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39.  女神の言葉

 テイト達の部屋にレンリを招き入れると、ベッドの上で寛いでいたリゲルが素っ頓狂な声を上げて体勢を正した。


「っレンリちゃん……大丈夫?」

「リゲルさんもすみません、ご心配とご迷惑をおかけしました」


 レンリに頭を下げられ、リゲルは慌てて両手を振った。


「俺は全然、いや、心配はしてたけど、迷惑とかじゃなくて」


 しどろもどろに言葉を重ねるリゲルの声は発する度に段々と小さくなっていった。


「もう少しで来ると思うから、座ってろ」


 シンに促されてレンリが浅く椅子に腰掛けた丁度その時、扉を叩く音が響いた。


「ラキドだ、失礼する」


 入室したラキドはその目にレンリを捉えると、一瞬目を丸くした後に微笑んだ。


「レンリ殿、体調は変わりないか?」

「ラキドさんもすみません。ご迷惑をおかけしました」

「気にする必要はない。良かったら、後でカノンにも会ってほしい。気にかけていたようだったから」

「はい、そうします」


 レンリはちらりとシンを見遣った。

 シンは無言で首を横に振り、それを見たラキドが不思議そうな顔をしながら近くの椅子に腰を掛けた。


 そして再びノック音が聞こえ、ゆっくりと扉が開かれた。


「……すまんが、今日は話をする気には、」


 肩を落としながら俯き加減で姿を見せたルゴーは、レンリを視認すると石のようにピタリと動きを止めた。

 そして数秒ほどそのまま固まっていたかと思うと、部屋を間違えましたと呟いてゆっくりと扉を閉めてしまった。

 不可解なルゴーの行動にレンリが困惑したようにシンを見遣ると、シンは深く頷いて見せた。

 ラキドはそこでレンリがこの部屋にいる理由を悟って、あぁと声を上げた。


 レンリがそっと扉を開くと、すぐ目の前に放心した様子のルゴーが立ち竦んでいた。


「ルゴーさん?」

「レ、レ、レンリさん、何故、こんなむさ苦しいところにっ!」

「……むさ苦しいって失礼じゃね?」


 リゲルが不機嫌そうに呟いたが、ルゴーにその言葉を拾う余裕はなさそうだった。

 ルゴーは腫れた目元と同じくらい真っ赤に染まった顔を勢いよく背けると、距離を取るように両手を前に突き出した。


「今、俺はとても見せられるような顔じゃない! 少しだけ、少しだけ待っていてください!」

「? はい」


 ルゴーはドタドタと大きな音を立てながら走り去ってしまった。


「……別に、いつもと変わんなくね?」

「まぁまぁ、女神と讃える女性に泣き顔を見せたくなかったんだろう」


 頬杖をつきながらブスッとした顔で言うリゲルに、ラキドは面白そうに笑った。

 レンリは困った様子で扉の傍で立ち尽くしていたようだが、またすぐに大仰な足音が聞こえてきた。


「っ身だしなみなんか気にしてる場合じゃない! レンリさん、悪かった!」


 ルゴーはレンリの前で転がるように土下座をしてみせた。

 流石にそれは予想外のことだったのだろう、レンリは目を白黒させると慌てて腰を落とし、ルゴーの肩に手を置いた。


「ルゴーさん、立ってください。何を謝られているのですか?」

「俺の、軽率な行動で、レンリさんにっ……」


 体勢を変えることなく話し出すルゴーに狼狽えたのか、レンリは助けを求めるように部屋の中へと視線を送った。

 それを受けてリゲルが素早く傍に寄った。


「レンリちゃんは中に入ってて。――オッサン、廊下は本当に迷惑だから中に入れって」


 リゲルはルゴーの腕を掴むと、両手で引きずるようにして部屋の中へと入れた。

 その途中でルゴーはゆっくりと立ち上がったが、それでも顔を俯いたままであった。

 レンリは戸惑った表情のままルゴーを見つめた。


「……謝られる理由が分かりません」

「俺がもっと周囲に注意を払っていれば、レンリさんにあんな悲惨な光景を見せずに済んだんだ」


 ルゴーが何に責任を感じているのかを理解したようで、レンリは小さく息を呑んだ。


「あれは、誰の所為でもありません」

「いいや、俺の所為だ! だから、今後こんなことのないように注意を払うと誓う。レンリさんに辛い思いは二度とさせない!」

「――いいえ」


 凜とした声が響いて、ルゴーはハッと顔を上げた。

 そうして見えたレンリの凜然とした佇まいに、目の前に立つルゴーはおろか、様子を覗っていたテイトも身が引き締まる心地であった。


「いいえ、あれは不測の事態でした。ルゴーさんは問題の早期解決のために迅速に行動を起こし、それがまさかあのような事態を引き起こすなど、誰にも予想はできませんでした」


 ルゴーが感銘を受けたかのように体を震わしたのが見えた。


「注意を払うことは勿論大切ですが、私のことよりも、ご自分のことを大切にしてください。私に気を遣ったがために動きが鈍ってしまう、そんなことが起こる方がよっぽど問題です。あの時、一番危ない位置にいたのはルゴーさんなのですから」


 お怪我がなくて本当に良かった、と安心したように微笑まれると、ルゴーは顔を真っ赤に染め上げ何かに堪えるように歯を食いしばった。


「私も大丈夫です。ご心配おかけして、申し訳ございませんでした」

「い、いや、そんな……」


 先程までの勢いが嘘のように、ルゴーは蚊の泣くような声で言葉を返した。


「他にも、気掛かりなことはありますか?」

「いえ、め、滅相もありません」


 ルゴーが挙動不審な様子で体を揺らすと、会話の終わりを見計らったシンがレンリの肩に触れた。


「これで大丈夫だ」


 レンリはそれを受け困ったように微笑むと、部屋の中を見回した。


「それでは夜分に失礼しました。今からカノンさんにも声をかけてきます」

「そうしてくれると助かる」


 ラキドは頬を緩めながら立ち去るレンリを見送ったが、ルゴーはその場に立ち尽くしたまま微動だにしなかったため、テイトは恐る恐るルゴーの傍に寄った。


「……ルゴー?」

「お、俺は、前世でものすごく徳を積んだのかもしれない……」

「え?」


 よく理解できずに聞き返すと、突然力強く両肩が掴まれたため、テイトはびっくりしながらルゴーを見上げた。


「天啓を賜ったぞ! 自分を大切にしろと。俺に何かあったら、レンリさんは悲しいと!」

「えぇ……」

「……誰もそこまで言ってないって」


 リゲルに呆れたように言われてもルゴーがそれにムキになることはなく、寧ろ余裕の表情を浮かべてラキドの横へ腰を掛けた。


「ラキド、俺は決めた。レンリさんを悲しませないために、この戦い絶対生き残る」

「そうだな、それがいい」


 ラキドに流すように肯定されても、ルゴーは機嫌良くガハハと笑うだけであった。


「……だか、天啓とは言い得て妙だな。まるで、指導者のようにも見えた。テイト、彼女はどこで仲間に?」


 言われてテイトはドキリとした。

 レンリに記憶がないことを知るのは、今現在テイトの他にシンとリゲルとナナだけである。

 最初にリゲルが不安を感じたように、他の仲間も不確定な存在に不安になる可能性があったため、テイトはレンリの記憶の喪失については故意に伏せていたのだ。


「えーと、シンさんと同じ場所で……」


 曖昧すぎる言い方であったが、ラキドがそれを問い詰めることはなかった。


「なるほど、それであの魔法か。強い魔道士がいると、やっぱり心強いな」

「おしゃべりはそれぐらいにして、本題に入るぞ」


 シンがぴしゃりと言うと、緩んだ空気は張り詰めたものへと変わった。

 テイトも手近にある椅子に座り、聞く体制を整えた。

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