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33.  来訪者 2

「アニールはどうされたのですか?」

「先日私から申し出させて頂いた件で恐縮なのですが、僅かばかり支援物資を届けに参りました」

 こちらです、とアニールは背後の馬車を指さした。


 それを受けて御者の者が馬車の扉を開けると、中には高価そうなものが、それはもう色々と入っていた。

 長持ちするように加工された食料から、いつ使うかも分からない装飾品の数々、高価そうな女性物の衣類に、挙句には宝石まで見える。

 支援物資と言うよりは貢ぎ物のようなそれらにテイトは開いた口が塞がらなかったが、ナナは大層喜んでいるようであった。


「まぁ、素敵ですわ! アニール、貴方センスが良いのね!」

「もったいないお言葉です」


 ナナは興味津々といった様子で物資に近付き、その中から一枚衣服を広げて自分に宛がうと嬉々とした表情で振り返った。


「これとかお姫様みたいですわ!」


 ナナが手に持った白い衣服は、装飾品こそ少ないもののレースがふんだんにあしらわれており、上品な作りながらかなり高価そうに見えた。

 いいんじゃないかと適当に返事をするシンに、ナナは更に笑みを深めた。


「似た作りのものがもう一着ありますわ。レンリ様、これでお揃いができますわね!」

「……えぇ、そうね」


 レンリは戸惑ったような笑みを浮かべ、ちらりとアニールを窺った。

 アニールは満面の笑みを浮かべてその視線を受け止めた。


「あの、アニール……」

「はい、なんでしょうか」

「こんなに頂くのは、悪い気がしてしまいます」

「本部にいる御使い様に比べれば、些細なものです」

「ですが……」

「御使い様のために誂えた物です。受け取って頂けなかったら、無駄になってしまいます」


 渋る様子のレンリに、アニールは眉尻を下げて続けた。


「ナナ様も喜んでくださっていますし、どうか遠慮などせずに受け取ってください」


 ナナの名前を出され、レンリはそろりと視線を動かした。

 ナナは依然としてきらきらとした表情で馬車の中を眺めている。


「……それでは、ありがたく頂きます」

「安心いたしました」


 アニールは人好きするような穏やかな笑みを浮かべたが、レンリは静かに目を伏せた。


「きちんとお礼をするべきなのですが、実は間もなく出かける予定が……」

「お気になさらず。私もこの馬車を届け次第帰る予定でしたので」


 アニールが来たことですっかり頭から抜けてしまっていたが、そういえば出発の時間であったとテイトはハッと息を呑んだ。

 慌てて周囲を見回すと、ナスタチウム地方に向かうメンバーは既に揃っているようであった。

 何事かと興味深そうに、しかし遠巻きでこちらを見守る仲間達の姿に気付き、テイトは勇気を振り絞って二人の間に入り込んだ。


「それじゃ、アニールさんが届けてくれた荷物は奥に運んでもらいますね。荷物を移し次第、すぐに馬車をお返しします」

「何を仰ってるのですか? 馬車も含めて差し上げたつもりだったのですが」

「え?」


 規格外の差し入れに、テイトは自身の耳を疑った。

 アニールは笑顔を浮かべたままテイトを見つめている。


「移動には、必ず手段が必要でしょう? ここにはまだそういうものが充実していないかと思いまして、余計なお世話かもしれませんが、念のために。まさか、遠方に向かうのに徒歩で御使い様をお連れする予定だったとは言いませんよね?」

「え、いや、まさか……」

「そうですよね、あり得ないことですからね。差し出がましいことを申したようで、すみません」


 嘘は言っていなかった。

 徒歩メインではあるが、もし都合良く乗り合いの馬車などがあればそれを利用するつもりだった。

 それでも、冷や汗は止まらなかった。


「やはり日を改めて、きちんとお礼をさせてください」

「私は当然のことをしたまでです。お礼を頂くようなことではありません」

「それでは私の気が済みません」


 レンリの必死な様子に、アニールは困ったような、しかしどこか嬉しそうな表情を浮かべた。


「では……不躾なお願いになるのですが、レンリ様とナナ様の都合の良い時で構いませんので、またルフェール教団に遊びに来てくださいませんか?」

「……それで、よろしいのですか?」

「過分なほどです。本来なら、御使い様にお願いなどできる立場ではございませんので」

「では、是非お伺いさせていただきますね」

「光栄に存じます」


 アニールは本当に嬉しそうに微笑んだ後、ナナの方に視線を向けた。


「ナナ様が気に入ってくださった焼き菓子も、十分に用意してお待ちしておりますので」

「本当ですの? あたし、あのチョコレートが入ったのが気に入りましたの! たくさん用意しといてくださる?」

「勿論です。――それでは、こうしましょう」


 アニールは何かを掬うような動作で両手を自分の顔の前まで持ち上げた。

 その掌に向かってアニールが息を吹きかけると、そこに体の透けた緑色の小鳥が姿を現わした。

 その不思議な存在が魔法によって創り出されたと気付き、テイトは唖然とした。

 テイトには全く想像のつかない魔法だった。


「レンリ様、手を」


 アニールは小鳥を手に乗せたままレンリに近付き、レンリは言われて恐る恐る手を伸ばした。

 小鳥はレンリの手の上に移動すると、そのまま彼女の腕を伝って肩の上で体を落ち着けたようであった。

 美しい少女の肩に乗るこれまた美しい小鳥の存在に、一層レンリの神秘性が増したような気がした。


 惚けているテイトとは対照的に、シンは興味深そうに目を細めてその小鳥を見遣った。

 シンは基本色々なことに無関心だが、魔法に関してだけは殊更子供のように目を輝かせるというのが、唯一テイトがシンについて知るところであった。


「こちらに来られる前に、事前にその鳥にお伝えください。その言伝を私に運んでくれますので」

「伝達系か、面白い使い方だな」


 シンが口の端を吊り上げながらその鳥に触れようと手を伸ばすと、鳥はその手から逃げるように飛び立ち、ナナの肩の上に止まって警戒するようにシンを見つめた。

 どうやら、創り手によく似た性格をしているようである。


「あぁ、そういえばあんたに調べておいて欲しいことがあるんだ」

「……なんでしょうか?」


 突然の頼み事に、アニールは警戒したように一拍置きながらも、笑顔を保ったまま返した。


「行方を知っていたら教えて欲しい竜の子がいる。知り合いかも知れないんだ」

「……御使い様のことでしたら、確かに教団の私に聞くのは最善ではありますが、御使い様の個人情報については申し上げられないことも多々あります故、お力になれるかどうかは」

「ナナやレンリの家族かも知れないんだ」


 アニールはピクリと片眉を動かした。


「……聞きましょう」

「紫色の髪、金色の目を持った竜の子を探してる」


 テイトは息を呑んだ。

 その特徴は、《アノニマス》にいる《竜の子》のものだ。


「……私は聞いたことがありませんが、兄や父に確認してみましょう」

「助かる。もし何か情報があるなら――」


 シンは右手の掌を上に向けて前に突き出した。


「――この鳥に伝えてくれ」


 その手の上に青っぽい透明な小鳥が現れ、テイトは目を瞠った。

 アニールの創り出した小鳥とよく似ているが、シンのは水を含んだような創りをしていた。

 アニールも僅かに目を見開き、その小鳥を凝視している。

 周囲の視線を一身に受けた小鳥は、シンの手から離れてアニールの頭上を旋回したかと思うと、そのまま彼の頭の上に鎮座したようである。

 こちらもどうやら創り手に似て太々しい性格のようだ。


「音は振動だ。空気だけでもなんとかなるが、少し水分を含めた方が鮮明に聞こえるだろう」


 アニールの魔法を瞬時に真似するだけでも凄いのに、更に改善までして見せたシンにテイトは舌を巻いた。

 アニールはレンリとナナの手前その相好を変化させることはなかったが、一層笑みを深くしたようだった。


「いやはや、勉強になります」


 少し冷たい空気感で行われる会話に、テイトは一歩だけ二人から離れた。

 シンは根っからの魔法オタクでただ純粋にこうした方がいいよ、とその発言をしたのだろうが、アニールがそのままの意味で受け取ったとは考えにくい。


「あぁ、長話をしてしまいすみません。もう出かけるのでしたね」

「は、はい」


 アニールは笑顔のままテイトの方を振り返り、テイトは姿勢を正しながらそれに返事をした。


「それでは、正門前まで一緒に参りましょう」

「そ、そうですね」


 テイトはたじたじになりながらそれに答え、遠くから様子を窺っていた仲間に視線を送った。

 その視線を受け、仲間達は少しの距離を空けながら付いてきてくれた。

 リゲルだけは何とも言えない表情を浮かべながらもテイトの傍に寄ってくれたため、テイトは心の中で彼に感謝した。


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