43. 小さな志願者 2
窺うように隣を見ると、シンは腕を組みながらルゥを睨んでいた。
「嘘を吐く志願者は何人も見てきたが、名前から偽る奴は流石に初めてだ。先ずは本名を名乗って、それから志願理由も誤魔化さずに話して貰おうか」
テイトは動揺しながら二人を交互に見つめた。
シンを疑うわけではないが、こんなに小さな子供が堂々と嘘を吐いているなど、俄には信じられなかった。
「僕、嘘なんて……」
「話せないなら、これでおしまいだ。あんたの言う親戚の家に戻ることだな」
本当にいればの話だが、とシンは無表情のまま続けた。
ルゥがショックを受けたような顔で俯いたため、子供相手に言い過ぎではないかとテイトは焦りを覚えた。
「シンさん、もう少し言葉を選んで……」
「あんたは本当に甘いな。嘘を吐く奴に慈悲なんていらないだろ」
「……理由があるのかも知れません」
「じゃあ、俺じゃなく、こいつを追求しろ。敵のスパイだったらどうするんだ」
テイトは口を噤んだ。
シンの言うことだから、ルゥが嘘を吐いていることはまず間違いないのだろう。
テイトはゆっくりと視線を戻し、優しく問いかけた。
「ルゥ、君の本当の名前は?」
「……本名は、言えないです」
「何故?」
「……僕が、貴族だからです」
テイトは息を呑んでルゥを見つめた。
ルゥは未だに俯いたままで、目に映るのは彼の旋毛だけだった。
「じゃあ、志願した理由は?」
「アノニマスをなんとかしなければと思ったのは本当です!」
ルゥは勢いよく顔を上げると、訴えかけるように視線を合わした。
「貴族は自分の領地を守るだけで、他の街のことは理由をつけて守ろうとしない。自分が害を被ることを恐れているからだ。貴方達みたいに、自分を犠牲にしてでも他者を守ろうとしている人がいるのに、それなのにっ」
ルゥは色が変わるほどに強くその小さな拳を握りしめていた。
「僕は、貴族の判断には従えない。自分が正しいと思う行動をしたいから」
それが、僕が志願した理由です、とルゥは真剣な眼差しでテイトとシンを射貫いた。
シンはその言葉には何も言わなかった。
それはつまり、ルゥの言葉が真実だということだ。
「……名前を言えない理由が貴族だからって言うのは、何故?」
「僕がクエレブレに協力したいと告げた時、家族は酷く反対しました。議会の下した決定に背く行為は、家名の醜聞に関わるからです。しかし、表立って支持することは出来ないけれど、僕の意思を尊重するとも言ってくれました。だから、貴族としてではなく一個人として僕はここに来ました。僕を送り出してくれた家族に迷惑はかけられません。偽ってしまうことは申し訳ないのですが、それが名前を言えない理由です」
すみません、とルゥは再度述べて頭を下げた。
テイトはちらりとシンを窺ったが、シンは深く息を吐いて沈黙を選んだようである。
この言を参考に、ルゥをどうするかの判断は全てテイトに委ねられた。
テイトは頭を悩ませた。
自分も子供ではあるが、如何せんルゥはそんな自分よりも更に幼い。
「……貴族の人にも、僕たちの味方をしようと考えてくれる人がいるんだって分かっただけでも、嬉しかった。ただ、やっぱりルゥは子供だ。家族がいるなら、家族の元にいるのがいいと思う」
テイトは素直な気持ちを述べた。
以前なら、もしかしたらその手を取っていたかも知れない。
シンやレンリが仲間に加わるまでは、仲間内での死傷者も多く、人手は常に足りなかった。
しかし、今は以前ほど絶望的な状況ではないし、拠点を構えてからは志願に来る者も数多くいる。
子供の協力を必要とするほど、困憊してはいない。
ルゥは苦々しそうに表情を歪めた。
「……僕が、幼い見た目だからですか?」
「そうだね、それもあるかもしれない」
ルゥはその場で立ち上がると、左腕の裾を捲った。
「僕は、貴方と同じ年齢です。子供だからと僕の言葉に真剣に取り合わないのは、止めてください」
ルゥの細い左腕に白い刺青が見えた。
テイトは思わず目を見開いた。
「いいのか? 白い刺青を持つ貴族がどれだけいるのかは知らないが、探そうと思えば簡単に探せるぞ」
シンの静かな言葉を耳にして、ルゥはバッとその手を背中に隠した。
その行動はやはり幼い子供のそれで、しかし、刺青がありシンが何も指摘しないと言うことは、ルゥの言葉に嘘はないのだろう。
ルゥは決まりが悪そうに視線を逸らしていたが、やがて覚悟を決めたようにテイトとシンを真っ直ぐに見つめた。
「僕、貴族ですから魔法の腕は期待してもいいと思います。完璧かと聞かれれば、即答はできませんが」
その目を見て、テイトは自分が《クエレブレ》への加入を懇願した時のことを思い出した。
出自は違えど、ルゥのどこか決意を秘めた瞳は、自分と酷似していると思った。
テイトはゆっくりと息を吐き出した。
「……分かった。戦う意志と戦う力があるのであれば、僕にそれを拒むことはできない」
「それじゃあ」
「ルゥの加入を認める」
ルゥは嬉しそうに頬を紅潮させた。
「事情も分かった。他の仲間には貴族であることを伏せるとして、それ以外に配慮してほしいことはある?」
「……刺青があることも、伏せてほしいです」
シンに言われたことを気にしているのか、ルゥは怖ず怖ずとテイトを見上げた。
「分かった。後、魔法はどれぐらい使える?」
「日常で使うぐらいです。戦うことに使ったことはありませんので、それに関しては僕にも判断が付きません」
「それなら、シンさんを魔法の先生につけるね」
「おい」
横から不満そうな声が聞こえたが、テイトは聞こえない振りをした。
「シン、さん?」
「彼がシンさん。クエレブレで一番強い魔道士なんだ」
テイトがシンに手を向けると、ルゥはキラキラとした顔でシンを見つめ、シンは盛大に顔を顰めた。
「……勝手に決めるな」
「いいじゃないですか。シンさんが実力を認めたなら、僕も安心してルゥを戦力に組み込むことができます」
「だからって」
「丁度シンさんの隣の部屋も空いてましたし、そこをルゥの部屋にしましょう」
「俺は子供の面倒を見る気はないぞ」
「勿論です、魔法の先生としてお願いしてますから」
テイトが意見を変えるつもりがないと分かると、シンは大きく溜息を吐いた。
諦めたと言うことは了承でいいのだろう、とテイトは勝手に解釈した。
「そうと決まれば、先ずはルゥに拠点の案内をしましょう」
「それぐらいは、あんたがやれ」
シンは席から立ち上がると、振り返ることもせずに部屋から出て行ってしまった。
それぐらいはと言うことは、魔法の先生はやっぱり引き受けてくれるんだなとテイトは考えていたが、ルゥは不安そうに眉尻を下げていた。
「……シンさん、怒ってますよね。僕の先生なんて嫌なんじゃ」
「え、違うよ。シンさんは元々あんな感じだから、気にしないで。笑ってる方が珍しいぐらい」
そう口にした後、テイトは首を傾けてルゥを見遣った。
「あのさ、同い年ならそんなに畏まらないでいいよ。僕もその方が嬉しい」
ここの人皆年上だから、と続けてテイトは頬を掻いた。
ルゥは困ったような表情を浮かべた。
「……でも、」
「やっぱり、見た目が年上だから難しい?」
「そうじゃなくて、テイトさんはリーダーですし……」
「それを言ったら、僕は平民だよ」
ルゥは呆気にとられたような表情の後に、堪えきれずといった様子でクスクスと笑った。
「それなら、もしかしたら癖で敬語が出ちゃうかも知れないけど、よろしくね、テイト」
悪戯っぽく名前を呼ばれ、テイトは無性に嬉しくなった。
リーダーとしていつも肩肘を張ってきたからこそ、ルゥの前では子供に戻れる気がした。
「うん、よろしくルゥ」
テイトはルゥと握手をした。
握った手は同い年と思えないほど小さかったが、心は満たされた。
見た目だけなら年齢の近い者は沢山いるが、《クエレブレ》に加入して初めて、テイトにとって本当の意味での同い年の者が仲間になったのだ。
「――じゃあ、案内するね。付いてきて」
テイトはルゥを部屋から連れ出した。
建物の前で待機していた男は仲間にしたと聞くと驚いたような表情を浮かべたが、良かったな坊主と言ってルゥの頭を撫でていた。




