38. 憂慮
「――レンリちゃんも、ナナちゃんももう食べたって」
「そう、ですか」
食堂に来るや否や、カノンはそう言いながらラキドの隣に腰をかけた。
《アノニマス》を追い払い、帰ってきた頃にはもう夕食の時間になっていた。
食欲はなかったが、だからといって食事を抜いて体調を崩すわけにもいかないため、なんだか味のしないご飯を無心で口の中に放り込んだ。
レンリとナナの様子が気になって落ち着かない様子のテイトを気遣って、ここは同性の私に任せて、と意気込んでいたカノンであったが、どうやら夕食の誘いは断られたらしい。
「っ俺のせいだ」
ルゴーが泣きながらテーブルをドンと叩いた。
「俺の軽率な行動で、レンリさんに、あんな光景を……」
「いやいや、ルゴーさん。あれは不可抗力ですって」
「不可抗力だからって、許されることじゃない!」
慰める仲間の言葉を遮って、ルゴーは机に突っ伏した。
普段ムードメーカーを務めるリゲルも黙り込んでおり、お通夜のような雰囲気の食事はなかなか箸が進まなかった。
「――それじゃ、食べ終わったらあんたと、あんたは俺たちの部屋に集合で。情報を整理しよう」
いつの間に食べ終わったのか、シンはすっと立ち上がるとルゴーとラキドを指さした。
ラキドは無言で頷いて見せたが、ルゴーは俯せになって泣いているため聞いていたかは定かではない。
「シンさん、早いですね」
「レンリとナナの様子を見てくる」
「っ僕も行きます」
テイトは慌てて目の前のご飯を掻きこんだ。
口に含みすぎて咽せるテイトを呆れたように見ながら、シンは壁に体を預けて待ってくれていた。
テイトは水で食べ物を流し込むと、即座に立ち上がってシンの傍へ駆け寄った。
二階への階段を上りながら、テイトは妙に緊張していた。
同時に、普段通りのシンを羨ましくも思った。
テイトもレンリの様子が気になっていたが、かける言葉が思い浮かばず気後れしていた。
しかし、シンにはそんな様子は一切見られない。
シンに便乗する形で名乗りを上げたが、だからといって面と向かってレンリに何を言うべきかは未だに何も考えつかなかった。
「――おい」
「は、はい」
「あんたはレンリをどうするつもりだ? もし彼女が戦場が嫌だと言ったら、もう使わない気か?」
「……当然でしょう」
「あんな便利な魔法はそうないぞ」
「魔法の話じゃなくて、気持ちの問題です。無理強いは絶対にしません」
テイトがきっぱりと伝えると、シンは目を細めた。
「勝つために絶対必要でも?」
「誰かの犠牲の上にある平和に意味はありません」
「その判断で、仲間が死んでもか?」
テイトは言葉を詰まらせた。
確かに、あの場にレンリがいなかったら、《アノニマス》の爆発に巻き込まれてルゴーが怪我をしていたかも知れない。
最悪、命を落としていた可能性すらある。
でも、だからといって。
テイトは何も言葉を返せなかったが、シンがその先を追及することはなく、気付けばレンリとナナの部屋の前に辿り着いていた。
テイトが気持ちの整理をつける前に、シンが扉をノックした。
「……誰ですの?」
「シンだ」
「シン様!」
言葉と同時にナナが扉を開いた。
喜色満面の様子は、いつもの彼女と寸分も変わらないように見えた。
「まぁ、テイト様も! どうぞ、中に入ってくださいませ」
「……いいんですか?」
「勿論ですわ! 丁度人手が欲しかったんですの」
ナナは笑顔のまま二人を中に招き入れた。
部屋の中にある小さなテーブルを囲むように椅子が二つ用意され、その一つにはレンリが座っていた。
テーブルの上には、外の屋台で買ったのか、甘い物から辛い物まで様々な食べ物が置かれており、二人もきちんと食事を取っていたことにテイトは少なからず安堵した。
レンリはシンとテイトの姿を見ると、困ったように微笑んだ。
「あたし、買いすぎてしまいましたの。宿に戻る途中の道に沢山の屋台が並んでいましたでしょう? あたしとしたことが目移りしてしまって、帰る途中に色々と買ったはいいものの、量が多かったみたいですわ」
ですから、好きな物をどうぞと語るナナは、シンに似て逞しい心の持ち主らしい。
「俺たちもさっき食べたところだ。自分で買ったなら、自分で責任を持って食べきることだな」
「そんな、あんまりですわ! ――あ、テイト様なら手伝ってくださるでしょ?」
ナナはこてんと首を傾けて、目を潤ませてテイトを見つめた。
その視線に耐えきれず、テイトは目を逸らした。
「え、と、少しだけなら」
「さすが、テイト様! お優しいですわ」
ナナにうっとりとした表情で見つめられ、テイトはほんのりと頬を赤らめた。
そして、ナナに手を引かれるままにレンリの前の席へと腰をかけた。
テイトがちらりとレンリを窺うと、彼女はいつもよりかは元気がないように見えたが、想像していたような深刻さは見当たらず、ほっと息を吐いた。
「レンリ、大丈夫なのか?」
「ご迷惑をおかけしました、大丈夫です」
シンからの問いかけに、レンリは目を伏せながら答えた。
「……本当ですか? 無理していませんか?」
テイトの言葉に、レンリは苦笑に似た笑みを浮かべた。
「すみません……ご心配をおかけしました」
「謝って欲しいわけじゃないんです……僕は、」
「今後同じ状況になっても、離脱しないで済みそうか?」
血も涙もない声かけにテイトは面食らってシンを凝視した。
やがて、その感情は怒りへと変わった。
「なんで、そんなこと言うんですか!」
「戦いは終わってない。戦場の真ん中で動けなくなったら、困るのは誰だ?」
「そんなこと、もっと後でもいいじゃないですか。今は、レンリさんのことを心配するのが先なんじゃないんですか!」
テイトは思わず立ち上がり、縋るようにシンの胸の辺りを掴んだ。
そんなテイトの激情とは対照的に、シンはただ冷静にテイトを見下ろした。
「――あの時、重なって、別の方の姿が見えた気がしました」
レンリがぽつりと呟いた。
テイトは振り返ってレンリを見つめた。
レンリは下を向いたまま思い出すかのようにゆっくりと言葉を紡ぎ、その声を聞いて不安定だった心が落ち着いていくのが分かった。
「一瞬のことで、今はもう、はっきりとは覚えていません」
レンリは不意に顔を上げて、真っ直ぐにテイトとシンを見つめた。
「何か思い出せそうでしたが、頭が痛くなり、その場で動けなくなってしまいました。……同じ事を繰り返すのかは、その時になってみなければ私にも分かりません」
「……それだけ聞ければ十分だ」
シンはその答えで満足したのか、胸に置かれたテイトの手を振り払うと踵を返した。
しかし、扉に手をかけた瞬間、徐に立ち止まって振り返った。
「レンリ、一つ頼まれて欲しいんだが……」
「なんでしょうか?」
レンリが小首を傾げると、シンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「泣いて話にならなそうな奴がいる。情報を整理しようって時にそんな状態だと鬱陶しいから、なんとかしてほしい」
テイトはその言葉が誰を指しているのかすぐに気付いたが、レンリには何のことだか分からないようで目を瞬かせた。
「……私に、なんとかできるでしょうか」
「あんた以外無理だ」
レンリは戸惑いながら頷いた。




