「はーい。あ、今回の往路はテイトの恋愛観について話そうね!」
「だからそういうのを止めろって。……すまないな、テイト」
ラキド隊はいつもこんな感じなのだろうか、とテイトは若干引き気味で船に乗り込んだ。
船はさほど大きいわけではないが、雨風を凌げる室内スペースと、景色を見渡せる展望スペースとがあり、サラファまでの約三十分の航程は快適に過ごせる作りとなっていた。
船が川の流れに沿って動き出すと、気持ちのいい風が頬を撫でた。
心地よさに思わず目を細めると、室内スペースからカノンがこっちこっちと手招きするのが見えたため、テイトは一転恐々とした気持ちで室内に入り込んだ。
「やっと来た! それで、テイトは好きな子とかいるの?」
隣に座るや否や、カノンが開口一番にそう尋ねてきたため、テイトは困惑しながら頬を掻いた。
室内にはカノン以外に人はおらず、きっと皆面倒臭いことになると知っていて逃げたのだろうと察した。
「……いえ、考えたことないです」
「えーもったいないよ。ただでさえ、こんな活動してて出会いも少ないんだから、せめて青春はちゃんと謳歌しないと。――あ、じゃあ、好きなタイプは? やっぱりステラみたいな感じ?」
その言葉にテイトは苦笑を禁じ得なかった。
「それ、リゲルにも言われましたけど、ステラさんのことそんな風に見たことないですよ」
「そうなの? いつも一緒にいるからてっきりそうなのかと思って、密かに応援してたのに」
「あの時は沢山のことを教えて貰うのに必死で……」
「そっか。まぁ、確かにテイトはほっとけないタイプだったから、ステラもずっと一緒にいたのかな。テイトはあの時はもっと子供だったし、類を見ないぐらいのいい子だったし」
カノンは昔を思い出すかのように遠い目をしたが、はっとしたようにテイトを見つめた。
「勿論、テイトは今もいい子だよ。だからお姉さんは心配で……」
「はは、ありがとうございます」
「でも、大丈夫! テイトみたいに優しい子は絶対需要あるから。だけど、優しすぎるのも注意が必要だよ。皆に平等に優しくしたら彼女に泣かれるからね」
「……なんですか、それ」
テイトは呆れながらカノンを見たが、カノンは至って真剣な様子であった。
「じゃあ、ここだけの話レンリちゃんとナナちゃんならどっちがタイプ?」
「……実名で聞くの止めませんか?」
どう答えても勝手に盛りに盛った噂を流されそうだとテイトは眉尻を下げたが、カノンにそれが伝わっている様子はなかった。
「あ、でも私レンリちゃんはあの魔道士君みたいな人とくっついてほしいから、やっぱりこの選択肢はなしで」
「……シンさん、ですか?」
「そうそう、美男美女でお似合いじゃん。しかも、あの時見た? レンリちゃんの異変に気がついて誰よりも早く近寄ったのは彼だよ! クールに見えて、好きな子のことは気になっちゃうんだろうね、可愛い」
シンに対するカノンの評価が意外でテイトはぽかんとしてしまった。
あの時とは、ルゴーが捕らえた《アノニマス》が悲惨な死を遂げてしまった時のことであろう。
テイトは、シンがレンリを保護対象として、また監視対象としての両面で気にかけていることを知っている。
まさかその心理から来る行動がカノンに可愛いと言われようとは、きっとシンも予想していなかっただろう。
そして、まさかレンリを好意の対象として認識していると思われていようとは、これもまた予想できなかっただろう。
「しかも、夜ご飯の後に心配してすぐに部屋に行ったじゃん。これはもう愛じゃん。テイトも付いてったんだよね? 何話したの?」
話題が自分から逸れたことは素直に有難かったが、テイトはカノンが話している時のことを思い出して顔を顰めた。
あの時、シンはレンリに再度戦場に立てるかを確認したのだ。
カノンが言う愛のあの字もありはしない。
「……えーと、取り敢えず大丈夫(離脱しないで済むか否)かを確認してました」
「それはもう好きじゃん!」
カノンは一人盛り上がってきゃーと黄色い声を上げた。
「レンリちゃんにはああいう強くてちょっと強引なタイプがいいと思う。リゲル君やその他大勢には悪いけど、私はこの二人を推す」
カノンは両手の拳を固く握ってガッツポーズを作った。
「……どうして、リゲル?」
「え? リゲル君はレンリちゃんのこと好きじゃん」
「え?」
テイトは目を丸くしたが、カノンの方が更に目を大きく見開いていた。
「気付かなかったの? あんなに近くで見てたのに?」
「リゲルはレンリさんの魔法に助けられたことがあって、それから確かに過保護な感じはありますけど。だから、どっちかと言えばルゴーとかと同じ気持ちだと……」
「え、リゲルってば助けられて好きになったの? 乙女だね! 普通逆じゃん!」
カノンは可笑しそうに笑ったが、テイトには何が何だか分からなかった。
「テイトは鈍いね。じゃあ、テイトにはナナちゃんを推すね。ナナちゃんは勢いがある子だから、きっとテイトを引っ張ってくれるよ」
「……ナナの迷惑になるから止めてくださいね」
カノンはその後もあれこれ話し、流石に見かねたラキドが止めに来てくれたが、欲を言えばもう少し早く来てほしかった、とテイトは内心憔悴しながら考えていた。




