31. 作戦会議
シンの指示を受けて、テイトは十人程の仲間を一つの部屋に集めた。
彼らは《クエレブレ》創立頃から活動に参加している古株であり、合流した際はよくこうやって作戦会議を行っていた馴染みの顔触れだった。
無事を喜ぶ挨拶を互いに交わしながら席に着き、テイトはユーリの死と自分がリーダーを引き継いだことを第一に報告した。
既にその事を知っていた者もいたようだが、テイトがリーダーとなることに異を唱える者はいなかった。
ただ、彼らは訝しげにテイトの横に座るシンを見遣った。
シンはそんな視線を意にも介さず、全員が座ったのを確認するといきなり本題を口にした。
「――次の襲撃は一週間以内、ここから南西のナスタチウム地方だ。最悪の事態も考慮して、最低でも二十人ぐらい向かえば対処はできるはずだ」
突拍子もなく告げられた、まるで予言ともとれるような言葉に、仲間達は不審げな様子で顔を見合わせた。
「……先ずは君の自己紹介をしてくれないか? テイトに言われて君に情報を与えて以来の顔合わせになると思うんだが」
「確かに。優秀な魔道士とは聞いたが、それも人伝だ」
「急いでる割に、変なことに拘るんだな」
シンは小さく溜息を吐いた。
生意気な言動に仲間達が眉を顰めたのが見えたため、テイトはハラハラとした気持ちでシンを窺った。
「シンだ。アノニマスの中に接触したい奴がいるから協力することになった。そいつに会えたら協力関係も終わりだから、別に覚えなくても構わない」
仲間達の眉間の皺がより深いものとなり、テイトは慌てて立ち上がった。
「僕が頼み込んで、期限付きですが仲間になってもらいました。シンさんと一緒に戦ったことのある人なら分かると思いますが、アノニマスよりも強い魔法を扱うことができるので、被害を抑えたまま有利な状況で戦うことができます」
テイトが必死に言い募る様子に落ち着きを取り戻したのか、刻まれた皺は少し緩まったように見えた。
テイトはふぅっと息を吐いて席に着いた。
「……それで、シン君は何故次がナスタチウム地方だと?」
シンの見た目で判断したのか、明らかに年下に話すような呼び名にシンはぴくりと片眉を上げたが、それについては特に何かを言うことはなかった。
「あんたらにそれを説明して理解するのか? 一年半も後手の対応をしていたのに?」
その言葉を皮切りに、部屋の中は一気に険悪な雰囲気となり、テイトは心の中で小さく悲鳴を上げた。
「ぱっと現れた君の言葉を信じろと言う方が難しいと思うがね」
「命を賭けて戦っている以上、その言葉だけで納得することはできない」
「……シンさん、僕からも説明をお願いしたいです」
そう言い切る理由を知りたいがためにテイトが便乗して言うと、シンは再び溜息を吐いた。
それを合図にするかのように突如部屋のカーテンが独りでに閉まり、何事かと周囲が立ち上がり警戒する中で、シンは腕を組みながら机の上を見ろと冷静に言葉を発した。
薄暗くなった部屋のテーブルに光りながら浮かび上がるアステラ公国の縮小図に、テイトは思わず驚嘆の声を上げた。
それと同時に今起こったことは全てシンの魔法なのだと気が付いた。
周囲もそれに気付いたのか、動揺しながらも机の真ん中に浮かび上がる地図に注視した。
「――先ず、最初の襲撃地はここ、アステラ公国国立研究所。そして、次に国立研究所のあった都市アルゲティだ」
その言葉と同時に地図上の一点が赤く光ったかと思うと、それは徐々に黒く塗りつぶされた。
そこはちょうどアルゲティのある辺りだった。
「あんた達からもらった情報を照らし合わせた結果、その他の都市が襲われた順番はこうだ」
地図の上に広がる都市が順に赤く点滅し、やがて黒く染まる。
注意深くその順番を目で追ってみたが、やはりどう見ても襲われる場所に共通点があるとは思えなかった。
「全ての情報が集まっていない以上これが完全に正しい順番とは言い切れないが、大体はこんな感じだな」
最後に、昨日情報を得たばかりの壊滅状態になったという街が光って黒くなり、部屋の中は沈黙に包まれた。
数にして五十近くの場所が襲われていることになる。
「……これで、何故次がナスタチウム地方だと?」
「何も気付かなかったのか?」
逆に質問を返されて、仲間は口を噤んだ。
「貴族の直轄領が襲われたのは、最初のアルゲティだけだ。それ以降、直轄領が襲われていない理由は?」
「……魔導師団が常駐するようになったからだろう」
「そうだ。アノニマスは力がある奴との戦闘を避けている。それでもまだ、奴らは見境なく襲撃していると思うのか?」
その言葉に全員が黙り込んだ。
貴族の直轄領が襲われていないことは勿論知っていた。
アルゲティが襲われてすぐに、貴族はお抱えの魔導師団を自領に配置したからだ。
その魔道師団を他の都市にも派遣して欲しいと頼んだが、数が足りないなどと理由をつけられて断られたのだとも聞いた。
それは全てテイトが加入する前の話だ。
それが理由で、《クエレブレ》は現在のような戦い方をするしかなかったのだ。
「奴らは無作為に襲撃しているのだと思わせようと、わざと全国各地異なる場所を襲ってる。そうすれば、魔道師団ともあんたらとも真正面から戦わなくて済むからだ」
シンはきっぱりとそう断言した。
「……しかし、直轄領を避けたところで都市はごまんとある。君の言うことが事実だとしても、襲撃地に当たりをつけるのは不可能では?」
「逆だ。思わせようとしているからこそ、敵の動きには法則性が生まれる」
シンは地図に指を向けた。
すると、貴族の直轄領が色を失くして白黒へと変化していった。
「先ず直轄領は除外するとして、直近で襲撃された都市の近辺も、アノニマスの次の標的にはならない」
つい先日襲撃されて壊滅した都市を囲むように円が広がり、ある程度まで大きくなるとそこも白黒に変化した。
「そして、他者との戦闘を避けているのであれば、この拠点から近い範囲も襲われる可能性が低い」
これは拠点の存在が敵に知られていると仮定してのことだがとシンが続けると、アスバルドを中心に一定の円が描かれ、そこもまた白黒へと変化した。
「それから、無作為に襲うということは、襲撃地が地方によって偏ることもない。襲撃された場所が今のところ比較的多い北側も、除外していいだろう」
更に地図の北方面も色を失った。
シンはその後も幾つか理由を語り、少しだけ難しいその話をテイトは一部右から左へと聞き流した。
そうして白黒の多い地図が出来上がった時、色が多く残る南西のナスタチウム地方に大きく丸が描かれた。
「――以上の理由から、次の襲撃地がナスタチウム地方と判断した。……これで十分か?」
シンの一通りの説明を聞き終わって、仲間達は一様に口を噤んだ。
論理的に語られた言葉は、思わず納得するような内容であった。
しかし、長く《アノニマス》と戦ってきた自分たちが、それを簡単に信じるのも難しかった。
《アノニマス》が人の常識に当てはまるとは到底思えなかったからだ。
「……君の言い分は分かったが、それは所詮君の予測だろう?」
「そうだな。あんた達から得た情報を元にして立てた、俺の予測だ」
「すまないが、予測だけでは動けない。もしそれが外れた時、守る者もいないまま襲われた都市は、簡単に失われてしまうからだ」
悲痛な面持ちでそう声を絞り出した仲間は、過去に《アノニマス》に襲われて故郷を失くしている。
彼は確か、故郷を失う者を増やしたくない、と《クエレブレ》に加入したはずだ。
テイトは彼の気持ちが痛いほどに分かり、唇を噛み締めた。
「じゃあ、今まで通りやるのか? 襲撃されてから守りに行くのか? 襲われること前提の作戦じゃ、犠牲者は出続けるぞ」
シンの言うことも分かった。
シンは襲われる前に敵を退けるのが最善だという。
勿論そうだ。
それができるのであれば、それに越したことはない。
しかし、シンの方法はリスクが高い。
沈黙が続くと、シンは大きく溜息を吐いた。
それと同時に窓を隠していたカーテンが開き、薄暗かった部屋に眩しい日差しが差し込んだ。
机の上の地図は、いつの間にか消えていた。
「全員同じ意見か? 俺とナスタチウム地方に迎撃に行こうって奴はいないのか?」
皆が無言を貫いていたその時、不意に一人が手を挙げた。
「――俺の隊が手を貸そう」
彼は《迷いの森》の隣街の襲撃時にいち早く駆けつけてくれた仲間である。
名をルゴーという。
がたいが良く一見強面であるが、レンリを女神と呼んで涙をみせた時に、テイトは正直今までのイメージが払拭された気分だった。
シンは探るように目を細めた。
シンの魔法をその目で見ているからかは分からないが、ルゴーの瞳にシンへの不信感は見られなかった。
「あんたの隊は何人?」
「五人だ」
その会話を聞いてか、もう一人手を挙げた者がいた。
彼はラキドという名の真面目な青年だ。
笑顔は少ないが決して冷たい訳ではなく、冷静に物事を判断できるタイプの人物だった。
「俺も行こう。別の方法を試すのも悪くない。上手くいかなかったら元のやり方に戻せばいいだけだ」
「あんたの所は何人だ?」
「六人いる」
「もう一グループぐらい欲しいが、他にはいないのか?」
シンは尋ねたが、それ以上手が挙がることはなかった。
仕方がないと言うようにシンは前髪を掻き上げた。
「それじゃ、その二つの隊と俺達で行く。目標よりは少ないが、まぁ大丈夫だろ。――それでいいな?」
シンは確かめるようにテイトに視線を遣った。
どこか有無と言わせない雰囲気に、テイトはただ頷いた。
「分かりました。――では、ルゴーとラキドは自分の隊に声をかけて、一時間後に正門に集まるようにしてください。それ以外の方は、他の街が気にかかるのは分かりますが、この作戦がどうなるか結果を見届けて欲しいので、拠点の守りをお願いします。アノニマスが拠点を襲う可能性も無いとは言えませんから」
テイトの言葉に全員が神妙な顔をして頷いた。
他の街を心配しながらも、シンの予測が当たるかどうかを確かめたい気持ちはあるようで、テイトの言葉に反論する者は誰一人いなかった。
会議は一応の閉幕を告げ、テイトは自分の隊の仲間に同行のお願いをするために部屋を出た。




